第72話 初めての外泊
実技試験の日程が身分証に届いた。
どうやら会場の変更もあるようだ。
アニカはフレッドに杖を叩き返していた。
「おかしいな。そこまでの性能があるはずないのだが。さすがは我がおと妹といったところか」
フレッドが杖を使い、微精霊を呼び出してみたものの、アニカのような事態にはならなかった。
詠唱補助杖はあくまで補助するだけであり、威力を跳ね上げる効果は付与されていない。
つまり、あれはアニカの実力であり、微精霊の力であるということだ。
それが事実ならば、精霊召喚術師は未だに精霊の真の力を引き出していないということになる。
フレッドでなくとも、アニカの力を認めざるを得ない。
そんなアニカは、相変わらず精霊たちに言うことを聞いて貰えず、弄ばれていた。
下位精霊には自意識がある。
しかし微精霊には自意識がない。
だから下位精霊には弄ばれ、微精霊には過剰反応されてしまう。
杖によって拡張された思いが、微精霊を暴走させた。
或いは拡大解釈をされてしまった。
と専門家のフレッドは結論づけていた。
アニカ曰く。
「的を燃やしてください」
とだけお願いしたという。
フレッド曰く。
「微精霊に〝的〟が理解できるわけがなかろう。アニカが的を意識してお願いしたから、的まで飛んでいった。が、微精霊にとっては全てが〝的〟なのだ。お願い通り全てを焼き尽くした。そういうことだ」
だからこそ、より明確に意識して命令しなくてはダメなのだという。
〝的〟などという漠然とした意識では、ダメなのだ。
とはいえ、威力がおかしいことはフレッド公認なのである。
両目が召喚眼だから……と一言で済ませられるものではない。
所詮は微精霊。
的に飛んでいくだけでもあり得ない。
全てが規格外なのだ。
「しかしアニカよ。いつの間に微精霊と契約していたのだ? そのような情報は聞いておらぬぞ」
「なんでフレッドはそれを知っているんだよ」
「ふん。貴様がアニカに手を出さないか、常に見張らせているのだよ」
「兄さん?」
「あ、いや。兄はアニカが心配なのだ。悪い虫が付かないよう、予防するのは当然であろう」
「そうだね。悪い虫は駆除しないとね」
「アニカ?!」
フレッドではないが、俺もアニカが微精霊と契約しているのは知らなかった。
いつも一緒に居るけれど、契約した様子も無かったし、そんな話も聞いていない。
「アニカ、俺も知らなかったぞ。いつ契約したんだ?」
「微精霊とは別に契約しなくても平気だよ。いつでも力を貸してくれるよ」
「アニカよ、兄はそんなこと初耳だぞ」
「だからモナカくんが知らないのは当たり前だよ。契約してないんだから」
「アニカよ、無視しないでおくれ」
「ルゲンツにとって、そんなことは当たり前のことじゃよ」
「イフリータよ、何故貴様がそれを知っておるのだ!」
「主様とは生まれが違うのじゃ。だから主様が気にすることではないのじゃ」
「そうか……そうだったな」
「どういうことなのよ?」
「ん? あーそれはだな……アニカがそれだけ可愛いということだ」
「答えになってないのよ」
「人間よ。些細なことを気にすると、モテぬのじゃ」
「あははは!」
普段言っていることをイフリータに言われては、エイルも立つ瀬が無い。
笑っている俺をエイルが睨んでくるが、気にしない気にしない。
とにかく、アニカは契約せずとも微精霊ならば呼び出せるという、通常ではあり得ないことができるようだ。
……まさかそのうち下位精霊まで契約なしで呼び出さないだろうな。
というか、イフリータはフレッドの契約精霊だ。
なのにアニカに会う為にフレッドに呼び出されなくても出てきている。
ある意味、契約なしで上位精霊を呼び出せている……と言えなくもない。
それでいいのかイフリータ。
そんな話をしながら、フレッドの用意した馬車で試験会場へ移動している。
試験は中央都市と呼ばれる結界の中心部にある都市で行なわれることになった。
歩いて行ける距離ではないし、イフリータが一緒に居るのでは、外を歩く訳にもいかない。
何故イフリータが付いてきているかというと、アニカが微精霊を暴走させたときの抑止力として付いてきて貰っているからだ。
会場で呼び出せば良いはずなのだが、アニカと居るときは呼んでもいないのに出てくるのがイフリータなのだ。
だからフレッドの馬車に頼らざるを得ない。
アニカは非常に嫌がったのだが、また迷惑を掛けるかも知れないと渋々了承した。
それに馬車といっても、馬型の風属精霊――名をシルフィードという――が客車を引いている。
例に漏れずアニカが大好きで、背中に乗せると我が儘を言って仕方が無かった。
最終的には諦めて貰ったが、隙あらば狙っているようだ。
おそらくイフリータが居なければ、背に乗ってもらうまでテコでも動かなかっただろう。
代わりに、アニカにいいところを見せようとしているのか、普段よりかなり速い速度で走っているようだ。
にも拘わらず、客車がガタガタ揺れて尻が痛くなるといったことはない。
これもシルフィードの力なのだという。
のんびり馬車の旅にならないのは少し残念だ。
「中央都市なんて初めて行くのよ」
「そうなのか?」
「中央都市は結界を維持する為に存在するのよ。都市といっても人は住んでいないのよ」
「それは正確ではないぞ。確かに家屋という意味では人は住んでいない。しかしそこで働くものの為の寮は存在している」
「そうなのよ?」
「ああ。店もあれば娯楽施設もある。だが一度寮に入ると、二度と中央都市から出られないとも聞くがな」
「本当なのよ?」
「そうだな。モナカを放り込んで確かめるがよかろう」
「おいおい、無理に決まっているだろ。忘れたのか、俺の特異体質を」
一応フレッドには、俺が魔力なしだということを話してある。
何処から来たかまでは話していない。
そういうところは詮索しないでくれるので、良い奴なんだろう。
しかし「何処の馬の骨とも知らぬ奴に弟は……」などといつも言っているから、〝何処の馬の骨〟とも知らないままで居たいだけかも知れない。
「安心しろ。貴様如きがあの狭き門をくぐれるものか」
「そうだね。兄如きには不可能だね」
「アニカ?!」
「ははっ」
そんなくだらない話をしながら目的地へと向かう。
途中宿屋に一泊するのだが、俺たちは部屋割りで揉めていた。
話は簡単。
単純にアニカがフレッドと同室なのを嫌がっているのだ。
俺とタイムとエイルが同室なのはいつも通りなので誰も文句は言わない。
そこに普段は別室で寝ているアニカが、俺たちと一緒に泊まると言い出したのだ。
当然フレッドは猛反対。
「家族で一緒に過ごすのが当然」と言い出したのだ。
普通に考えれば、フレッドの意見は尤もなことだ。
誰も反対するはずも無かった。
イフリータもアニカと供に過ごしたい。
フレッドは邪魔ではあるが、主なので我慢するしかない。
なのでフレッドの味方をしている。
それでもアニカは引き下がらない。
「普段から別室で寝ているんだから、今更いいだろ」
そう言うと、エイルとタイムにどつかれてしまった。何故?!
俺がそう言ったことで、アニカは泣く泣く引き下がってフレッドとは別室の個室に泊まることを納得してくれた。
……あれ?
「何故我と一緒に泊まってはくれぬのじゃ?!」
「何故だアニカよ!」
「そこはフレッドと一緒に泊まってやれよ」
そう言うと、エイルとタイムにまたどつかれてしまった。だから何故?!
仕方がないので、「次に機会があったら一緒に寝よう」と耳打ちした。
「ホントだね、約束だからね!」
「アニカよ、約束とは一体なんだ?」
「ホントにホントだからね!」
「だからアニカよ、約束とは……」
「破ったら責任取ってもらうからねっ」
「アニカよ、責任を取るような約束とはなんなのだ!」
「今日はコレで我慢するけど、絶対だからね!」
「アニカよ、兄のことを〝コレ〟というのは如何なものだろうか」
「モナカくん、エイルさん、タイムさん、おやすみなさい」
「お、おう。おやすみ」
「おやすみなのよ」
「おやすみー」
「アニカよー!」
次回から実技2次試験が始まります
参加者が一堂に会します
アニカの暴走が止められない……






