第102話 偽名
昨日は色々なことが起こった。
特に時子が現れたことは、モナカやタイムにとって衝撃を与えた。
そしてアニカが異世界から人間を召喚できることが、証明されてしまった。
このことでエイルが再びアニカがモナカを召喚したと言いだした。
だが、時子がアニカを〝ご主人様〟と呼ぶのに対し、モナカは普通に〝アニカ〟と呼んでいる。
だからアニカがモナカを召喚したことにはならない、とアニカはいう。
イフリータもフレッドのことを主様と呼んでいる。
呼び出したのはアニカだが、契約したのはフレッドだ。
イフリータがフレッドと呼んでいたのは、契約前だけである。
ジェシカの精霊も〝ゴシュジン〟と言っていた。
だからモナカがアニカに召喚された可能性はないと言っても過言ではない。
朝のフブキの散歩をしながら、モナカはそんなことを時子に話していた。
今まで、モナカはフブキの背中に乗って散歩を熟していた。
勿論、タイムはモナカの前に一緒に乗っていた。
エイルとアニカは、それを見守る形で、後ろから付いてきていた。
ところが、だ。
エイルの〝ずっと手を繋いでるのよ〟を実践するために、今も手を繋いでフブキの散歩をしている。
当然ではあるが、フブキに乗っていては無理だ。
そういった理由で、モナカは今日からフブキの背中に乗ることができない。
フブキのリードを右手に持ち、左手で時子と手を繋ぎ、タイムを定位置に乗せている。
知らぬ者が見れば、とても微笑ましい光景に見えなくもない。
実際にはタイムが時子を牽制している為、そこだけ暗雲が垂れ込めている。
そんな光景をエイルとアニカは後ろから見ることになった。
「だから俺は〝誰に〟〝なんのために〟ここに呼び出されたのかを知らない。管理者は願われて転生したって言ってたんだ。だから必ず、この世界の何処かに居るはずなんだ」
「そっか。モナカくんの転生を願った人が、この世界に居るんだね」
「ああ」
「時子は先輩と一緒に居たいって願ったけど、先輩が居ない。なんか似てるね、時子たち」
そう言って時子はジッとモナカの顔を見つめた。
「モナカくんは願ってくれた人に会えない。時子は願った人に会えない。どうして管理者は時子たちが会いたい人と会わせてくれないのかな」
エイルさんはモナカくんが先輩だと言っていた。
2人の共通点なんて、時子と同じ世界に居たって事くらいしか無い。
モナカくんは先輩よりいっこ上だし、そもそも名前も顔も違う。
……名前。
そういえば、先輩が「異世界で真名をさらす奴はバカだ」って言ってた。
「……ね、モナカくん。もしかして、〝モナカ〟って……偽名なんじゃないかな」
「な、なにを急に。そういう時子さんだって、偽名じゃないのか?」
「時子も最初は偽名を使うつもりだったの。でも何故か本名を言っちゃったんだよ」
「それはきっとボクが名前を聞いたからだと思うよ。主には嘘がつけないから」
「そっかー、時子さんはフブキに嘘がつけないのかー」
「……え? アニカさん……じゃなかったっけ?」
「深く考えたらダメなのよ。モナカは犬中毒なのよ」
「あっははは……」
なんか、こういうところは先輩に似てるな。
先輩も花ちゃんが絡むと、時子のこと、眼中になかったもの。
犬を好きな人に悪い人は居ない……か。
犬にとっては……じゃないのかな。
「……俺の本名、知りたいのか?」
「え?」
不意にモナカが時子の耳元で、そう囁いた。
「マスター?! なに言ってるんですかっ」
「俺の本名は〝最中〟っていうんだ」
「最中……名前も管理者に奪われたって言ってなかった?」
「思い出したんだよ。名前だけだけどさ。ほら、名字は親との繋がりが強いけど、名前はそうでもないでしょ。だからだと思う」
思い出したなんて嘘だ。
本名を聞かれて、それっぽいことを言っているに過ぎない。
「そうなんだ」
「〝最高〟だと最高って読めるだろ。名前が負担にならないよう、最も真ん中、つまり〝最中〟って付けたんだって。平凡でありますようにって」
勿論、これも嘘だ。
『マスター、それって苦しくない?』
『なにがだ?』
『そうやって名付けられたなんて、親との繋がり以外の何物でもないじゃない』
確かにタイムの言うとおりだ。
嘘を重ねて、無理が出てしまった。
『やっぱり苦しいか?』
『苦しいと思うよ』
「ふーん。それで〝最中〟。だから〝モナカ〟……なんだ」
「あ、ああ」
バレて……ない?
「良いな、時子なんてもっと単純だよ。お昼に生まれたから、〝子の刻〟で〝時子〟なんだって。笑っちゃうよね。偽名かー。時子も〝時子〟だから〝マウス・クロノス〟って名乗りたかったのに」
「今からでも名乗れば?」
「あはは、そうだね。でもやめとくよ。もうバレちゃったし、先輩も本名の方が、時子を探しやすいだろうから」
「先輩……か。先輩の名前を聞いてもいいかな」
『マスター!』
『ほら、知っていた方が探しやすいだろ。それにもし〝クーヤ〟だったら……』
『聞くくらいなら、どうしてさっきちゃんと……』
『タイム?』
『なんでもないよっ』
「その……先輩はね、真弓先輩って言うの」
「真弓……フルネームは?」
「フル……あはは、意味ないよ。絶対、偽名、使って、るもの。はは、あはは、は」
「そ、そうか。真弓……先輩、か。はは」
やっぱり俺が時子さんの先輩というのは、無理がある……か。
そうだよな。
時子さんより1年も前に転生しているのだから。
なにを考えているんだ、俺は。
ただのバカじゃないか。
目の前に安易な答えが転がっているからといって、飛びつくなんて……
それに、俺が先輩だったとして、じゃあ時子さんとどうにかなるのか?
……俺にとって時子さんは同郷の人というだけで、それ以上の感情はない。
それに俺にはタイムが居る。
だから時子さんに辛い思いをさせるだけだ。
「先輩……見つかると良いな」
「うん」
「モナカくん? なに2人で話してるんだい? ボクも混ぜておくれよ」
「ああ、ごめんなフブキー。ちょっっっと、故郷の話をしていたんだー」
「故郷の話かい? だったら尚のことボクに聞かせておくれよ」
「フブキは好奇心旺盛だなー。よーし、なにが聞きたいんだ?」
「わうっ」
そう言うと、モナカは覚えている故郷のことをフブキに話し始めた。
「また始まったのよ」
時子の隣に歩み寄ってきたエイルが、時子に話しかけてきた。
「また……なんですか?」
「気にしないのよ。いつものことなのよ。そんなことのよ、どうなのよ?」
「どう……って?」
「モナカのよ、先輩と――」
「その話は、ここではちょっと……」
「大丈夫なのよ。ああなったモナカのよ、フブキに夢中なのよ」
「あはは……そうですか。そうですね、こういうところは先輩に似てますね」
「そうなのよ?」
「でも、それだけです。違うところの方が多すぎます」
「判断するのよ、早いのよ」
「ふふっ、エイルさんはモナカくんが先輩だといいって思ってるんですか?」
「思ってるのよ」
「エイルさん、マスターはタイムのマスターです。時子のー……」
モナカの肩から時子を飛び越え、エイルの肩に移ってきたタイム。
2人の会話に割り込んだものの、そこまで言うとタイムは言い淀んでしまった。
「タイムちゃん?」
「なんでもないよっ。とにかくマスターはタイムのものですっ。時子なんかに渡しませんっ」
「取らないよ。時子には先輩が居るんだから」
「言質取ったからね。マスターは渡さないよ」
「言質って……時子、タイムちゃんに嫌われてる?」
「嫌いです。ふんっ」
タイムは時子を飛び越え、再びモナカの肩に戻ると、時子にあかんべーをした。
「時子、なにかしたかな」
「時子にモナカを取られると思ってるのよ」
「エイルさんが変なこと言うからですよっ」
「うちは事実を言っただけなのよ」
「事実じゃなくて、憶測ですよね」
「細かいことを気にする女はモテないのよ」
「モテなくても構いませんっ」
そんな3人のやりとりを余所に、モナカはフブキとの会話を楽しんでいた。
いよいよ次回で第1部、終了です






