第86話 中央省の補佐官
子夜時子、彼女が精霊でないことは一目で分かる。
ジェシカが彼女を精霊だと思ったのは、アニカの力を聞いていたから、先入観で決めつけていただけだ。
冷静になって彼女を見てみれば、精霊でないことは一目瞭然なのである。
中央省の補佐官とやらが、彼女をどうするつもりなのか……
「なにを仰るのですか。子夜さんは精霊ですよ」
「え?!」
「貴方たちもアニカの能力はご存じですよね」
「ええ、それは勿論」
「でしたら、人間そっくりの精霊を召喚できても、なんら不思議はありませんよね」
「ちょっと、時子は精霊じゃなくて人間だよ」
「まあ任せとけって」
「? 彼女はなんと?」
「〝私を精霊ではないと疑うというのか!〟とお怒りでございます」
「時子そんなこと言ってないよ?!」
「まあまあ、そうお怒りにならず。お静まりください」
「モナカさんはシヤさんと会話ができるのですか?」
「はい、僕には妖精の加護がありますから」
「妖精?! うわあー。時子、妖精に会ってみたかったんだよね」
ごめん、本人が嫌がってるから無理です。
それからアニカ、反応しそうになるんじゃない。
「妖精……ああ、そのような報告がありましたね」
やはり協会での出来事は、全て把握済みのようだ。
ならこのままゴリ押ししてみよう。
「では、他の精霊たちとも会話が可能なのですね?」
そうきたか。
「その為には対価が必要なのです。全ての精霊と会話できるほどの対価を、僕は持ち合わせておりません」
言語相互翻訳に対価を払っているから、嘘は言っていない。
そして全ての言語に対して対価を払えないから、やはり嘘は言っていない。
「対価ですか。具体的にはどの様なものを対価にすれば宜しいのでしょうか」
「それは……妖精さんの気分次第なのでなんとも……」
基本的には1言語辺りの対価は同じだけれど、一部言語に対しては割引や割増があるのを見たことがあるから、全くもって嘘ではない。
「ではシヤさんのときはどういった対価をお支払いに?」
「それは……本人を目の前にして言うのはちょっと……」
払っていないものは言えないよね。
「え、なに? 時子のこと?」
「いいえ、違いますよ」
「ならば、その妖精様に逢わせては頂けないでしょうか」
「それは……妖精さんが貴方には会いたくないと仰っています」
タイムは子夜さんに会いたくないと言っていた。
〝貴方〟が目の前のデイビーとかいう男とは言っていない。
だからギリギリセーフ。
『タイムが会いたくないのは、時子だよ』
『なら顔を見せてやるのか? 子夜さんにも会うことになるぞ』
『う……マスターのバカッ!』
『あ、タイム!』
視界の端に居たタイムのアイコンが、パッと消えてしまった。
本当にどうしたんだろう。
一段落したら、ちゃんと話し合わないとダメかな。
「おいおい。そりゃホントか、坊主?」
それまで部屋の隅で煙を噴かしていた猫背男、ウィーラーが咥え煙草のまま俺に近づいてきた。
そして俺の頭を鷲掴みにすると、顔を寄せてきた。
「なあ坊主。お前さん、嘘、ついてるだろ?」
咥え煙草のままジッと目を見つめてくる。
「な、なにを、根拠に?」
嘘は……一応ついていないぞ。
ちょっと解釈を変えただけだ。
「……ふーん。嘘、はついてない……か」
ウィーラーは視線を外して天井に顔を向けた。
そして煙草を吸って、煙を吐く。
吐ききると今度は額が付そうなほど顔を近づけて、食い入るように目を見つめてきた。
「けど、本当のことも言ってねえ目えしてんな。そうだろ、坊主?」
「止めなさい。お客様に失礼ですよ」
「はぁー、客ねえ。はっ」
ウィーラーは煙草を一気に吸い込むと、思いっきり煙を俺に吹きかけた。
そして煙にむせる俺から手を離すと、部屋の中をゆっくりと歩き始めた。
「妖精が出てこねえのは、ホントは居ねえからだろ。あの報告書だって怪しいもんだ。そもそも妖精が対価を求める? そいつは不自然だ。彼奴らが求めるのは対価じゃない。自由だ。そして坊主が嘘をついてる根拠ってのは……」
そこまで言うと、ちょうど子夜さんの後ろに来ていた。
そして子夜さんの両肩を、後ろからおもむろに掴んだ。
「え……な、なに?」
「言わなくても分かるだろ?」
「ウィーラー!」
デイビーがウィーラーを睨み付けた。
それまで穏やかな表情だっただけに、少し驚いた。
〝言わなくても分かる〟?
もしかして、俺と子夜さんが同じ異世界人だと知っているとでも……
部屋から音が消える。
動くものも居ない。
ただ、煙草の煙だけが自由にしていた。
「……へいへい」
ウィーラーは両手を挙げておどけてみせると、部屋の隅へと退散した。
壁に寄り掛かり、そして煙を噴かす。
「煙草の件は、上に報告させて頂きます」
「ちょっ。そりゃあ勘弁してくれ! な! ワシとお前の仲だろ?」
〝勘弁してくれ〟といいつつ、煙草を吸うのを止めない。
生粋のヘビースモーカーだ。
そして短くなった煙草を床に投げ捨て、部屋に入って3本目の煙草に火を付ける。
「ただの同期です。それだけの理由で、貴方と組まされる僕の身にもなってください」
「だったら、報告なんて面倒しねえで、黙っててくれよ、な!」
「貴方がクビになってくれた方が、面倒が無くなるのですが」
「勘弁してくれよ! 都市には腹を空かせた女房と子供とお袋が居んだよ」
「貴方、独身ですよね」
「内縁の嫁が居んだよ。この前話したろ?」
「この前は外縁と言っていませんでしたか? お母さんも先日何度目かのお葬式をしていましたよね?」
「お袋は……殺しても死ぬようなタマじゃねえんだよ! 何度言や分かんだ!」
「何度も言わないでください。はぁー。もういいですから、邪魔だけはしないでください」
「へいへい」
……え? 煙草の件だけなのか?
俺たちに対してした行為については、お咎め無し?
やっぱりこいつらに素直に従うのは危険かも知れない。
なんとか無事に帰らないと……
「失礼しました。モナカ様、やはりお話はして頂けませんか」
「するもなにも、質問には答えましたよ」
「……左様で御座いますか。仕方がありませんね」
いよいよ実力行使に来るのか?
「本日はお帰り頂いて結構です」
「え? いいんですか?」
「勿論です。今はご協力頂けないようですので、仕方がありません。もし、お話ししたくなりましたら、いつでもお越しください。お待ちしております」
「したくならないかも知れませんよ?」
「なりますよ。いずれ、必ず。ご協力頂けるなら、僕たちも力になります」
「力に?」
「ええ。特にお2人にとっては……」
そう言って、俺と子夜さんを交互に見る。
やっぱりバレていると思っていた方が、良さそうだ。
「おいおい、ワシはダメでお前はいいのかよ」
「今更ですからね。ああ、そんなに警戒しなくても結構ですよ。悪いようにはしませんから」
「……それを決めるのは俺たちだ」
「ふっ、そうですね。そういうの、嫌いではありません」
デイビーが指を鳴らすと、扉が開いた。
そして、退出を促された。
なにかの罠かもと警戒しつつ、席を立つ。
部屋を出るときに、ウィーラーが「またな、嬢ちゃん」と子夜さんに声を掛けた。
俺は2人の間に割って入って、ガードをする。
「はっはっは。坊主の大事な人を取ったりしねえよ」
「モナカくん、そうなのかい?」
「な! そういうのではありません! それとアニカは黙ってて」
「あ……ゴメンよ」
「ふあっはっはっは! モテるな坊主。あんま女を泣かせんなよ。妖精さんに、〝よろしく〟な」
みんなが部屋の外へ出るのを待ってから、俺が最後に出る。
そして案内人に連れられて、廊下を歩いた。
「彼ら、戻ってきますかね」
「ったり前だろ。他に頼るとこなんざ、ありゃしねんだから」
「そうでしょうか」
「そうなんだよ。お前も自分で言ってたろが」
「ふふ、あれはお約束みたいなものです。本気で言ってはいません」
「はっ! お前のそういうところ、嫌いじゃねえ」
「貴方に好かれても……ね」
「ぬかせ!」
「そうですね。貴方の言うように、少し待ってみましょう」
2人の出番は終わりです
次出てくるのはいつになるやら
出てこないかも知れません
次回は第5章最終話です
家に帰るまでが試験です






