第97話 エイルの強引な推理
エロい要素は特にありません
エイルが洗う手を止めて、おかしな質問をした。
モナカこそが時子の探している先輩ではないのか、と。
「……ほえ? どうしてそこでモナカくんが出てくるんですか? モナカくんは先輩じゃないですよ」
「モナカと時子は同じ世界の人間なのよ」
「そういうの、異世界物の小説だとよくあることですよね」
時子の居た世界にも、エイルの言う勇者小説のような物語が沢山出版されている。
同じ世界から同じ異世界へ次々と転移・転生してくるのは、使い古されたネタだ。
「……勇者小説にもよくある話なのよ」
「ですよね。偶然ですよ、偶然。それに〝モナカ〟なんて名前の日本人は、聞いたことありません。ましてや時子が先輩を間違えるはずありません。逢った瞬間に分かりますよ。先輩だって同じです」
「モナカは記憶を奪われたのよ」
「それは聞きましたけど」
「いい加減な管理者なのよ、姿も変わるのよ」
「そうですね。そうかも知れません。でもきっと魂で惹かれ合うから、分かると思います」
「時子が現れたところのよ、モナカも居たのよ。今も一緒に居るのよ」
「時子の〝先輩と一緒に居たい〟って願いのことですか? 〝居たい〟は希望だから叶ってないって言ってませんでした?」
「時子がモナカを充電できるのよ、先輩だからじゃないのよ?」
「同じ世界から来たから、じゃないですか?」
エイルが時子の足を洗い始める。
「管理者は約束を守るのよ」
「いい加減なのに、守るんですか?」
「いい加減なことのよ、約束を守らないことのよ、同じじゃないのよ」
「そうだとしても、どうして守るって言いきれるんですか?」
「……勇者小説に書いてあったのよ」
「管理者についても書いてあるんですか?」
「神様としてよく出てくるのよ」
「それでも、先輩は時子より後に来るはずです。ましてや1年も前に来ることはあり得ません。その頃は時子と同じ学校に通ってました」
「そうなのよ?」
「そうなんです」
「……時子は異空間を1年間彷徨ってたのよ。だからズレたのよ」
「あはは、いくらなんでも強引すぎます。時子は漂ってたときの記憶、無いんですから。それにモナカくんは転生なんですよね。先輩は死んでません」
「それは……のよ」
足を洗い終えたエイルは、シャワーで時子の身体の泡を洗い流した。
「……次はこれに座るのよ。髪を洗うのよ」
立ったままだとエイルの背では洗いにくいから、風呂椅子に座らせた。
時子の黒く長い髪は、風呂椅子に座ると床に広がった。
「タイムちゃんに取られてもいいのよ?」
始めは泡を付けず、念入りに髪をシャワーで流した。
「取られるもなにも、モナカくんは先輩じゃ――」
「先輩なのよ」
エイルの強い意志が込められた言葉が、時子に刺さる。
否定しようと言葉を探すが、何故か浮かんでこない。
刺さった言葉が、押し留めているかのようだ。
否定の言葉が出てこないのならば、別の言葉をひねり出すしかなかった。
「モナカくんが、先輩だと思う根拠は、なんですか?」
「それは……のよ」
言葉に詰まるエイル。
シャワーで流している髪を梳く手が止まる。
結局、エイルも明確な根拠を示すことができない。
現状では、状況証拠しかないからだ。
いや、状況証拠と言える代物ですらない。
ただ1つ言えること、それは。
「タイムちゃんなのよ」
「タイムちゃん?」
髪を流し終えると、今度はシャンプーをよく泡立てて、髪を洗い始めた。
「タイムちゃんはモナカのサポートA.I.なのよ。ならそのモデリングデータは何処から来たのよ」
「もでりんぐ、でーた?」
「タイムちゃんの外見を再現する為のよ、3Dモデルのデータなのよ」
「あ……はあ」
勇者小説の影響なのか、エイルはそういったことに詳しい。
逆に時子はあまり詳しくはなかった。むしろ苦手な分野だ。
「時子と偶然同じになる可能性のよ、あり得ないのよ」
「それは、そうですけど。たまたま時子の姿を使っただけですよ。0から作るより、時子の姿を真似した方が早いじゃないですか。管理者ならそのくらいできると思います」
「時子が転移する1年も前のよ、たまたま時子の外見を3Dスキャンするのよ?」
「それは……」
「それだけじゃないのよ」
「どういうことですか?」
時子の長い髪の上半分を洗い終えたエイルは、時子に立つよう促す。
そして残り下半分を洗い始めた。
「サポートA.I.に画面の外で動く身体のよ、必要ないのよ。でもタイムちゃんは持ってるのよ」
「んー、魔法世界なら、ちびキャラマスコットは普通だと思いますよ」
「そ、そうなのよ?」
「はい。魔法少女にちびキャラマスコットは付きものですから」
「……モナカは男なのよ!」
「問題ありません。男の子の魔法少女も居ますから」
「……意味が分からないのよ」
「あはは。物語の中は無限大ですから。でも、現実世界の方が奇抜ですよ。物語の中では〝あり得ない!〟と批判されることでも、現実世界でならまかり通りますから」
「そう……のよ」
「だから、1年前に時子の姿を真似ることも、モナカくんが先輩ということも、あり得るかも知れませんね。ふふっ」
「……時子?」
時子が突然エイルの荒唐無稽な推論を肯定した。
それが反ってエイルを冷静にした。
工房で技術職をしているエイルである。
冷静に考えれば、どれだけ無理矢理な理論かは理解できる。
色々な偶然が重なり、それらをモナカとタイムと先輩と時子を都合よく利用すれば、簡単に説明が付く。
だからこの四者の関係を、エイルが言うようなものであると証明できれば、全て解決する。
〝素粒子の質量は、理論上ヒッグス粒子との相互作用から生じる〟という具合に、まずは都合の良い粒子――ヒッグス粒子――をでっち上げる。
そして後はその粒子を見つければいい。
考え方はそれと同じで、エイルはそのでっち上げを証明すれば良いだけだ。
そしてそれが難しい。
「あくまで可能性がある。そういうことですよね」
「……そうのよ」
「分かりました。でも、タイムちゃんと先輩を取り合うのは嫌だな。あはは。もしかしたら、モナカくんは先輩の知り合いとか、友達だったのかも知れませんね。それなら時子がタイムちゃんのモデルに選ばれても、不思議はないもの」
髪を洗い終えたエイルは、黙々とシャワーで流した。
時子も、それ以上語らなかった。
そしてエイルも自分の身体と髪を洗う。
シャワー室には、シャワーの音と洗う音だけが、寂しく響いていた。
エイルと時子の出番は終わりです
次回からモナカとアニカのシャワーシーンでございます






