第74話 実技2次試験 エイルの場合
案内人が〝開始します〟と言った割に、対戦相手が現れない。
相手は何処にと思っていると、板張りの床に魔法陣が現れ、土の塊がモコモコと出てきた。
板張りなのに、何故土塊が……というのを聞いたらダメだろうか。
やがて土塊は人の形を成し、武器を構えた1人の剣士になった。
「ゴーレムなのよ?!」
「はい。遠慮なさらず攻撃してください」
エイルが戸惑っていると、ゴーレムが突進してきた。
ゴーレムの斬撃を左手首に装着している円盾の魔法杖を展開して去なしながら距離を取る。
ゴーレムはそれを追って斬撃を加える。
エイルはいきなり防戦一方になってしまった。
エイルが腰のポシェットから丸いものを取り出すと、ゴーレムの足下に投げつけた。
丸いものが床に当たると、辺りに煙が吹き出した。
投げつけたものは煙玉の魔法杖だった。
煙に紛れてエイルは距離を取る。
ゴーレムは煙で噎せる様子はなかったが、エイルを見失った。
エイルは円盾の内側に仕込んでいた魔素濃度モニターでゴーレムを確認すると、右手で単発式詠唱銃を構え、火球を撃つ。
撃った直後に左手で連射式詠唱銃をホルスターから抜くと、魔力弾による追撃を連射する。
ゴーレムは反応が遅れはしたが、火球の直撃は避けた。
その後の追撃も、剣で全て斬り捨ててみせた。
ダメージはあまり受けていないようだ。
「ちょっとのよ、ゴーレム強すぎなのよ。詠唱銃に反応するのよ、人には無理なのよ!」
エイルが愚痴を漏らした。
今連射を止めれば、間違いなくまた防戦一方になる。
とはいえ、撃ち続けると魔力障害が発生して撃てなくなる。
このまま空の薬莢を入れていても、30秒ほどで再充魔が終わる。
しかし待っている時間は無いと判断し、単発式詠唱銃を口に咥えると薬莢を取り外した。
腰にぶら下げている薬莢充魔器に差し込むと、下から充魔済みの薬莢を抜き取ってセットする。
これで少しでもダメージを与えられれば、有利に運べるはずだ。
防戦一方のゴーレムに対し、1発、2発、3発と薬莢を交換しながら立て続けに撃ち込む。
だがゴーレムは火球の方がダメージが大きいと判断し、魔力弾を無視して火球を切り捨てていた。
そして魔力弾のダメージが自身にほぼ無力だと分かると、被弾を完全に無視してエイルに突撃してきた。
こんなところでも自身の魔力の弱さを見せつけられてしまう。
イノシシに通用しないようなものが、結界外で戦闘することを想定されて作られたゴーレムに通用するはずもないということだ。
エイルは円盾でゴーレムの突進突きを辛うじて防御したが、直後に蹴り飛ばされて床に転がってしまった。
「エイル!」
「エイルさん!」
「んんんんーん!」
痛みで伏していると、魔素濃度モニターにゴーレムの接近を告げる警告が現われる。
接近されているのは分かるが、どの方向から来るのかまでは分からず、とっさに円盾を全方位結界で展開した。
瞬間的な大量の魔力消費に一瞬意識が飛びそうになる。
攻撃が当たった瞬間、全方位結界は弾け飛んだが、ゴーレムも一緒に弾き飛ばした。
体勢を崩したゴーレムは一端距離を取り、剣を構えてエイルを見据えている。
エイルは意識が朦朧としながらも、なんとか立ち上がった。
そして連射式詠唱銃を右手に持ち替え、残り少ない魔力を込め始めた。
ゴーレムが徐々に加速しながらエイルに向かって駆け出す。
私ではゴーレムを倒すことはできない。
こんなことでは合格などできないことは分かっている。
だからといって、このままむざむざやられてやるほど、私は潔くない。
次が最後の足掻きになる。
もう残り滓しか残っていない魔力だが、全部を1発に乗せれば、ゴーレムとて無事では済むまい。
ふふっ。さあ、勝負といこうではないか。
ゴーレムの切り下ろしがエイルに襲いかかる。
それを最低限に魔力を抑えた円盾で軌道を反らすと、カウンターで魔力弾を撃ち込んだ。
それはゴーレムの腹に綺麗に当たると、ゴーレムを吹き飛ばした。
エイルにはもう立っている魔力は残っていなかったが、気力でなんとか倒れずに居た。
しかし倒れて動かないゴーレムを見て気が緩んでしまい、座り込んでしまった。
それでもやり遂げたという思いで、喜びがわき上がろうとしていた。
その瞬間、ガラリと土塊の動く音がした。
まさかと視線をゴーレムに移すと、ぎこちなく立ち上がろうとしていた。
もう、身体は動かない。
幾ら脳が動けと命令しても、呼吸に精一杯で、指一本動かすことはできなかった。
ゴーレムが身体を震わせながら剣を構える。
その腹には拳大の穴が開いて、反対側が見えていた。
人間ならば、動けるはずのない大怪我だ。
しかしゴーレムにとって致命傷にはならない。
ゆっくりと近づいてくるゴーレム。
「もういいだろ。試験を終わりにしてくれ!」
「それを判断するのはエイル様と審判員です」
「審判員?」
そんな奴らは何処に居るというのか。
ここには俺たちと案内人しかいない。
何処かでここをのぞき見しているとでもいうのだろうか。
「エイル! もういい、棄権しろ!」
ゴーレムがエイルの目の前に立つ。
エイルは息も絶え絶えに、動くこともできない。
〝負け〟を宣言する声も出せないほどに。
もう防ぐことも躱すこともできないであろう剣が振り上げられる。
「止めろー!」
「エイルさん!」
「んんー!」
携帯から刀を取り出し、エイルの元へ駆けつけようとしたが、薄緑の膜に阻まれて先に進めない。
「このっ」
刀で斬り付けるも、薄緑の膜に波紋が広がるだけで、破れはしなかった。
「無駄ですよ。その程度の威力では傷1つ付きません」
「くそっ。審判員はなんで止めないんだ。もう決着は付いただろうに」
ゴーレムは振り上げた凶刃を、エイル目掛けて振り下ろした。
「エイル!」
振り下ろされた凶刃はエイルの身体に食い込む直前に、弾き飛ばされた。
エイルが斬り殺されるのだとばかり思っていた俺たちは、なにが起こったのか理解できなかった。
「やらせはしないでありんす」
タイムの叫び声が、試験場に響き渡る。
エイルを凶刃から守ったのは、タイムだった。
どうしてタイムがエイルの前に居るんだ?
後ろを振り向くと、アニカと共にタイムはそこに居る。
じぁああのタイムは?
タイムの打ったこの刀が弾かれたように、タイムだってこの結界を超えることはできないはずだ。
今の携帯のスペックなら、例え大きなタイムでも干渉できる。
つまり壁抜けはできない。
エイルの前に居る小さいタイムだって同様だ。
ゴーレムの攻撃を防いだ以上、干渉できることは証明されたも同然だ。
当然結界を超えることはできない。
そもそも仮に抜けられたとしても、結界で俺と隔絶されている空間にタイムは居られない。
分からないことが連続で起き、考えが追いつかない。
今までの常識が覆されている。
「それまで! 試験終了」
案内人の合図と共に、結界の膜が床へと溶けて消えていく。
俺たちはエイルの側へ駆け寄った。
エイルは既に座っている力もなく、倒れた。
床に倒れ込む既の所で、抱え込んだ。
エイルには自力で動く力が全くなく、意識も朦朧としている。
「モナカ様、準備は宜しいですか?」
無情にも、案内人は試験を続けようとしている。
エイルを救護するとか、医務室に連れて行くといった処置がない。
「ちょっと待ってくれ」
エイルを背負い、先ほどまで居た案内人の側まで連れて行く。
案内人は表情を変えず、ただ俺たちを見ているだけだ。
「モナカ様」
「ちょっと待てって言ってるだろ」
エイルを床に下ろし、横にさせる。
全身汗だくで、息も荒い。
「救護員とか居ないのか?」
「それも含めての試験です」
「そんな話……」
「それよりもモナカ様、そろそろ準備をお願いします」
「だから!」
「モナカくん! エイルさんのことはボクが見てるから……ね?」
案内人を睨み付け、しかし表情を変えることなく俺たちをただ見ている。
観察とか、様子を見るとか、そういうのではなく、ただただ見ている。
熱くなっているこっちがバカらしくなるほど、俺たちに関心がない。
「モナカ様」
「分かったよ! アニカ、エイルを頼んだ」
「うん、頼まれた」
俺はタイムと2人、その場をアニカに任せて離れた。
続いてモナカの番です
全員の見せ場を用意したら、ちょっと(?)長くなりました






