第95話 カップリング
「トキコさん、ありがとう」
「んーん、時子もよく先輩にギュッてしてもらったり、頭ナデナデしてもらったりしてたから。それだけだよ」
泣き止んだ……いや、笑い止んだアニカが時子さんにお礼を言う。
そっか、時子さんは先輩にしてもらったことをアニカにしてあげたのか。
俺はそういった思い出は無くなってしまった。
だから誰かになにかをしてもらった記憶は、1年分しかない。
時子さんには何年分の先輩が詰まっているのだろう。
ちょっと羨ましい。
「ごめんなさい。ちょっと笑いすぎて涙が出てしまいました」
「ふふっ。ホント、笑いすぎると何故か涙が出ちゃうよねー」
「でもアニカ。管理者が間違えたのなら、精霊に責任は無いと思うぞ」
「当時8歳だったボクに、そんなこと分からないよ。精霊に殺されたという結果は変わらないもの。それが心に深く突き刺さったんだ」
「あ……そっか」
そういった区別が付けられないくらい、幼かったんだな。
と言っている俺も、理解はできても納得できるか微妙だな。
「そんな思いを抱えたまま、また赤ちゃんからやり直しだよ。トラウマにもなるって。周りの大人はなにを言ってるか分かんないし。その癖精霊は側に寄ってくるから怖くて大泣きするし。手の掛かる赤ちゃんだったんだよ」
下手に記憶がある分、余計考えてしまうよな。
謎言語で話しかけてくる大人たち。
自分を殺した者の同族に取り囲まれる恐怖。
精神年齢が8歳の赤ん坊にはキツいだろう。
訴えることも、逃げることもできない。
「だんだん精霊が悪いんじゃないって分かってきたけど、それでも怖いって気持ちだけは残ってる。イフリータは昔からの友達だから大丈夫だけど、他の精霊は全然言うこと聞いてくれないから。それでも、ボクは精霊が好きなんだ。だから精霊召喚術師になることを諦めたくない」
ちょっと違うけど、猫好きの猫アレルギー的な感じなのだろう。
精霊は好きだけど、トラウマが残っていて怖い。そんな感じか。
中々克服できないから、トラウマなのかも知れない。
「結局どうするのよ? アニカは時子と入らないのよ?」
ああそうだ、シャワーを浴びるんだった。
「無理無理無理! 女の人となんて恥ずかしいよ」
男の子だったときより、女の子になってからの方が長いだろうに。
未だに心は男のままなのか。
俺も最初は抵抗あったけど、エイルが明け透けすぎたからな。
「なら時子はうちと一緒に入るのよ」
「え。時子、シャワーくらい1人で入れるよ」
「無理なのよ。とにかく一緒に入ってみれば分かるのよ」
「そうなの? 分かったよ」
俺も最初は混乱したものだ。
エイルやトレイシーさんが当たり前のようにできるのに、俺にはできない。
それがとても辛かった。
時子さんもこれからその洗礼を受けることになるのか。
さっき話はしたけれど、理解して受け入れるのは中々難しい。
エイルが扉を開け、時子さんが部屋の外に出て行く。
俺はそれを見送っていたのだが……
「モナカ、なにしてるのよ。さっさとするのよ」
「……え? なにがだ?」
「〝なにがだ〟じゃないのよ。一緒に入るのよ」
「は? いや、俺は待ってるよ。時子さんが入り終わったら呼んでくれ」
「バカ言わないのよ。うちは2度もシャワーを浴びるのよ、面倒はしないのよ」
「いやいや、時子さんと一緒に入るとか、無理だよ」
「そうです! マスターと一緒に入るのはタイムなんだから」
「いや、タイムはいつもスマホの中で待ってたよね」
俺とタイムはいつも一緒で、壁を隔てて離れることができない。
だがタイムが携帯に入っている間は離れられる。
その間は携帯から出ることもできないのだけれど。
だからシャワーを浴びている間は、携帯の中で待っているのが常だ。
「マスターが時子と一緒に入るくらいなら、タイムが一緒に入ります!」
「どんな理屈だそれは!」
「一緒に入らないのよ、違いが分からないのよ」
「……お前、まさか異世界人の男女の違いが知りたいから、〝一緒に入る〟とか言っているのか?」
「そ、そんな訳ないのよ。別々に入れるのが面倒なだけなのよ」
なら何故目をそらす。
「時子もモナカくんと一緒に入るのは嫌だよ」
ぐっ。
なんだろう。
自分も同じ事を言っているはずなのに、何故か心が痛い。
小さい子ならともかく、中学生なら当然の反応だ。
別に俺のことが嫌とかではない。そうだよね?
「時子もなのよ?」
「なら、ボクがモナカくんと入るよ」
「……はあ?!」
「そうのよ? なら任せるのよ」
「任せるなよ!」
「モナカと時子が一緒に入れないのよ、モナカがアニカと入ればいいのよ」
「え……エイルはそれでいいのか?」
「? 別に構わないのよ」
なんだろう。
新しい検体が手に入ったから、古い検体は用済みよ。
と言われているような気がして悲しい。
直接比較はできなくても、違いを調べることはできるということか。
「時子は無理で、モナカくんならいいの?」
「男同士なら、恥ずかしいことはありませんからね」
「いや、中身はそうでも外見は完璧な女の子だろ! そこ、一番重要」
「酷いよモナカくん! エイルさんはよくて、ボクはダメなのかい?」
「エイルとは一緒に入ろうとして入ったんじゃなくて、エイルが乱入してきてズルズルとそうなっただけだ!」
「なら、今度はボクとズルズルな関係になるだけでしょ。いいじゃないかっ」
「人聞きの悪い言い方をするなっ」
「最初に言ったのはモナカくんだろ!」
「意味が変わってるだろっ。……はぁ、はぁ。アニカも言うようになったじゃねえか」
「当たり前だよ。何年振りだと思ってるんだい」
「何年振りってなんだよ……ん? エイル?」
「エイルさんなら、時子さんとシャワーに行ったよ」
「……は?」
エイルの奴、俺とアニカが言い争っているどさくさに紛れて行ったのかよ。
うー、じゃあ今日は我慢して――
「今日は入らないとか言わないよね」
「う……1日くらい入らなくても平気だよ」
「今日だけじゃないよね」
その通りで御座います。
いや、しかし……
「そんなにボクと入るのは嫌かい?」
「そういうわけじゃ」
「おっぱいが小さいから?」
「マスター?! やっぱりそうなんですかっ!」
「それは関係ないだろっ。タイムもなに言ってんの」
「それに、これからはトイレもボクと入るんだよ。分かってる?」
「ぐっ……そうだった」
いや待て、そうなのか?
別に今まで通りエイルでも……
いやいや、時子さんの世話をエイルにしてもらうことになるんだ。
その上俺のトイレの世話まで……やりたそうな気がしなくもないけど。
「安心して。ちゃんとボクがお世話してあげるから。全部」
まさかアニカにお世話にならなければならない日が来るとは……
世も末だな。
8歳の設定はどうなんだろう
そういう判断は8歳……小学校低学年では無理だと思うんだけど
幼稚園児くらいの設定の方が良かったかな
次回からシャワー室での組んず解れつが展開します(しません






