第85話 言語問題
部屋にはテーブルと椅子があった。
立って待っているのもなんなので、椅子に座ることにした。
座って待てとは言われていないが、座るなとも言われていない。
子夜さんが隣に座り、向かいにエイルとアニカが座った。
「ねえモナカくん。どうしてモナカくんはみんなと話せるの? 時子と同じ日本語で話しているのに、どうして時子だけみんなと言葉が通じないの?」
「ああ、それは言語相互翻訳ってアプリのお陰だよ」
「アプリ?! なにそれ」
「携帯にアプリをインストールすることで、言葉を相互翻訳してくれるんだよ」
「へー良いなー」
「子夜さんは携帯持っていないの? 持っていればインストールできるんじゃないかな」
「あー、時子は携帯持っていないんだ」
「そうなんだ」
『なータイム』
そういえば、携帯に籠もったきり、戻ってきていないな。
タイムならなんとかできるのでは、と思ったんだけどな。
『なに、マスター』
『ぅわっ。……ど、どうしたんだ? 全然元気が無いじゃないか』
誰が見ても一目で分かるほど、タイムは落ち込んでいた。
なにしろ視界の端に現れたタイムの顔アイコンに、青い縦線が貼り付けられていて、〝漫画かよっ〟と突っ込みたくなるほど、分かりやすかったからだ。
まあ、そういう分かりやすいエフェクトは、いつも通りなのだけれど。
もしかしたらタイムはポーカー激弱なのかも知れない。
表情がエフェクトに出すぎだよ。
『なんでもないよ。タイムはタイムで、時子と違うよ』
『それは分かってるよ。……あれ?』
なんでタイムが子夜さんの名前を知っているんだ?
ずっと携帯の中に居たはずじゃ……
聞き耳は立ててたってことか。
俺と視覚を共有できるのだから、聴覚も共有できて当たり前か。
『聞いていたのなら、話が早いな』
『? なにが?』
『だから、子夜さんの言葉の翻訳問題だよ』
『ああ、それなら携帯に言語相互翻訳をインストールすれば問題解決でしょ。そのくらい、タイムだって分かるよ』
『そ、そうなんだけど、彼女は携帯持っていないってさ』
あれ、聞いていたんじゃなかったのか?
『あ……そういえば、そうだった』
なんだ、忘れてただけか。
『時子は携帯持ってなかったね。そんなこと、忘れてた』
『だからタイムが彼女の通訳になっ――』
『なんでタイムがそんなことしなきゃいけないんですかっ!』
『え、なに怒っているんだよ』
『怒ってませんっ!』
『そうか? いや、だってさ、言葉が通じないのは可哀想だろ。俺がずっと付いてて翻訳してあげるわけにもいかないし』
『タイムだってマスターから離れられないんだから、無理ですっ!』
『それはそうかも知れないけど……どうしたんだ?』
『なにがですかっ!』
『なんか、いつものタイムらしくないというか……』
『いつものタイムらしいってなんですかっ! タイムは時子と違うんですよっ!』
『いや、それは分かってるけど……』
いったいどうしたっていうんだ?
ただのご機嫌斜めとは違うような気がする。
やっぱり子夜さんが関係しているのか。
そりゃいきなり自分と瓜二つの人間が現れたら、驚くだろうけど。
世界には同じ顔の人間が3人居るともいわれているのだから、タイムと同じ顔の人間が居ても、おかしくはない。
その人間が召喚されてくる確率は、天文学的確率ではあるが……
なんでここまで機嫌が悪いのか、皆目見当も付かない。
多分今はギュッてしても逆効果だろう。
触らぬ神に祟り無し、かな。
『大体、タイムが時子の通訳するってことは、タイムは時子と会わなきゃいけないじゃないですかっ!』
『……なにか問題でも?』
『問題しかありませんっ! そもそも――』
「モナカくん? どうかしたの?」
あ、しまった。
タイムと話し込んでたから、子夜さんをほったらかしにしてしまったな。
「多分タイむがっもがふが……!」
「いやなんでもないなんでもない。ちょっと考え事してただけだから」
「な、なにするのよ!」
エイルとアニカを引き寄せ、耳打ちをする。
「悪いけど、タイムのことはまだ話さないでくれ」
「どういうことなのよ」
「よく分からないが、タイムが嫌がっているんだ」
「タイムさんが?」
「ああ、だから頼むよ。タイムに関して話さなきゃいけないときは、エイルが対応してくれ。俺とアニカの言葉は子夜さんに通じるからさ」
「分かったのよ……ならなんでうちの口を塞ぐのよ」
「……あ! 咄嗟のことでつい」
「モナカくん?」
「えっと、とりあえず今は俺が通訳するから。暫くはそれで我慢して」
暫くがいつまでなのかは分からないけれど。
「ホント!? ありがとう!」
「同郷のよしみだから、気にしないで。色々聞きたいことはあるだろうけど、ここだとできない話が多いから、帰ってからでいいか?」
「! 元の世界に帰れるの?!」
「いや、俺は今エイルの家で厄介になっているんだ。そこに帰ってからって意味だよ」
「あ……そっか」
「悪いな、期待させてしまって」
「ううん、そんなことない」
「それより……」
「?」
ここで待たされているのは、やはり子夜さんのことでだろうか。
精霊ではなく、人間を召喚したのだから当たり前だ。
嫌な予感しかしない。
そんな話をしていると、扉が開いて人が入ってきた。
少し背の高い身なりの整った姿勢の良い男と、猫背で無精髭でボサボサ頭の中年男だ。
先ほどの案内人も一緒に来ていたが、扉の中には入ってこなかった。
俺たちが席を立つと、「そのままお座り下さい」と言われた。
「みなさん、初めまして。僕は中央省で補佐官をしているデイビー・ラッセル・ルーゼドスキーと申します」
「ワシはウィーラー・グリフィン・イーデンだ。同じく補佐官をしとる。よろしくな!」
見た目と言動は一致するというかの如く、姿勢の良い男の言葉遣いは丁寧で、猫背の男はちょっと馴れ馴れしい。
〝よろしく〟と言いながら、子夜さんの頭を乱暴に撫で回していた。
姿勢の良い男、デイビーに「止めなさい」と注意されると、懐から煙草を取り出して火を付けた。
「ここは禁煙ですよ」と更に注意されるも、部屋の隅に逃げてズボンのポケットに手を突っ込み、煙を噴かしていた。
「相方が失礼を働き、申し訳ない。宜しければ、お嬢さんのお名前を伺っても宜しいでしょうか」
「彼女は子夜時子っていいます」
「トキコ・シヤさんですね。それでシヤさんのことですが、精霊様……ではありませんね」
やはりそのことで待たされていたのか。
嫌な予感が的中してしまった。
さて、どうすればみんなが無事に家に帰れるかな。
最後に出てきた2人の出番が早すぎです。
本来なら第2部で出てくる予定だったのに……
ま、ここで出てきても問題ないけどね
イベント前倒しです
次回、狐と狸の化かし合い……といえるほどのものかは分かりませんが、そんな感じです






