第80話 実技2次試験 アニカの場合
一部設定と違った表現があったので、修正しました
アニカを送り出してから、エイルの様子を伺う。
額に手を当ててみるが、特に熱くはない。
いや、むしろ冷たくないか?
汗は引いたようだが、濡れたままになっていたから冷えてしまったのかも知れない。
とはいえ、汗を拭くタオルは持っていない。
濡れた服を脱がす……訳にもいかない。
立場が逆なら躊躇われることもなく、俺は全裸にされていただろう。
しかしそんなこと、俺にはできない。
どうしたものかと思案していると、ナースタイムたちがカーテンで個室を作り、エイルを囲った。
「エイルさんのことは、タイムたちに任せて。バックパックに着替えがあるはずだから、着替えさせるよ」
「あ、ああ。任せる」
そういえば、実技2次試験が合格になれば、そのまま1週間補給なしでの実践試験が行われることになっていた。
本来なら後日改めて行われるはずなのだが、予定がズレたことによりそのまま続けて実施するのだと連絡メールに書いてあった。
俺もアニカも、当然エイルも支度をして持ってきている。
そこから着替えを引っ張り出してきて着替えさせるようだ。
エイルの世話をする一方で、俺の傷も手当てしてくれている。
本当にタイムはよくできた子になったものだ。
エイルのことはタイムに任せて、アニカの方へ気を向ける。
既に防御膜が張られていて、今正に始まろうとしていた。
「それでは実技2次試験を開始します。アニカ様は精霊召喚術師とのことですので、精霊を召喚して頂きます。そしてその精霊に戦わせてください。宜しいでしょうか」
「は……はい、分かりました」
なるほど。
確かに召喚術師は自ら戦うものじゃない。
召喚技術と精霊の強さを両方見るのか。
1次試験のときのようには、いかないということだ。
どうやら対戦相手はゴーレムではなく、生身の人間のようだ。
生身の人間が精霊と戦うのか?
「それでは両者、召喚して準備をしてください」
案内人が宣言すると、対戦相手が精霊召喚を始めた。
どうやら相手も精霊召喚術師のようだ。
ということは、オルバーディング家の人なのか?
つまり同門対決?
同門もなにも、他門がいないから、当たり前ではあるのだが。
「私は今日という日をどれだけ待ったことか。貴方様を倒して、ニコラスを振り向かせてみせるわ!」
相手がアニカに向かってなにか言い出した。
ニコラスとは一体誰のことなのか。
「ニコラス……さん?」
「貴方様の元婚約者候補よ! 追い出された貴方様を今でも想っているのよ。〝きっとなにかの間違いだ〟とか言って。だから私は貴方様を倒し、彼の目を覚まさせてやるのよ!」
それって、ただの八つ当たりじゃないのか?
振り向いて貰えないのは、アニカの方が魅力的だからではないだろうか。
見た目ならアニカの方が勝っていると思うぞ。
相手の中身は分からないけれど、アニカは人と距離を置くところはあるが、友達になら結構尽くしてくれるし、いい子だと思う。
『殿から好からぬ気配が……』
突然タイムが背後から声を掛けてきた。
ビックリするじゃないか。
変な声が出そうになったぞ。
『な、なに言ってるんだよ。別にアニカのことなんて――』
『アニカさんでありんすか?!』
『お、おお応援しているんだから、当たり前だろ。タイムにはエイルを任せているんだ。アニカのことは任せておけ』
『……そうでありんす。参加賞の拙者に任せるでありんす……じー』
参加賞なのを根に持っているのか?
そもそも〝好からぬ気配〟ってなんのことだ?
アニカのことをいい子って思うことがそんなに――
『マスター?』
だからなんでお前は一々背後に立つんだよっ!
しかもなにその低い声。
怖いぞ!
『なんでもないから。いいからエイルのとこに戻ってろ!』
『タイムが参加賞にゃからって、浮気はダメにゃよ』
『浮気ってなんだよ。そんなんじゃないから! それに参加賞は関係ないだろっ』
俺のことをじっと見ながらエイルのところに戻っていく。
なんだっていうんだよ、全く。
そんなに参加賞が気に食わなかったのか?
などとアホなことをやっていたら、相手は既に精霊を召喚し終えていた。
猫の姿をした青色の精霊だ。
アニカはというと、まだ構えてすらいない。
「さあ、さっさと召喚しなさいよ」
「ボクがこちらで受けること、よく知っていましたね」
「当たり前でしょ。宗家を追い出されたとはいえ、血だけは欲しい分家が沢山居るわ」
「血だけ?」
「ええそうよ。今までは宗家に婿入りするしかなかったのだけれど、貴方様の力を分家に取り込む又とないチャンスなのよ。だからみんな血眼になって探していたわ」
「そんな……」
血眼になっていた割には、フレッド以外接触してきたものが居ないような気がする。
どういうことだ。
なんにしても、つまりアニカに跡継ぎを生ませるために利用しようとしている連中が大勢居るということか。
確かに力あるものは子を残すのも義務だというのも、分からなくもない。
しかしアニカは既に追い出された人間だ。
そういったしがらみから解放されたのではないのか?
それを許さない人間が居るということなのか。
「だから私は試験官になったのよ。貴方様を倒すために! そしてニコラスの目を覚まさせるために! そうよ、ニコラスは貴方の血が欲しいだけなのよ。そうよ、この女を愛しているわけじゃない。そうよ、ニコラスが私を選ばないはずがない。そうよ、このハリボテがニコラスを誑かしたのが悪いのよ。そうよ、このゴミ屑をうっかり殺してしまっても、事故だから仕方がないのよ。そうよね」
「はい。その場合は事故として処理されます。勿論、ジェシカ様が事故でお亡くなりになった場合も……です」
「あっはははは、面白いことを言うわね。私が死ぬ? 誰が私を殺すですって? この売女が? あっはははは、冗談にしては面白くありませんわ。コレになにができるっていうのかしら。精霊をまともに召喚すらできない、この無能が? ふっ、笑えない冗談ですわ」
笑えない冗談という割には、やたらと笑っているように感じるのは気のせいだろうか。
しかしそれは些末な問題だ。
彼女の言うとおり、アニカは召喚師としては三流といっていいだろう。
潜在能力が幾ら高くても、使い熟せなければ力なんて無いも同然なのだから。
「さあ、さっさと精霊を召喚なさい。それとも、召喚できないのかしら? っふふふふ、あっははははは!」
思うに、ニコラスがジェシカに振り向かないのは、その性格の悪さではないだろうか。
幾らヤキモチを妬くといっても、限度がある。
絶対アニカの方が性格も良いと――
『わん?』
『いいから気にするな!』
『うー、なんで参加賞……』
猫耳タイムに続いて、今度は犬耳タイムか……
というより、なんでタイムに聞こえてるんだ?
それとも女の勘なのか?
これもジェシカと同じくヤキモチなんだろうけど。
ヤキモチは妬いてもいいけど、手を焼いたらダメなんだよ。
ま、タイムのヤキモチは可愛いもんだからいいんだけどね。
『なんだか、今マスターに褒められたような気がします』
なんでこう入れ替わり立ち替わり、タイムがやってくるんだ。
大人しくしていられないのかね。
『褒めてない!』
『ぶー。でも1等だからいいの。えへへ』
ただ、アニカのフレッドへの対応を知ってしまうと、そうとも言い切れない。
でもそれを知らなければ、奥床しくて良い子に見えるだろう。
アニカが杖を構えて召喚の準備に取り掛かる。
呪文を唱え始めると、杖から小さな召喚陣が生まれた。
「はっ、相変わらずなに言ってるのか分からないことを唱えているようね。そんなだから精霊も愛想を尽かすのよ!」
詠唱魔法が失われた今、一般人が呪文を理解できないのは当たり前だ。
しかし少なくともその道の専門家であるジェシカが理解できない言葉というのは、普通に考えておかしい。
ジェシカの言い方からすると、アニカの呪文詠唱だけがおかしいことになる。
そんなジェシカの中傷に耐えつつ、アニカは淡々と唱えている。
次第に召喚陣は大きくなり、杖から離れていく。
そして召喚陣は上下に分かれると、輝きを増していった。
「! 陣が2つって、どういうことよ。一体なにを召喚するつもりなの」
通常、陣は1つしか現れない。
それは魔法陣でも召喚陣でも基本的には同じだ。
基本ということは、当然応用もある。
遙か昔、魔法陣を複数出すことは、一般的なことだった。
しかしいつの時代であれ、召喚陣が複数現れることはなかった。
少なくとも、歴史書の中には。
近年、今回のことを含めても、複数現れたことなど2度しかない。
ではあと一回はいつ誰がやったのか……
それを記述することはできない。
何故なら記録に残って……いや、残されていないことなのだから。
そしてアニカは思う。
またなのか、と。
去年同様、また精霊たちが自分の元を去ってしまうのか……と。
去年はこの状態が続いた挙げ句、召喚するはずだった火属精霊が現れることはなかった。
そして今年もまた膠着状態が続くのだろうか。
そんなのは嫌だ。お願いだからボクの呼び声に応えてください!
そう強く願ったとき、変化が起きた。
上の召喚陣がより一層の輝きを増した。
そしてアニカが待望した瞬間は訪れた。
召喚陣から現れるものがいた。
黒革靴と白ニーソを履いた足が出てきたのだ。
プロットの段階で、ジェシカのジの字もありませんでした
次回、なにを召喚したのかが明らかになります
……多分






