第81話 実技2次試験 アニカの場合 異世界召喚
特殊召喚とは、こういうことだ!
アニカがいよいよ召喚術を使うようだ。
思えば、俺はアニカがまともに召喚術を使うところを見たことがない。
気がつけば、アニカの周りには精霊が居るからだ。
いつ呼び出したのかも分からない。
そこに居るのが当然だったからだ。
そんなアニカが精霊を召喚術で呼び出している。
アニカの独自言語で紡がれる、特別な詠唱。
その文言から紡がれる調べは、精霊を魅了する力があるかのようだ。
相手の精霊がアニカの詠唱に聞き耳を立てていることからも、それが窺えるというものだ。
そして杖から小さな召喚陣が生まれた。
「アニカは精霊を呼び出せたのよ?」
「エイル?! 身体は大丈夫なのか?」
「アニカが魔力を分けてくれたのよ。大分楽になったのよ」
「アニカが?」
これから試験だというのに、そんなことをしていたのか。
以前アニカの魔素が漏れて失魔素死しかけたことがあった。
魔力は魔素と違って分け与えることができるということなのか。
「タイムちゃんも身体を温めてくれたのよ」
「そっか、ありがとうな、タイム。ヨシヨシ」
「ふにゅー」
また6人バラバラと来るのかと思ったが、1人のままだった。
なので念入りにナデナデをしてやる。
でもどうやって温めたんだ?
確か火球は見た目だけで熱くはない。
だからそういった熱源を、タイムは持っていないはずだ。
そういえば、エイルはタイムを暖かいと感じていたな……
よし、深く考えるのは止めよう。
「それのよ、どうなっているのよ」
「ああ、今呼び出している最中だ」
召喚陣はアニカの文言を受け取り、次第に力を肥大化させていく。
小さかった陣は杖から解き放たれ、なおも成長していく。
最終的には、人1人がすっぽり入るくらいの大きさにまで成長した。
すると突如召喚陣は上下2つに分裂したのだ。
通常ではあり得ない現象。
それを引き起こすアニカの特別な詠唱。
下の陣は落ち着きを見せたが、上の陣は尚も力を蓄えていった。
そしてアニカの強い願いが、奇跡を呼び起こす。
召喚陣から現われたのは、黒革靴と白ニーソを履いた足だった。
そして次に可愛らしい手と、膝上丈の紺のプリーツスカートが見えてきた。
どうやら女の子のようだ。
それ以前に、どう見ても精霊には見えない、普通の人間の女の子だ。
それとも、人間に酷似した精霊だとでも言うのだろうか。
イフリータも人間に近い形をしていた。
しかし一目で火の魔神と分かる容姿もしていた。
そもそも精霊が靴を履いていたり、靴下を履いていたり、スカートを履いていたりするものだろうか。
少なくともイフリータは全裸だった。
アニカの従えた精霊たちも、人形ではないから当たり前かも知れないが、全裸だ。
それなのに、召喚陣から姿を現したのは服を着た女の子だった。
上着には白の半袖シャツを着ているらしい。
そして胸元の赤いネクタイが見えた瞬間、それまで見えていた腕が召喚陣の中に引っ込んだかと思うと、それ以上出てくることはなかった。
引っかかって出てこれないのか?
すると足をバタバタとさせ始めた。
アニカもジェシカも面を食らっているようだ。
とはいえ、アニカは対処しなくてはならない。
我に返って、アニカが身構えながら恐る恐る近づいていく。
どうやら足を掴んで引っ張り出そうという考えのようだ。
召喚って、そうやってやるものなのか?
確かにタイムは、世界の管理者が空間に開けた穴から、引っ張り出されていた。
それと同じ事をアニカがやろうとしているようにも見える。
不用意に近づいたアニカは、女の子の足の直撃を受けてしまい、吹っ飛ばされて床に転がってしまった。
立ち上がると、怯むことなく歩み寄って足を掴もうと挑んだ。
なんとか片足を掴むことに成功したので、今度は引っ張り出そうとしている。
それはまるで、穴に落ちるのを両腕で縁にしがみ付いて耐えている健気な少女を、足を引っ張って落とそうとしている悪鬼のようにしか見えない。
女の子は落とされてたまるかと、自由になっている足で明確な意思を持って、アニカを蹴飛ばしている。
しかしアニカは挫けない。
蹴飛ばされても絶対に足を離さず、引っ張り出そうと必死だ。
当然女の子も引っ張り出されてたまるかと、足で応戦する。
アニカが引っ張り、女の子が踏ん張ると、身体の一部が小刻みに揺れた。
そんな一進一退が続いていたが、ここでアニカは別の手段に出る。
なんとスカートの裾を掴んで引っ張りだしたのだ。
脱がされては大変と、女の子も片手でスカートを掴んで引っ張る。
攻撃力の上がったアニカに対して、女の子も蹴り飛ばそうと応戦する。
しかし片足とスカートを捕まれている上、自らも脱がされないようスカートを掴みながらでは、応戦するのも難しい。
何度も何度も空を蹴るのみでアニカに当たらない。
すると、とうとう靴が脱げて飛んで行ってしまった。
「……え?」
弧を描いて飛んでいった靴は、ジェシカの眼前に迫っていた。
「ひぎゃっ」
突然のことになにが起こったのか理解が遅れたジェシカは、避けることもできずに革靴が顔面に直撃してしまった。
そしてアニカと女の子のスカートを巡る奪い合いは、佳境を迎えていた。
穴の縁に……いや、召喚陣の縁に片腕でしがみ付くのにも限界がある。
両腕で耐えていたときより身体の揺れが激しくなる。
激しくなれば当然体力の消耗も早くなる。
徐々に女の子の身体が露わになっていく。
そしてとうとう女の子の身体は完全に召喚陣から引っ張り出されてしまった。
突如抵抗力が無くなった為、アニカは思いっきり尻餅をついてしまった。
そして引きずり出された女の子も同様に尻餅をついていた。
「あ痛たたた……あ痛っ」
尻餅をついた女の子が尻をさすっていると、召喚陣から遅れて落ちてきた黒い学生鞄が、女の子の後頭部に直撃した。
「あーもー最悪っ!」
女の子は鞄をどけると、髪の毛を後ろに払いながら顔を左右に振った。
長い黒髪が床に流れる。
そして両手で頬を叩いて二重瞼をギュッとつむって開くと、頭上にある召喚陣に目を向けた。
辺りを青白く照らしていた召喚陣が、徐々に明るさを失って消滅する。
「これが異世界の空か。なんか体育館みたいだな」
当たり前だ。室内なんだから。
いや、そんなことより……。
「ねえモナカ、あの子のよ、似てるのよ」
「似てるなんてもんじゃないだろ」
そう言ってタイムの顔を見る。
タイムは俺たち以上に信じられない物を見ているといった顔をして固まっていた。
そして再び女の子の顔を見る。
同じ顔だ。
それが俺とエイルの素直な感想だ。
召喚陣から現われた女の子は、タイムと全く同じ顔をしているのだ。
顔だけではない。
服装もタイムが普段着ているセーラー服と、全く同じセーラー服を着ていた。
身長こそタイムの方が小さいが、もしもう一段階GPUをアップグレードして7頭身に成長したなら、どっちがどっちか分からなく……ん?
一部違うような気がしたので、左目で拡大してみる。
ぽよん。
タイムの該当部分に視線を移す。
すらっ。
もう一度女の子に視線を戻す。
タイムと違い、それなりの存在感がある。
んー、他人だな。
「マスター? 今何処を見比べたんですか?」
「へ?! な、なんのことかな?」
「タイムはまだ小学生なんです。中3にもなれば、あのくらいすぐです! いえ、エイルさんだって追い越してみせます!」
「いや、そんなことより」
「そんなことじゃありませんっ!」
「だからっ、あのアニカに召喚された女の子のことだよ。タイムと瓜二つじゃないか。双子って言われたら、誰も疑わないレベルだぞ」
「ソンナコトナイヨベツジンダヨ」
「明らかに動揺してるだろっ」
「そんなの、タイムだって聞きたいよっ」
「あ、おい!」
それを最後に、タイムは携帯の中に飛び込んでしまった。
画面を見ると、[ちょっと話を聞いてくる]とメッセージウインドウが残っていた。
誰になにを聞いてくるのだろう。
やっと本来の主人公が登場しました
1年前に書き始めたときは、ここから始まってました(ジェシカは居なかったけど)
ここの召喚シーンは女の子視点で書かれていました
次回も戦闘(?)は続くよ






