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第83話 実技2次試験 アニカの場合 精霊に愛されし者

業界初(?)の火球(ファイヤーボール)をご覧ください

 ジェシカとその精霊が、辺りを警戒して見回している。

 アニカもキョロキョロと周囲を見ている。

 なのにこれといった変化が現れない。


「あれ? おかしいな」


 彼女は首を傾げて不思議がっている。

 思惑と違うようだ。


「あの子はなにをしたのよ?」

「多分火球(ファイヤーボール)を唱えたんだと思うけど……なにも起こらないな」

「あの子は詠唱魔法が使えるのよ?!」

「どうだろう。魔法を使えるようにしてもらったとか言ってたけど……」

「して貰ったのよ?! だ……誰にのよ?」

「そりゃあ、人ならざるものだろ」

「何処で会えるのよ?」

「転生か転移をすれば会えるんじゃないか?」

「あ……そうだった、のよ。……どうしてモナカは使えないのよ?」

「俺も知りたい」


 魔法が発動しなかったことを不思議に思っている彼女の目に、アニカが持っている杖が()まった。


「あ! ちょっとその杖貸して!」


 そう言うと、アニカの返事も聞かずに杖をもぎ取った。

 なるほど。

 俺たちの世界の物語だと、魔法使いといえば杖を持っているのが当たり前だからな。

 彼女は奪い取った杖を構える。


「けっこう長いなこの杖。重くはないけど……」


 そして奪った杖を振り回しながら、魔法を唱える。


火球(ファイヤーボール)!」


 今度こそ発動するのか……

 と思われたが、やはりなにかが起こった気配は感じられない。

 ジェシカも精霊も、相変わらず警戒をしているものの、なにかがおかしいと感じ始めたようだ。


火球(ファイヤーボール)! 火球(ファイヤーボール)! 火球(ファイヤボール)! 火球(ファイヤボー)!」


 彼女が何度叫ぼうとも、彼女が幾ら杖を振り回そうとも、一切変化が現れなかった。

 連呼しすぎた所為なのか、それとも杖を振り回しすぎた所為なのか、彼女は膝に両手を突いて息を荒くしている。

 そんな様子を見ていたジェシカは、完全に余裕を取り戻していた。


「ふ、ふふふふ、あっははははははは! 仮にも宗家に居た者が召喚した精霊だから、さぞかし立派な力を持っているのかと思っていたけれど……どうやら買い被りすぎだったようね。先手を譲って私が上であると示したかったのだけれど……時間を無駄にしただけね。本人が無能だと、召喚した精霊まで無能になるようね。だったらさっさとこんな茶番は終わりにして……?!」


 彼女は息を整えると、杖を下段に構えた。

 そして一息つくと、ジェシカを睨み付けた。

 目標を見定め、足を前に一歩踏み出す。

 一歩、また一歩と踏み出し、徐々に踏み出す間隔が早くなる。


「ファァイヤァァァァァァァァァァァァ!」


 と叫びながらジェシカに向かって走って行く。

 まさかの奇行にジェシカが(ひる)んだ。

 彼女はジェシカの手前で杖を振りかぶりながら、床を蹴って飛び上がる。


「ボォォォル!」


 渾身の力を込めて、ジェシカの頭目掛けて振り下ろす。

 意表を突かれたとはいえ、既に革靴の一撃を食らった後だ。

 今度はしっかりと精霊がジェシカを守った。


火球(ファイヤーボール)! 火球(ファイヤーボール)! 火球(ファイヤボール)! 火球(ファイヤボー)!」


 再び連呼しながらジェシカに殴りかかる。

 その(ことごと)くを精霊が弾いて防ぐ。

 呆気(あっけ)にとられていたジェシカも、おかしいのを通り越して(あわ)れに感じ始めていた。

 そして急に(むな)しくなってきた。


 ニコラスはなんの力も持たない精霊しか呼び出せない者に固執していたの?

 実物を見ずに生まれだけでありがたがるなんて……滑稽だわ。

 そしてこんな者に固執しているニコラスに拘っていた私も滑稽よね。


「はぁ、はぁ、あれぇ? おかしいな。打撃発動型だと、はぁ、思ったんだけど、そういうことでも、はぁ、ないのかー。じゃあ、どうすれば、はぁ、いいんだろう」


 彼女は殴るのを止め、肩で息をしながらアニカの元へと戻っていく。

 戦闘中だというのに、何度も何度も無防備な背中を相手にさらす。

 彼女がなんの力も持っていないと分かった今、強者の挑発や余裕ではなくただの素人の愚行に、もうジェシカが警戒や戸惑いをすることはなかった。


「これで全てを終わらせてやるわ」


 それに(こた)え、精霊の尻尾が彼女へと鋭く伸びていく。

 そして尻尾が彼女を貫こうとした、そのとき。


「ダメー!」


 アニカの叫び声が室内に響き渡る。

 彼女はその声に驚き、歩みを止める。

 そして精霊も攻撃を()めてしまう。


「え、なに?」

「ちょっと、なに攻撃を()めてるのよ。さっさとその女を倒しなさい」

()めてください!」


 ジェシカの命令とアニカのお願いで揺れ動く猫の精霊。

 攻撃はしていないものの、尻尾は彼女に狙いを定めていた。

 それも最初のうちだけで、次第に尻尾の力が抜けていってしまう。

 本来なら主人以外の言葉など聞くことのない精霊。

 だというのに、ジェシカの命令に従わず、アニカのお願いを聞いてしまう。


「お前、主人は誰だと思っているのよ! さっさとその女を殺しなさい」

「そんなこと、しないでください」

「ゴシュジン、ソレ、デキナイ。キラワレル、ナイ。ゴメンナサイ」


 ジェシカは精霊がなにを言っているのか、一瞬理解できなかった。

 〝デキナイ〟? 〝キラワレル〟?

 精霊がそんなことを言うのは初めてだ。

 上位精霊ならともかく、ただの中位精霊が自分の意思で話すことなど無かった。

 ジェシカから話しかけでもしない限り、言葉を発することすら希だ。

 なのに、明確に自分の意思を表し、その上主人であるジェシカに反発している。

 常識ではあり得ない。

 もしかしたら、それがアニカが回りからもてはやされる理由なのか。

 そんなもの、認められるはずがない。

 認めてしまえば全ての精霊召喚術師は、アニカにひれ伏すしかなくなる。

 あってたまるか。


「ふざけたことを言うんじゃない! 私の言うことが聞けないっていうの」

「ゴメンナサイ。デキナイ」

「なんだっていうのよ。そんなにアレが怖いっていうの?!」


 精霊は「ゴメンナサイ」を繰り返すと、次第に猫の形を保てなくなっていった。

 そして最後は床に水溜まりを作って消えてしまった。


「ウォルキャラット?! なに勝手に還ってるのよ」


 ジェシカは再び精霊を召喚する為、詠唱を開始した。

 そして召喚陣は現れたが、精霊が姿を見せることは無かった。


「なんなのよ一体。認めない。私は絶対に認めないわ。私よりあの女の方が上だなんて、あり得ないのよ。いいから私の言うことを聞きなさい!」


 部屋にジェシカの悲痛な叫びが反響する。

 それでも精霊が姿を現すことは無かった。

 精霊が主人の命令に反することは、契約を(たが)えることになる。

 それはつまり、契約が破棄されるということ。

 召喚術師と精霊の契約が破棄されれば、原初に還るということ。

 存在力の大きな上位精霊ならともかく、中位程度の存在力では、消滅してもおかしくないのだ。

 それを認めるということは、精霊の喪失を意味する。

 ジェシカにはそれが分かっているのだ。

 しかし現実は無情で、希望である召喚陣すら消えてしまった。


「なんなのよ、なんなのよ、なんなのよー! 私はこんなの絶対に、認めない!」


 ジェシカは激昂し、アニカに向かって走り出した。

 彼女のことは完全に無視している。

 拳を振り上げ、アニカに殴りかかった。

 しかしその拳が振り下ろされることは無かった。

 ジェシカの振り上げた腕と身体には、青色の尻尾が巻き付いて引っ張り戻された。


 まさかウォルキャラット?!

 勝手に還っただけではなく、あの女を守る為に戻ってきたっていうの。


 ジェシカにとって、初めて契約した水猫(すいびょう)だった。

 小さい頃から供にしてきた思い出深い精霊。

 寝るときも遊ぶときも出かけるときも、常に一緒だった。

 転んで怪我をしたとき、傷口を舐めてくれたりもした。

 初めて言葉を交わせるようになったときは、とても嬉しかった。

 それなのに自分よりアニカを選んだ。

 ただ裏切られた以上に、それまで供に居た時間まで否定されたようだった。

 沢山の思い出が、音を立てて崩れていく。

 そう思ったとき、目の前を火蜥蜴(サラマンダー)の尻尾が通り過ぎるのが見えた。

 アニカを守る為、頼んでもいないのに火蜥蜴(サラマンダー)がジェシカを迎え撃っていたのだ。

 もしあのままアニカに殴りかかっていたら、火蜥蜴(サラマンダー)の尻尾の餌食になっていただろう。


 もしかして、私を守ってくれたの?


 ジェシカが振り返ったときには、既にそこにはなにも居なかった。

 ウォルキャラットが残していた水溜まりも、綺麗に跡形もなく消えていた。


「あ、ああ……ごめんなさい、ウォルキャラット。一瞬でも疑った私を許しておくれ。あああああ」


 泣き崩れるジェシカの側では、火蜥蜴(サラマンダー)が〝褒めて褒めて〟と言わんばかりにアニカの回りを飛び跳ねていた。

これにてアニカの2次試験は終了です

次回、いよいよ結果発表です

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