第94話 異世界転生
直訳した親父ギャグは、まず通じません
「時子はアニカに入れてもらうのよ」
そう言ってエイルが部屋を出て行こうとしたので、俺も一緒に向かおうとした。
「ちょっと待って。モナカくん、まさかエイルさんと一緒に入るの?!」
あ、しまった。
1年も続けていると気にもならなくなったが、冷静に考えてみれば女の子とシャワーを一緒に浴びているんだよな。
すっかり忘れていたよ。
「待ってください。ボクとトキコさんで入るんですか?!」
「え、あ……まぁ。エイルに入れてもらっているな」
「アニカは時子と入るのよ」
「2人って、そういう関係なの?」
「女の人と一緒に入るなんて無理ですよ」
「そういう関係じゃない!」
「アニカも女の子なのよ」
「じゃあどうして一緒に?!」
「ボクは男なんですっ!」
「仕方ないだろ。他に手段がないんだから」
「アニカは今女の子なのよ」
「「男の子?!」」
時子さんとタイムが一斉に叫んだ。
……なんでタイムまで叫ぶんだよ。
「あ……いえ、その。女です」
「……え? どっちなの?」
フレッドがしょっちゅう〝弟がー〟と言っていたから、俺とエイルは驚くことはなかった。
それはタイムも同じはずなのだが。
フレッドの苦しい誤魔化しに毎回誤魔化されているタイムには、寝耳に水だとでも言いたいのだろうか?
「だから、男の子? なんじゃないのか」
「どっちでもいいのよ。アニカはアニカなのよ」
「タイムは初耳だよ。マスターは誰に聞いたの?」
おいおい。
〝もしかしてあの事?〟すら思わないのかこいつは。
「アニカ、いい機会だから話してくれないか?」
「……わかったよ」
アニカが少し真面目な顔になった。
「ルゲンツよ、話す気になったのか?」
「え、イフリータ?!」
「どうしてここに……まさか兄さんが来ているんですか?」
アニカが話そうとしたとき、突然イフリータが現れた。
イフリータはアニカではなく、フレッドの契約精霊だ。
ここに居るということは、フレッドも近くに居ることになる。
「主様は来ておらぬ。ここにおるのは我だけじゃ」
「イフリータだけ? フレッドが居ないのに?」
ご主人様とセットじゃなかったのかよ。
「そっか……兄さんは居ないのか。まったく、イフリータは相変わらずだね。お母さんは元気にしてたかい?」
「ルゲンツが居なくなって直ぐは元気をなくしておったがの。少しずつ元気を取り戻しておったのじゃ。我がルゲンツに呼び出されてからは分からぬ。我ももう帰れぬ身なのじゃ」
「そっか。ゴメンよイフリータ」
「気にするでない。死んだルゲンツとまた会えたのじゃ。我にとっては僥倖じゃ。それにキャロルには一言言ってあるのじゃ。安心するのじゃ」
「一言?」
「我はキャロルと一緒に居たときに、ルゲンツに呼び出されたのじゃ」
「お母さんと?」
「うむ。キャロルにはルゲンツに呼び出されたこと、もう会えぬであろうことを告げたのじゃ。ルゲンツが新たな世界で生を受け、世界を越えて我を呼び出せるほどに成長しておることを喜んでおったのじゃ。だからもう大丈夫なのじゃ」
「そうですか。よかった」
すっかり2人だけの世界を作り上げている。
口を挟む隙もない。
話の内容からキャロルというのはアニカのお母さんのようだ。
しかしアニカが死んだ?
新たな世界での生?
それってつまり……
「む、主様が呼んでおる。タイミングの悪い主様じゃ。みなのもの、ルゲンツを……いや。アニカを頼んだのじゃ」
そう言うと、現れた召喚陣に飛び込んでいった。
来たときといい、還るときといい、精霊は自由だな。
「なあ、アニカ。もしかして……」
「うん、ボクはモナカくんと同じ、転生者なんだよ」
「転生者なのよ?!」
「はい。そして前世では男でした。名をルゲンツ・ダン・ロックハートといいます」
「もしかして、イフリータがいつもルゲンツって呼んでいたのは」
「はい。転生前からの友達です。そして、転生前のお母さんの契約精霊です」
そういうことか。
ということは、イフリータも向こうの世界の精霊って事なのか。
精霊をも異世界召喚してしまうとは、凄い力だな。
「信じてもらえないとは思いますが、本当なのです」
「信じるのよ」
エイルが小声でつぶやく。
エイルは勇者小説で色々読んでいる。
俺は俺で自分が転生者だし、時子さんは転移者だ。
疑う奴は居ないだろう。
「なあ、もしかしてフレッドは知っているのか?」
「兄さんには以前話したんだ。でもそのときは信じてくれているとは思わなくて。でも、信じてくれていたから、〝召喚術師なんか止めてしまえ〟と言ってくれていたんだ」
「どういう関係があるんだ?」
「ボクが死んだことに、精霊が関係してるからなんだよ」
「どういうことなのよ!」
「呼びもしないのに、精霊の方から寄ってくるのにか?」
「当時、ボクは8歳でした。向こうの世界は精霊と人が共存していました。契約という概念はありましたが、人と精霊に上下関係はありません。そんな中でも、ボクは異質でした。大人たちが言うには、〝精霊に愛された子供〟なのだとか」
「だからこっちでも精霊に愛されているのか?」
「分かりません。ボクには愛されている自覚がないのです。だって、ボクは精霊に殺されたんですから!」
「殺された?!」
「はい。あのとき、ボクは微精霊を召喚したんです」
また微精霊が関係してくるのか。
アニカの微精霊召喚には、波乱しか起こらないらしい。
「ですが、ボクはその呼び出した精霊にマナを全て吸われてしまったのです」
「マナを?」
「この世界の魔力みたいなものです。エイルさんは体内の魔力を全て吸われたら、どうなりますか?」
「モナカと違うのよ、生きてはいられないのよ」
「そういうことです」
どういうこと?!
俺が生きてるのがおかしいってことか?
「……それで、どうして全て吸われたんだ?」
「召喚に応じた精霊は、術者からマナを貰い受けて活動します。呼吸と同じです。だから全て吸おうと思って吸ったのではないのでしょう」
「ちょっと待った。微精霊に吸われたくらいで枯渇する程度のマナしか持っていなかったのか?」
「ははっ、笑っちゃいますよね。それは召喚に応じた精霊が、微精霊ではなかったからなのですよ」
「微精霊ではなかった?」
「ええ。ボクを転生させた管理者が言うには、〝微精霊と美精霊を間違えちゃった。てへぺろ〟……だそうです」
「……は?」
なんだその間違え方は。
全くもって意味不明だぞ。
そんな駄洒落みたいな……ん?
日本語でならそれは成立するが、翻訳前もそれが成立するっていうのか。
それはそれで面白いな。
いや、面白がっている場合ではないけど。
「どういうことのよ?」
あー、エイルは理解できていないみたいだな。
偶然って怖い。
「ボクの居た世界では〝微〟と〝美〟が同じ音なのですよ。それで勘違いしたというのです」
「……そういうことのよ」
「ただの駄洒落で死んだのか?!」
「だから笑えるでしょ。ふふっ、全く、ふざけたことしやがって。ふふふ、あははは、あっははははは!」
いや、全く笑えませんから。
笑える雰囲気じゃないから!
みんなが神妙な面持ちになる中、アニカ1人が自嘲気味に笑っていた。
そして笑い声は、いつの間にか泣き声になっていた。
俺は掛ける言葉も見つからず、ただ見ていることしかできなかった。
そんな俺に、エイルが目で〝なんとかするのよ〟と言ってくる。
〝俺が?!〟と自分を指さすと、頷いて返された。
そう言われても、なにをどうすれば……
とモタモタしていたら、時子さんがアニカを優しく抱き締めた。
そして頭を撫でた。
「よしよし。時子には難しくてよく分からないけど、泣きたいなら胸を貸してあげるくらいはできるからね」
あ、そうか。それでよかったのか。
考えてみれば、俺はいつもそうしていた。
それ以外の方法を知らないから、というのもある。
なのに、誰かに言われてやろうとすると、どうすればいいのか分からなくなった。
「な、泣いて、なんか、ぐすっ、いませんっ」
「ふふ、そうだったね。アニカさんは男の子だもんね。泣いてなんかないよね。ちょっと汗が出ただけなんだよね」
「うう。ぐすっ」
時子さんの胸の中で、アニカは粛粛と泣いた。
まぁ、察していた人も多いとは思いますが、そういうことです
次回、アニカは更にグイグイときます






