第91話 子夜時子の願い
テレビなんかで、同じシーンを1カメ・2カメ・3カメの順で見せる手法があるじゃないですか
なんとなく分かってもらえたら嬉しいな
「ごめんなさい」
アニカの謝罪から始まった話し合い。
俺は転生しなければそのまま死んでいた。
でも時子さんは違う。
アニカに呼び出されなければ、今も先輩と平和に学校生活を共にしていたことだろう。
いや、今中3だったっけ。
先輩は卒業してもう居ないのか。
卒業した先輩と今でも交流しているということか。
とにかく、平穏な日々を邪魔されたことに違いはない。
謝罪で済めばいいのだが、そうもいくまい。
「いいよいいよ、もう済んだことだし。それに先輩もこっちに来てくれるって言ってたし」
「こっちに来てくれる?」
「どういうことなのよ?」
「じゃあ、最初から説明するね。時子は先輩と放課後デー……勉強会をするために、図書館に向かってたの」
今放課後デートって言おうとしなかったか?
……先輩は男?
「で、向かってる途中で穴に落ちたと思ったら、変な契約させられて――」
「変な契約?!」
「大丈夫なのよ?」
「あー多分大丈夫。ほら、時子って魔法が無い世界からある世界に行くでしょ。だから魔法が使えるようになる契約をしたんだよ」
「え……俺は使えるようにしてもらえなかったぞ」
やっぱり時子さんは俺と違って魔力を貰ったってことだろう。
俺みたいに扉に挟まれたり、トイレが流せなかったり、シャワーが浴びられないなんてことが無いようだ。
もしかして、対応した管理者が違っていたのかな。
「契約しなかったの? 管理者とかいう人に、〝僕と契約して魔法が使えるようにならないか〟って言われたの」
「そうなんだ。俺は〝ごめんなさい〟の一言で終わったよ」
ちょっと微妙な空気が流れる。
いや、今は俺の話ではなく時子さんの話だ。
「俺のことはいいから、続きを教えてよ」
「うん、なんかゴメンね。それでそのときに〝契約してくれたら、1つだけ願いを叶えてあげるよ〟って言われたの」
「願い?」
〝願い〟といえば、俺の転生も〝誰かの願い〟だった。
……まさか、ね。
「うん。〝元の世界に戻して〟とか〝転移先の変更〟とかはできないって言われたの。先輩と離れたくなかったから、元の世界に戻りたかったんだけどね」
「本当にごめんなさい!」
再びアニカが頭を下げた。
先ほどより深く頭を下げた。
床に頭が付くのではと思うくらいに勢いよく頭を下げた。
「だからもういいってば。それとも、元の世界に戻せるの?」
「その……召喚はできるのですが、帰還は精霊自ら行っているので、ボクらは誰もその方法を知りません」
「そうなのよ?」
「はい。強いて言うなら、〝お疲れ様〟とか〝もういいよ〟とかでしょうか」
「それは……違うんじゃないか?」
「ボクも違うと思う。試験の時も〝やり過ぎだよ! もう還ってください〟ってお願いしただけだから」
「ま、時子だけ元の世界に戻されても困るんだよね」
「? どういう意味だ?」
「時子の願いはね、〝先輩と一緒に居たい〟なんだよ」
「〝先輩と一緒に居たい〟?」
俺と時子さんは今一緒に居る。
……いや、俺がこっちの世界に来たのは1年前だ。
いくらなんでも無理があるよな、ははっ。
〝願い〟って言葉に、過剰反応しているようだ。
「だから時子だけ先に帰されても、先輩に会えなくなっちゃう」
「帰るなら先輩と一緒に?」
「うん。時子の願いは、先輩が死んでたり拒否したりすると、願いは叶わない上に、願いの変更もできないんだって」
うん、やっぱり俺が先輩ってのは無理があるようだ。
〝死んでいると叶わない〟なら、俺が時子さんの願いで転生できるはずもない。
そもそも出会ったときに時子さんが気づくよな。
先輩か……
「つまり先輩はアニカが召喚したのではなく、時子がお願いして来てもらったということか?」
「うん」
巻き込まれではなく、道連れでもなく、同行ということか。
そもそも「後輩が異世界召喚されました。貴方も一緒に来て欲しいと言っています。一緒に行きますか?」と言われて、「一緒に行きます」と答えられるだろうか。
親や友達と別れ、今ある生活の全てを捨てて、後輩の為に一緒に異世界へ行く。
それを選択する先輩は、どれほど時子さんのことを好きだというのか。
先輩を信じてそんな願いをする時子さんもそうだ。
相思相愛という奴か。
「それで願いは叶ったのよ?」
「分からない。先輩は生きてるし、管理者は先輩もこっちに来てくれることになったって言ってたの。でも先輩が居ないの。先輩に会いたい。会わなきゃいけないの」
「でもどうやって?」
「時子の願いは〝一緒に居たい〟なんだよ。なんで先輩がここに居ないの? 時子……騙されたのかな」
時子さんは今にも泣きそうな顔で俯いてしまった。
慰めてやりたいところだが、先輩の手前、ギュッてしてナデナデする訳にもいかないな。
「もしかするのよ、〝居たい〟だからなのよ」
「どういうこと?」
「〝居たい〟はあくまで希望なのよ。〝居る〟ではないからなのよ」
「そんな!」
「そんなトンチみたいなことがまかり通るのか?」
「その可能性はあるのよ」
「じゃあ時子は先輩を探さないと、一緒に居られないの?」
その問いに答えられる者は居なかった。
中途半端に叶えられた願い。
いや、本当に先輩がこっちの世界に来ているかも分からない。
それを確認するには、実際に会うしか方法がない。
騙されたとしても、それを立証できないということだ。
「探すしかないよ」
「モナカ?」
「探すしかないだろ。じゃないと時子さんが浮かばれない」
「探してくれるの?」
「俺も探し物があるんだ。エイルも探している人が居る。そのついでだよ」
「うちが探しに行きたいのは――」
「まあまあ、今はそんな細かいことはいいだろ。気にしてたらモテないぞ」
「細かくないのよ!」
確かに、俺とエイルが探しているものは結界の外だ。
エイルのお父さんは、結界の外から帰ってきていない。
俺は……考えてみれば、具体的になにをという物がない。
いや、物なのか人なのかなんなのかすら分からない。
そんな物を何処でどう探せと……
そんなことを考えていた。すると……
『マスター』
『ん?』
『マスターの問題は、解決した……かも知れない』
『……え、どういうことだ?』
『時子が居れば、大丈夫みたい』
『……どういう意味だ?』
『時子がマスターを充電してくれるみたいなの』
「はあ?!」
あまりのことに叫んでしまった。
「急に大きな声を出すんじゃないのよ」
『……マスターのバカ』
「あ……すまん。つい」
「一体なんなのよ」
「いや、それがその。俺の探し者が時子さんだって言うんだ」
「時子がモナカくんの探し者?!」
「……どういうことのよ?」
「あ……いや、それは、その」
どうやって説明すればいいのだろう。
身体のことを説明して、それを解決できるのが時子さんだと言えばいい。
しかしそうなると、それを誰に聞いたのかという話になる……だろう。
そうなると、タイムのことを話さなければならない。
うまく誤魔化す方法はないだろうか。
次回はいよいよ生き別れとなった姉妹が出会います(チガイマス






