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第67話 実技1次試験 アニカの場合

 タイムの活躍で難なく合格した。

 俺自身はなにもしていないが、役割分担というものだ。

 とはいえ、近接戦闘もタイムがやろうと思えばやれてしまうので、本当に俺の出番がない。

 そんなことはしないけど。


「モナカくん、おめでとう!」

「タイムちゃん、凄かったのよ」

「ははっ、ありがと」

「へへーん、凄いでしょ!」


 アニカとエイルに出迎えられ、とりあえず1つクリアしたのを実感する。

 なにしろ俺は見ていただけだから、実感に乏しい。

 そんな思いを察したのか。


「タイムのしたことは、マスターがしたのと同じだよ」

「ふっ、そうだな。でもそうなると、タイムの暴走も俺の仕出かしたことになっちまうな」

「なにそれー!」

「あはは」

「20番! お前で……ん? なんでオルバーディング家のものがここで試験を受けてんだ?」

「……言わなければいけませんか?」

「なんだ、訳ありか。言いたくなきゃ言う必要はねえ」

「では、言いたくありません」

「そうか、ならもう聞かねえ。お前で最後だ。精霊の力を存分に見せてくれ」

「は……はい!」


 去年のことがあるからだろうか、アニカはかなり緊張しているようだ。

 手と足が同時に出ている。

 動きもぎこちない。

 まるでロボットのようだ。


「ってアニカ! 杖!」

「え? ……あ!」


 緊張のあまり、フレッドに渡された杖も忘れていくほどだ。

 本当に大丈夫か?

 一部の受験者からは〝去年の〟とか、〝ああ例の〟などといった声が聞こえてくる。

 どうやらアニカのことを知っている者がいるようだ。

 アニカに聞こえていなければいいのだが……

 仕方がない。緊張を(ほぐ)してやるか。

 杖を取りに戻ってきたアニカをそっと抱きしめる。


「ひゃっ! モ、モナカくん?!」

「モナカ?!」

「マスター?!」


 戸惑うアニカの頭をそっと撫でてやる。

 初めて会ったときから髪の毛も少し伸び、あの頃よりは女の子っぽく見えなくもない。

 短髪は活発なイメージがあるが、アニカは大人しい方だ。

 髪を伸ばして身なりを整えれば、もっと女の子らしく、もっと可愛くなるだろう。


「落ち着けアニカ。今まで散々練習してきただろ」

「う、うん」

「大丈夫だ、お前ならできる」

「できるかな」

「できるさ。やればできる子なんだから」

「そうかな」

「自信を持て。アニカに足りないのは自信だ」

「あはは。そうだね」


 どうやら緊張は取れたみたいだな。

 取れたのはいいのだが、なんか周りからの視線が痛いような気がするのは気のせいか?


「やるな旦那! 嫁の目の前で堂々と浮気は中々できねえぞ」

「うちは嫁じゃないのよ!」

「ん? 俺は妖精さんのことを言ったんだが……正妻はエイルだったか。うわっはっはっはっ」

「な……」

「「「正妻も妾も全部タイムで間に合ってます!」」」


 エイルがすっかり手玉に取られている。

 さすがと言うべきか。

 それよりもタイムはなにを張り合っているんだ。

 試験官がビビっているじゃないか。

 アレかな。妖精さんを怒らせたらヤバい的ななにかか?

 そんな注目を浴びる中、アニカが所定の位置に付く。

 緊張はしていなさそうだが、余計注目を浴びている気がする。

 そして何故か一部のものは俺を睨み付けてくる。

 ホントマジ止めてほしい。


「ん? お前は杖を使うのか?」

「はい。なにか不味いですか?」

「不味くはねえが、もっとマシな魔法杖(マジックワンド)はねえのか?」

「あ、いえ。これは魔法杖(マジックワンド)ではなくて、詠唱補助杖(キャストワンド)です」

詠唱補助杖(キャストワンド)だって?! 本物だとしたら、すげえもん持ってきたな」


 試験官が驚いているな。

 フレッドが持ってきた杖は、そんなに珍しいものなのか。


「エイル、詠唱補助杖(キャストワンド)ってなんだ? 魔法杖(マジックワンド)と違うのか?」

詠唱補助杖(キャストワンド)は呪文詠唱のよ、補助する杖なのよ。まだあるのよ、思わなかったのよ」

「そうなのか?」

「そもそも現代人が呪文を詠唱して魔法を使うことなのよ、できないのよ。それをアニカはできるのよ?」


 そういえば以前、現代人は魔法を使うことができないと言っていたな。

 つまりそれに反してアニカは魔法が使えるというのか。

 ……あれ? アニカって精霊召喚術師じゃなかったか?

 魔法で試験に挑むのか?

 そんな疑問を余所に、アニカは杖を両手で正面に構える。

 目標を見据え、呪文を唱える。

 言語相互翻訳(マルチリンガル)が働かないということは、詠唱固有の文言だろうか。

 杖から魔方陣が浮かび上がると、そこから火の玉が生まれた。

 その火の玉から更に小さな火の粉が生まれると、的に向かってフヨフヨと飛んでいった。


「なんだあのちっせーのは!」

「がははは、頑張ったな坊主!」

「バカ、ありゃ女の子だよ」

「プークスクス、おっそー!」


 アニカは他の受験者の笑いものになってしまった。

 それでもアニカは必死になって唱えるのを止めない。

 精神の集中を途切らせると、炎が霧散してしまうのだろう。

 ヤジに耳を傾けることなく、完全に意識を没入させている。

 エイルが受験者たちを睨み付けると、1人を除いて黙りこくった。

 やっぱりあの変態は真性のようだ。


「ダメだよアニカ。それはまずいよ」


 タイムが独り言のようにつぶやく。

 そして慌ただしく動き出した。


「タイム?」


 次の瞬間、静寂が悲鳴に変わった。

 小指の先ほどもないごく小さな火の粉が的に触れたときだった。

 誰もがパチンと弾けて終わりだと思ったのだ。

 ところが火の粉が触れた途端、的が燃え盛る暇も無く消滅した。

 いや、的どころか支柱までもが消えていた。

 灰すら残らず、である。

 しかもその余波は的だけに留まらなかった。

 的のあった周囲が完全に溶けて赤くドロドロしたものに変わっていた。

 更に膨張した空気が会場全体に衝撃波となって襲いかかったのだ。

 そんなものを食らって無事でいられるはずもない。

 残りの的は全て吹き飛び、形すら残っていない。

 狩猟協会の窓ガラスは全て粉々に割れた。

 木々の葉が全て剥ぎ取られたのは勿論、枝が折れ、幹が折れ、根ごと薙ぎ倒されたものまである。

 襲いかかってきたのは衝撃波だけではない。

 当然熱波も同時に襲いかかってきた。

 砕けたガラスは溶け、倒木をまぬがれた木々は一瞬で炭化している。

 当然俺たちや他の受験者に試験官とその補佐官、そして見学者も同じ運命をたどる……はずだった。

 火の粉の異常性にアニカすら気づいていなかったのに、1人だけ……タイムだけは初めから気づいていた。

 衝撃波が襲いかかる直前に俺たちを四天王が四盾結界(しじゅんけっかい)で、離れたところにいた補佐官と見学者はマジカルツインズが魔法結界(マジックシェル)で防いでいた。

 そして幸いなことに、近くに民家がなかったため、被害は協会裏広場だけに留まっていた。


 悲鳴が飛び交う中、アニカが1人放心している。

 アニカにすら、なにが起こったのか理解できていない。

 そもそもこれほどの威力を秘めているなどと、欠片も思っていなかったのだ。

 バカにされても仕方がない。そう思っていた。

 その結果がこれである。

 誰もが現状を理解できず、混沌の渦に飲み込まれていたのだ。


「「「みんな落ち着いて! 大丈夫だから。安心して」」」


 タイムの叫ぶ声で俺は我に返った。

 大丈夫? 何故大丈夫なんだ?

 ……そうか、タイムがみんなを助けてくれたのか。

 現状を(ようや)く理解することができた。

 それはエイルも同じなようだ。

 他の人たちは理解できずに戸惑ってはいたが、ある程度落ち着きを取り戻していた。

 それでも見学者の中には泣き崩れたり、気絶したりしているものも居る。


「まさか、これが話に聞く(いにしえ)の精霊魔法なのか」


 受験者の1人が、ぽつりと呟いた。

 精霊魔法――正しくは〝精霊術法則〟、略して〝精霊法〟という――は、精霊の力を借りて行使する魔法だ。

 その威力は人間が行使する力では到底及びもつかない。

 (まさ)に人ならざる力なのだ。

 アニカの側で、フヨフヨと浮いている小さな炎。

 見た目に反し、想像を絶する力を秘めていた。


「馬鹿野郎! 俺たちを殺す気か!」


 アニカに対して怒鳴りつける試験官。

 だがアニカは未だ放心状態になっている。

 試験官が何度怒鳴りつけようとも、ピクリともしない。

 もしかして、意識がこっちに戻ってきていないのか?

 それとも精霊に飲み込まれた……

 俺は駆け寄ってアニカに声を掛けた。


「アニカ? 大丈夫か? なあアニカ!」

「……あ、モナカくん。どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ。こっちが聞きたいよ」

「え?」

「周りを見てみろ」

「周り……ど、どうしたの? なにが起こったの?」

「どうしたもこうしたも、アニカが放った魔法? の結果だよ」

「……え?! 嘘」

「嘘じゃないよ。タイムのお陰で怪我人はいないけど、一歩間違えば全員死んでたぞ!」

「だって、ボクは精霊にちょっとお願いしただけだよ?」

「ちょっとって……そんなレベルかよ」


 ちょっとでこれなら、本気でやるとどうなるというんだ。

 完全に人の手に余る力だ。


「おいお前ら、試験は一時中断だ! そのまま待機していろ」


 試験官が建物の中へ移動しようとしたが、タイムに止められた。


「ダメだよ、まだ外に出られないよ」

「外?」

「今タイムの結界でみんなを守っているけど、結界の外に出たら灰になっちゃうよ」

「なっ、なんだと」

「まだ精霊の力が満ちてて暴れているんだよ。アニカさん!」

「はい!」

「精霊さんに、還ってもらうよう頼んでよ」

「わ、分かりました」


 アニカが再び杖に呪文を捧げる。

 杖から魔方陣が現れると、浮いていた炎がスッと吸い込まれて消えた。

 周りから異常な精霊の力が失われ、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 ただし、それはアニカとタイムにしか分からぬことでもある。


「タイムさん、還ってもらいました」

「うん、もう少ししたら出られるよ」

「しかし凄えな。今のは姿からして下位精霊か? あの威力じゃ中級魔術師の小隊でなけりゃ相手にならねえという伝承も眉唾物だな。とても耐えられるとは思えねえ」

「あ、いえ。下位精霊ではありません」

「なんだと?! なら今のが中位精霊か。あんな姿のもいるのか。それならば伝承も信じられるってもんだ」

「そうではなく……その、……霊……す」

「なんだって? もっとデケえ声で言え!」

「う……、ですから! 微精霊です!」

「「「……はあ?!」」」

「バカ言え! 微精霊っつったら、大した力も持たねえ生まれたての精霊のことだろ!」

「いくら俺たちが精霊のことを知らないとはいえ、そのくらいは知ってるぞ」

「そうだそうだ」


 微精霊といえば、かつて精霊式生活魔法を使う上で使役されていた精霊だ。

 現在ではオルバーディング家が使うのみの生活魔法ではあるが、狩猟協会の正規会員としてはその程度ならば基本知識として知っている。

 そんな微精霊にあれほどの力があるなど、誰も信じられることではない。


「そういわれましても、ボク自身訳が分からなくて……済みません」

「とにかく、お前らはここで待機だ。このままだと試験が続けられねえ。妖精様、どうですかい?」


 あれ? 確かさっきまでは〝妖精さん〟って呼んでなかったか?

 扱いが変わってるぞ。


「んーとね、真夏より暑いくらいになったよ」

「それは……大丈夫なのですか?」

「んー多分!」

「多分……ですか。分かりました」


 そう言うと、結界の外に出――ようとして、頭を結界にぶち当てた。

 かなり痛そうだが、堪えている。


「あ、ごめん。今結界を解くね」


 パチンと音を立てて結界が消え去ると、猛烈な暑さが襲ってきた。

 カラッカラなサウナの中の方が涼しいと感じるくらいだ。

 これは長時間居たら肺が焼けるのではないか。

 そう思わせるには十分だった。

 試験官がタイム(妖精様)に一礼をすると、その場から立ち去った。

 再び四盾結界(しじゅんけっかい)を張ると、中の温度が下がってきた。

 1分も経たないうちに、快適な温度と湿度になった。


『マスター、ごめんなさい』

『ん? どうかしたのか』

『今のでバッテリーを3%……あ、4%使ってしまいました』

『ああ、これは仕方がないよ。使わなかったら、みんな死んでいたしね。タイムは悪くない。勿論(もちろん)、アニカも悪くない。だから、アニカに言う必要はない』

『うん……分かった』


 結界の外側が落ち着くまで、更に10分を要した。

 それまでに更に1%を消費し、現在の残量は20%になっていた。

ここでアニカがやらかす予定はありませんでした

書いていたらいつの間にかこんな結果になってました

おかしいな……

次回は試験官が主役です

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