第103話 代わりにはなれない
第1部、最終回です
フブキとの散歩を終え、家に戻ってくると、トレイシーさんが朝食を用意してくれていた。
いつもの光景だ。
これからはここに、時子さんが加わることになる。
食事を終えると、時子さんが皿洗いを手伝うと言い出した。
でもそれはトレイシーさんがやんわり断った。
まぁ、時子さんが手伝っても、水は出せないし、泡立たないから洗えないし、無理だろう。
時子さんの今後について、俺やアニカのときのように、話すことにした。
中央省を頼る……というのは、できればしたくない。
力になるとは言っていたが、なにを要求されるか分からない。
それでも「先輩を探す為には、それも仕方がない」と時子さんは言う。
エイルはなにか言いたそうだったが、時子さんの意思を尊重した。
「中央省に引き渡しちゃえばいいんだ」
「タイム!」
「ベーだっ」
「あははは。でもタイムちゃんの言うとおりだよ。モナカくんには関係ないんだから、時子は中央省でお世話になるのがいいと思うんだ」
「それは困るよ」
「マスター! そんなに時子と一緒に居たいんですか?」
「タイム? なに言っているんだよ。時子さんが居なくなったら」
「それは……」
「そうだよね。時子が居なくなったら、モナカくん困っちゃうよね」
「あ……ごめん。そういうわけじゃ」
「いいのいいの。時子もモナカくんの側を離れたくないからね」
「えっ」
「携帯の使い方。分かる人、他に居そうにないもの」
「あ、ああ。そういうことか」
「なぁに。他になにかあるの?」
「マスター! なにデレデレしてるんですかっ」
「しししししてないよ」
携帯の使い方……か。
そうだな。
あっちの世界に居た頃と比べたら、ガラリと変わるからな。
取説を見ると、Mmodeの他にもいくつかある。
でも時子さんに今いっぺんに言っても、覚えられないだろう。
さて、どう伝えたらいいものか。
「使い方は、分かる範囲で教えてあげるよ」
「そんなもの、取説見れば一発じゃない! わざわざマスターが教えてやる必要ないよっ」
「タイム。なんでそんなに時子さんに辛く当たるんだ?」
「タイムさんは、トキコさんにモナカくんを取られちゃうって思ってるんじゃないかな」
「それはアニカさんでしょっ。タイムはマスターのこと、信じてるもん」
「ボクだってモナカくんのこと、信じてるよ」
タイムはともかく、アニカは一体なにを信じているというのか。
ともかく、時子さんが先輩を見つける前に、こっちで生活をしなければならない。
働かざる者、食うべからず。
ということで、時子さんの収入を確保するべく、狩猟協会で俺とエイルがしたような親子契約をしようという話になったのだが……
俺と同じで携帯が身分証代わりになるのは、取説に書いてあった。
お互いに個人番号を登録し合い、連絡が問題なく取れることも確認できた。
だから、協会で親子契約をすることも俺のときと同じでできるだろう。
「どうしてマスターと時子が親子契約しなきゃいけないんですかっ。召喚した責任を取って、アニカさんがすれば良いじゃないですか」
再びタイムが噛み付いてきたのだ。
「アニカのよ、時子の指導はできないのよ。モナカのよ、携帯を使った狩りのよ、指導ができるのよ」
「うん、ボクにはトキコさんの指導は無理だよ。自分でさえまともに狩りができないのに」
「逆にアニカはよく試験資格が取れたのよ」
「そこは兄さんに感謝だね」
その言い方だと、不正の匂いしかしないぞ。
大丈夫なのか、フレッド。
「エイルさんだって、マスターの指導なんか全然してなかったじゃないですかっ」
「それは……のよ」
「仕方ないだろ。他に適任が居なかったんだから。あのとき、誰か居たというのか?」
「そんなの詭弁です。探せば――」
「携帯のアプリを使える人が、この世界に居ると思うのか?」
「さ、探せば」
「居ないよ。居ても、探す手段が無かったよ」
「タイムちゃん。モナカが親になることのよ、決定事項なのよ」
「むぅー」
「なあタイム。さっき俺のこと信じてるって言ってくれたよな。だったらもっと余裕を見せてもいいんじゃないか?」
「信じてても嫌なものは嫌なの!」
「そういうものか?」
「そういうものなの!」
これから一緒に生活していくというのに、こんなことで大丈夫なのだろうか。
やっぱりタイムと時子さんの間に、なにかあると思って良いだろう。
ただ、それをタイムは教えてくれない。
時子さんには聞くだけ無駄だろうし、きっとタイムが嫌がる。
なんだかんだ言っても、タイムの嫌がることはしたくない。
その後、時子さんに取説を見せながら、携帯の使い方について話し合った。
因みにアニカは外で精霊と戯れている。
エイルは携帯について興味津々で耳を傾けている。
Mmodeの他にも魔法を使う方法があったからだ。
Mmodeは魔法名入力欄からショートメールを送り、データを受信次第魔法が発動する。
それに対し、Mmailは、専用メールアドレスにメールを送信すると、返信メールに添付ファイルが付いて送られてくる。
その添付ファイルを開くと魔法が発動する、というものだ。
事前に受信しておけば、後は開くだけで即発動するので、使い勝手がいいかもしれない。
ただ、本体容量があまり大きくないから、あまり多くは保存しておけないようだ。
しかも使い捨てらしく、1度開いたものは、自動的に削除されてしまう。
魔法効果によって添付ファイルサイズが違うので、一概に何通保存しておくことができるかも分からない。
事前に送られてくるサイズも分からないので、更に厄介だ。
しかも受信に失敗しても、しっかり通信費は掛かるとのこと。
当たり前といえば当たり前なのだが。
とりあえずはこの2つを覚えて貰うことから始めよう。
最低限の携帯講座を終えると、エイルがこの世界について語り始めた。
5千年前に始まったこの世界の崩壊から、600年前に結界が張られたことまで。
そして先輩が結界外に転移していたら、助からないだろうという話をした。
取り乱した時子さんをなだめるのに苦労をした。
「管理者だって、そこまで考え無しじゃないだろ」
「でも!」
「エイルも、不安になるようなことは言わなくてもいいだろ」
「必要なことなのよ」
「必要なこと?」
「大丈夫だよ。生きてるよ」
「タイム?」
「なんでそんなことが言えるの?」
「〝ちゃんと生きてるだろっ〟って五月蠅いから」
「え? だ、誰が?」
「タイムは俺にも聞こえない誰かと会話しているんだよ」
「そうなの?」
「ああ。時々空を仰ぎ見ながら言い合いしてるから」
「ね、タイムちゃん。先輩が何処に居るかは教えて貰えないの?」
「……ふんっ。なんでも教えてくれる訳じゃ……あーもう五月蠅いなー」
「タイム?」
「なんでもないっ」
先輩を見つける手がかりはなにもない。
管理者も、分かり易い手がかりを用意してくれればよかったものを。
そもそも見つけなければ一緒に居られないのでは、約束が守られたことにならないではないか。
中央省は先輩を見つける手助けができるとでもいうのだろうか。
だからといって、頼るつもりはない。
「先輩がこっちに来てるのなら、時子みたいに誰かと一緒に居るのかな」
先輩も俺たちと同じで魔力が無いはずだ。
ならば、この世界で独りでは生きていくことはできないだろう。
恐らく同じように何処かで誰かにお世話になっているはずだ。
ならば、そこから当たっていくしかない。
冒険者ギルドならぬ、狩猟協会にも登録しているだろう。
情報の開示はしてもらえなくても、話ぐらいはは聞けるかも知れない。
そこから探していくしかない。
また1年後、結界外探索許可試験を受ける為に受験料を貯めなくてはいけない。
今度は4人できっちり合格しよう。
その1年の間に先輩が見つかれば尚いい。
見つからなかったら……
いや、きっと見つかる。
時子さんを先輩と会わせてあげたい。
俺にはタイムが居る。
だから寂しくなかった。
時子さんには先輩が必要だ。
俺では代わりにならない。
だから一刻も早く、2人が会えるように願おう。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました
第2部再開は二月一日を予定しています
宜しければ、そちらも読んでもらえたら嬉しいです






