第69話 アニカの責任
身体は自由にできても、心までは自由にさせないわ
みたいな~
他の受験者や見学者がチラホラと帰り始めている。
気絶していた人も今では目を覚まし、起き上がっている。
怪我人は居なかったものの、精神的に疲労しているものは居た。
そういったものには協会の職員が対応している。
俺たちはというと、この現状の当事者である。
さすがにこのまま帰るのは不味いだろうし、帰らせてはくれまい。
「やはりきちんと謝った方が宜しいのでしょうか」
「そうだな。一言詫びるだけで済めばいいけど」
「どういう意味だい?」
「事が事だし、なんらかの責任を取らされるかもな。家にも連絡がいくだろうし」
「それは困るよ」
「これ、全部弁償するとして、どれくらい掛かるかな」
「うちの年収でも足りないのよ」
「足りないかー」
「大丈夫なのよ。方法はあるのよ」
「エイルさん、どのような方法ですか?」
「フレッドを呼べば済むのよ」
「兄さん……を、ですか?」
「そうなのよ。アニカが責任を取らされて売られるのよ、言えば簡単なのよ」
「なるほど」
「ボク、売られてしまうんですか?!」
「そんなことしませんよ」
俺たちの会話に割り込んできた男がいた。
多分協会のお偉いさんなのだろう。
いったい何処まで聞かれてしまったのか……
「そんなことをすれば、私は魔素に還ってしまいますよ」
穏やかに物騒なことを言ってくる。
さすがにフレッドでもそこまでは……いや、アニカが絡むと見境ないからな。
俺も1度殺されかけた事がある。
十分にあり得る話なのだ。
「あははは、ですよね」
「あ、あの! この度はご迷惑をお掛けして、誠に済みませんでした。全ての責任はボクにあります。3人には関係ありません」
「なに言い出すんだよ」
「そうなのよ。アニカは悪くないのよ」
「いえ、やったのはボクです。ボクが責任を取ります。売られても文句は言えません」
どうやらアニカは既に売られる覚悟ができているようだ。
そんな覚悟は要らない。
もしそうなったら、フレッドではないが、全力で阻止させてもらう。
「例え身体はこの人のものになっても、心は既にモナカくんのものだからね」
「売る前提で話を進めるな! 俺もアニカの心を買った覚えも奪った覚えもない!」
「ええっ!? 酷いよモナカくん」
「酷くない」
「私も買うつもりはありません。そんなことより――」
「そんなことではありません!」
「こほん、そんなことより、みなさんから少々お話をお伺いできますかな」
「……分かったのよ」
やはりそのまま解散とはいかなかった。
俺たちは顔を見合わせ、覚悟を決めなければならないと思い、ため息をついた。
お偉いさんに連れられて広場を出る。
広場から表に出る小道は、広場の凄惨さと比べると別世界だった。
これもタイムの防御結界のお陰なのか?
そんな疑問を感じながらも、協会の中へと入っていく。
受付のおば……お姉さんに挨拶をし、奥へと通されて支部長室にやってきた。
このお偉いさんは支部長なのだろうか。
そこには机で事務仕事をしていた人が、1人だけ居た。
俺たちが中に入ると、その人は立ち上がって一礼をしてきたので、こちらも軽く会釈する。
部屋の奥には扉があり、その奥の部屋へと通された。
そこは応接室になっているらしく、中央にテーブルとソファーがあり、壁際にはいくつかの調度品が飾ってあった。
お偉いさんが奥側のソファーへ座るように促してくる。
なるほど、簡単に逃げられないよう、入り口付近には座らせないということか。
※違います。
とはいえ、今更逃げ出すつもりもない。
一番奥にエイルが座り、真ん中に俺とタイムが、一番手前にアニカが座った。
さすがにタイムは定位置には居ない。
俺の膝の上でくつろいでいる。
……違うそうじゃない! 何故横に座らないんだこいつは。
確かに3人掛けのソファーなんだけど。
お偉いさんは一瞬不思議そうな顔をしたが、なにも言わずに流された。
多分、呆れられたのだろう。
「挨拶が遅れました。私はクラスク狩猟協会 第七支部の支部長、ジョゼフ・リンゼイ・ケンプソンと申します。宜しければ、皆様のことをお教え頂けますか」
予想通り、このお偉いさんは支部長だった。
しかしなんでこの人はこんなにも腰が低いんだ?
てっきり広場を焼け出した裏を取るため、取り調べを受けるものだと思っていた。
そんな相手にここまで低姿勢になるだろうか。
相手の目的が分からない以上、エイルに任せることにする。
エイルもその辺は心得ているというか、保護者として責任を感じているのか、最初に口を開いた。
「初めましてなのよ。うちはターナー工房の工房長のよ、エイル・ターナーなのよ。隣に居るのがうちの護衛剣士のモナカで、膝の上に座ってるのよ……」
そこまで言って「妖精でいいのよ?」と耳打ちしてくるから、「そういうことにしておく」と答えた。
「妖精のタイム・ラット様なのよ。最後が精霊召喚術師のアニカ・ルゲンツ・ダン・ロックハートなのよ」
「様付けかよ」と言いたかったが、それは飲み込んだ。
妖精様だから、それに合わせたのだろう。
「ロックハート? 私の記憶では、アニカ様のお名前は――」
「ボクは家を勘当された身なのです。ですからその名前はもう名乗れません」
「そうでしたか。存ぜぬこととはいえ、誠に申し訳ない」
「いえ、お気になさらないでください」
支部長はアニカの本当の名前を知っているようだ。
しかしアニカはそれを知られたくないのか、遮るように言葉を被せた。
気になるといえば気になるが、まあ家と和解できたときには教えてくれるだろう。
今は触れないでおこう。
お互いが自己紹介を終えたのを見計らっていたかのように、事務仕事をしていた方が4人分のお茶とお茶菓子を持ってきた。
支部長が聞きたいことは、当然のことながら俺たちがなにをしたかということだ。
俺たちを代表してエイルが概要を説明した。
エイルの説明は正しくはないが、支部長を納得させられるだけの説得力があった。
工房の長をしているだけのことはある。
ある程度でっち上げはあるが、教えられないこともあるので、ボロを簡単に出しそうなタイムやアニカに説明させるわけにはいかない。
タイムのことは〝妖精の不思議パワーでなんとかした〟で済ませ、アニカも同様に〝フレッドが貸し与えた古の杖が暴走の原因〟で片付けた。
それにタイムやアニカが相槌を打つ形で話は進んでいく。
時折タイムが口走りそうになるも、なんとか誤魔化し通した。
『余計なことを言うな!』
『だって』
『だってじゃない!』
『うみゅ……ごめんなさい』
アニカは完全にされるがままで、俯いたまま「その通りでございます」とか「はい、間違いありません」とかしか言わなかった。
実際を知っている俺からしたら、かなり苦しい言い訳に聞こえるが、知らなければなんとかなりそうではあった。
目に見える事実を曲げなければ、中身なんてどうとでもなるということだ。
「……ということなのよ」
「なるほど。分かりました」
一通り話を聞き終えた支部長は、ジェイミー補佐官の話と大筋変わりがないことが確認できた。
それでも全てが真実ではないとも感じ取っていた。
だが筋は通っている。事実も変わらない。
ならば深く追求する必要もないだろうと判断した。
「この度は、精霊様のご加護により、死者は疎か、怪我人を出すこともなく、事態を収める事ができました。感謝してもしたりません」
支部長はテーブルに頭を付ける勢いで礼を述べてきた。
元はと言えば、こちらが独り相撲を取ったようなものだ。
自分でやらかし、自分で尻拭いをした。
礼を言われる筋合いなど、何処にもないのだ。
「頭を上げるのよ。全てうちらの責任なのよ。礼を言われるようなことはしてないのよ。むしろうちらが下げるべきなのよ」
エイルも同意見らしい。
そう言ったのだが、支部長が頭を上げる様子はない。
「いいえ、試験中に起こった不慮の事故は、全て協会側の責任です。私共が皆様をお守りせねばならぬところを、妖精様の手を煩わせてしまったことが、申し訳ないのです」
「そうは言うのよ、あんなの協会の人間のよ、防げないのよ」
「私どもの不甲斐なさは、今回のことで理解致しました。さらなる精進を――」
「今の人類にあれを防ぐことは不可能なのよ。分をわきまえるのよ」
「ですが」
「しつこいのよ。タイムちゃん以外のよ、あれを防ぐのは不可能なのよ。協会側に不手際はなかったのよ」
「そう言って頂けると、助かります。有り難う御座います」
ここまで言い終え、その重く垂れていた頭を漸くゆっくりと上げた。
しかしその顔には未だ険しさが残っている。
「それで、アニカ様についてなのですが……」
いよいよ本題に入るのか、と緊張が走る。
アニカは膝を閉じて両手で掴み、神妙な面持ちで次の言葉を待っている。
売ったりはしないと言われてはいるが、それに誓い処罰も覚悟しているのだろう。
「アニカ様、今回のことは〝不慮の事故〟ということで宜しいですか?」
「は、はい。ボクもこんなことは初めてでして……」
「左様で御座いますか。承知致しました。それでは、今回のことは不問とさせて頂きます」
「信じてもらえるのですか?」
「勿論で御座います」
「うちらが自作自演したとは思わないのよ?」
エイルがとんでもないことを言った。
それはそうだ。
自分たちで事を起こし、自分たちで事を収める。
自作自演そのものだ。
「貴方方が自作自演したとして、どの様な利があるのでしょう?」
「それは……のよ。恩を売るのよ?」
「そうなのですか?」
「そんなことしないのよ」
「では、問題はないと思います」
「それでいいのよ?」
「はい」
とりあえず、アニカはドナドナされずに済んだ。
支部長の判断がそれでいいのかとも思うのですが、所詮こいつも下っ端なのです
上の判断はまた別なのであった(完)
次回も支部長とのお話が続くよ






