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第73話 実技2次試験参加者

 試験は朝から行われる。

 宿で朝食を済ませ、馬車で1時間ほど移動すると、中央都市を取り囲む城壁に辿り着いた。

 古い城下町を利用し、結界を維持するための設備が厳重に保守・運用されている。

 その為、一般人の出入りは制限されている。

 俺たち4人は試験のため入ることを許されている。

 だがフレッドはその中に含まれていない。


「俺はアニカの保護者だぞ」

「いえ、違います」

「アニカ?!」

「許可無き者は入ることができません。お引き取りください」

「我はルゲンツの精霊が暴走せぬよう、付き添うが、構わぬな」

「例え精霊様でも、アニカ様の契約精霊で有られないのであれば、許可できかねます」

「なんじゃと?! 前回のようなことが起きたならば、なんとする!」

「全て、我らで対処させて頂きます」


 どうあってもフレッドたちは入ることができないようだ。

 イフリータが脅しを掛けても、一切怯まず拒絶する。

 中々できることではない。

 それだけの実力者なのか、或いは職務に忠実なのか……

 いずれにせよ、ここで粘っても事態は好転しない。


「兄さん、ここまでありがとう。後はボクたちだけで大丈夫です。別に今生の別れになるわけではありません。また会えるのですから。イフリータなら分かってもらえますよね」

「それをここで持ち出すのは卑怯じゃぞ。じゃが、そうじゃの。必ず合格して戻ってくるのじゃぞ」

「分かってるよ」

「アニカよ、せめてこの杖だけでも俺の代わりに持って行ってくれぬか」

「嫌ですよ。またとんでもないことになったら、どうするんですか」

「ルゲンツよ、持ってゆくのじゃ」

「イフリータまで!」

「この杖はじゃな、本当に補助の効果しかないのじゃ。それもルゲンツの足りぬものを補ってくれるのじゃ」

「ボクに足りないもの……」

「そうじゃ。その杖を使えば大抵の精霊はルゲンツのお願いを聞いてくれるようになるのじゃ。そういう杖なのじゃ」

「お願い……」

「じゃが、きちんとお願いするのじゃぞ。曖昧なお願いをしてはダメじゃ。分かったな」


 イフリータに諭され、アニカは杖を受け取った。

 不安げな顔をして杖を見つめる。

 きちんとお願いをする。

 それが不安の原因。

 今までフワッとしたお願いしか、したことがなかった。

 それで通じていたし、気に留めたことはない。

 しかし通じていたのと、理解するのは同義ではない。

 だから本当に理解されていたのかといえば、多分としか言い様がない。

 イフリータにはきちんと通じ、そして理解されていた。

 それは意思疎通ができているからというのが大きい。

 下位精霊には言葉が通じても、意味を理解できるかといえば、それは無理だろう。

 同じ事を言っても、大人と子供では理解度が違うのと同様、イフリータなら一言で済むことも、下位精霊にはもっと噛み砕いて話さなければならない。

 微精霊ともなれば尚更だ。

 それでも微精霊には小さな力しかない。

 だから問題になるようなこともない。

 本来ならば……だ。


「わかったよ。やってみる」

「うむ、頑張るのじゃぞ」

「俺たちは宿に戻っている。いい報告を待っているぞ」

「行ってきます!」

「行ってくる」

「またねー」

「行ってくるのよ」


 フレッドたちと別れた俺たちは、案内人に連れ添われて会場へと向かう。

 一体城壁の高さはどのくらいあるのだろう。

 見上げると首が痛くなってくる。

 城門のようなところから中へ入ると、すぐ脇に建物がある以外、なにも無い荒野が広がっていた。

 建物に案内されると、そこから転移門で移動するという。


「まだ残っているのよ?!」

「珍しいのか?」

「失われた技術なのよ。古代の遺産なのよ」

「ふふ、その知識は正しいのですが、間違ってもいますよ」

「どういうことなのよ」

「それをお教えすることはできません。貴方方(あなたがた)は部外者ですから。勿論、このことは口外無用に願います」


 口外したならどうなるのか……

 それは怖くて聞けなかった。

 案内人は笑顔で言っていたが、目が笑っていないように見えたから。

 ならば何故こんなところに連れてきたのか……

 なんだろう。

 そういうところとは無縁の生活がしたかったのに、既に巻き込まれているのか?

 勘弁して欲しい。

 勇者になれる力は持ち合わせていないのだから。

 案内人に連れられて転移した先は、体育館のような広さのある室内だった。


「室内で試験をするのよ?」

「はい。この部屋は対魔法防壁が施されておりますので、ちょっとやそっとでは倒壊することはありません。思う存分、力を振るっても大丈夫ですよ」

「そうなのよ?」

「はい。それでは早速始めますか?」

「え? 他の受験者は居ないのか?」


 試験を開始すると言われたが、ここには俺たち4人しか来ていない。

 あのとき1次試験を受かったものも居たはずだ。

 その人たちはどうしたんだ?


「他の受験者は棄権致しました」

「棄権したのよ?!」

「みな口々に、〝あんなことがまたあったら、命が幾つあっても足らない〟と申して棄権しました」

「それはつまり、ボクの所為……って事ですか? だったらボクが棄権します。他の人たちに――」

「もう決まったことです。今更変更はできません。彼らには機会があれば頑張ってもらいましょう」

「そんな……」


 アニカがまた責任を感じて下を向いてしまった。


「なにか救済措置は取って頂けないのですか?」

「あの程度で棄権するような者は、外に出ても生き延びられないでしょう。我々の手を煩わせること無く、ふるいにかけて頂いたことを感謝致します」


 案内人は嫌みでは無く、心から感謝しているのだろう。

 だがそれがかえってアニカを追い詰める結果となった。

 この調子では、アニカは試験の結果を見るまでもなく、落ちるかも知れない。

 精神的に弱いのだ。

 フレッドは〝精霊に好かれていなければ何度死んでいるか分からないぞ〟と常々言っていた。


「それでは、エイル様の2次試験を行ないます」

「え? あの、ボクの1次試験はどうなったのでしょう」

「アニカ様は全ての的に攻撃を当てておられます。ですので、なんら問題はありません」

「ですが、まだ一発しか当てていませんが」

「残り4回分、アニカ様の攻撃を我々に防げ……と(おっしゃ)りますか?」

「そういう言い方はないだろ」

「いいよモナカくん。ホントのことだもの」

「そんなこと……」


 ないとは言い切れない自分が情けない。

 アニカを信用していないのではない。

 精霊を信用しきれていないだけだ。

 そう自分に言い聞かせた。


「ねーマスター」

「ん?」

「4回じゃなくて、19回じゃないの?」


 近距離・中距離・遠距離・長距離に各5発ずつ。計20発。

 なるほど、タイムの言っていることは間違っていないな。


「あー……じゃあ足りない15回分はタイムが防ぐか?」

「15回?! そんなことしたらマスターが死んんーんーんー」


 さらっととんでもないことを言いそうになったタイムの口を慌てて塞いだ。


『バカタイム! その話は内緒だって言っただろ』

『バカって言った?! バカって言った方がバカなんだよっ』

『なら年中俺のことをバカって言ってるタイムの方がバカなんだろ』

『またバカって言ったー! もう、マスターのバカッ』


 おいおい、やっぱりタイムの方が言っているじゃないか。


「あの、そろそろ初めても宜しいでしょうか」


 今まで無表情を貫いてきた案内人が、少し微笑んだような気がした。

 いや、どちらかというと呆れた方かな。


「あ、済みません。うちのタイムが余計なことを申してしまいまして」

「んー、んーんー! んーんーんー!」

「……それではエイル様、宜しいでしょうか?」

「うちはいつでもいいのよ」

「では、所定の位置に着いてください」

「分かったのよ」


 エイルが前に出て、白線の引かれている場所まで移動する。

 5mほど先にも同様の白線が引かれているが、そこにはまだ誰も居ない。


「それでは実技2次試験を開始します。構えてください」


 案内人がそう宣言した。

 俺たちの回りに緑色の線が走ったかと思うと、薄緑色の透明な膜のようなものが現われ、俺たちを囲った。

 おそらく結界の(たぐ)いだろう。

 当然エイルはその結界の外に居る。

 なるほど。

 これで幾ら暴れても待機している俺たちには被害が及ばないということか。

 安心して観戦ができる。

 逆に言うと、なにがあっても手助けはできない。

 (もっと)も、試験だから手助けをした時点で失格だろうから、やらないけど。

 エイルを信じて見守るとしよう。

次回のエイルは予定通りの長さで書けました


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