第66話 実技1次試験 モナカの場合
「やったなエイル」
「やりましたねエイルさん」
「当たり前なのよ。楽勝なのよ」
タイムが紙吹雪でエイルを出迎える。
楽勝と言っている割に、その顔に余裕は見て取れなかった。
去年受けられなかったことが、エイルを追い詰めているのだろうか。
「よし、次は旦那の腕前を見せてもらおうか」
「モナカはうちの旦那様じゃないのよ!」
「うわっはっはっはっ、照れるな照れるな」
「照れてないのよ!」
なんか、やりにくいな。
とはいえ、そうやって弄られている間のエイルからは、嫌な感情がすっと抜けている感じがする。
ならば、みんなのおもちゃになるのも悪くはないのかも知れない。
エイルと交代し、所定の位置に付く。
といっても、やるのは俺ではなくタイムだ。
この衆人環視の中、「タイム・オブ・ターイム」と言ってマジカルモードになるのはかなり恥ずかしいらしい。
今までは俺とエイルとアニカとフブキにしか見られていなかったからな。
俺を除けば、女の子しかいない。
光のシルエットとはいえ、全裸になるのは抵抗があるのだろう。
「それでも、タイムはやらなきゃならないんだよ」
確固たる意思を持って宣言をした。
何故そこまでして変身をするのか。
一体なにがあるというのだ。
「なんでだ?」
「だって、そうしないと……」
「そうしないと?」
「そうしないと、魔法が使えないんだよー!」
「あ、そうなんだ」
意外としょぼい理由だった。
だが重要な理由でもあった。
そしてどうにもならない理由なのであった。
「でもおかしい……システム的には変身しなくても……え?」
「ん? どうした?」
「……そんな制限付けないでよっ。それじゃ刀を振りながら、魔法を使ったりとかできないの? ……美しくない? えー、魔法剣士格好いいでしょ! 信じらんない」
けっこうどうにかなりそうな理由だった。
あー、また例のアレに絡まれているのか。
どうやら本来なら使えるらしいが、勝手に制限を付けられて使えなくされているということか。
提供者の美意識に振り回されるのは、辛いな。
でもそのお陰で可愛いタイムが見られるのなら、俺は幸せだ。
あれを魔法と言っていいのかは、思いっきり疑問が残るところではあるが……
「可愛いんだから、みんなに自慢したいな」
「し、しょうがないですねー。でもタイムはみんなのアイドルになっても、マスターだけのタイムなんですからね」
「あ、はい」
アイドルか……
愛玩小動物……の間違いでは?
とは口が裂けても言えなかった。
「タイム・オブ・ターイム マジカルモード、タイムちゃん!」
「おおー」
何故か拍手喝采を浴びている。
彼らからしてみれば、妖精の変身魔法を間近で見たという感動しかないのだろう。
その拍手に手を上げて応じているタイムも、肝が据わっているというか……
最初あんなに嫌がっていたのはなんだったのだろう。
「アンコール! アンコール!」
「なんか、エロい」
「妖精さんにあんなことをさせるなんて……分かってるじゃねえか」
「ぬーげ! ぬーげ!」
「ちょっと! 今変なこと言ったの誰よ!」
声がした方をギロリと睨み付ける。
誰も目を合わせようとしない。
それならば、とタイムが火球を受検者全員に向かって撃――
「待った待った、タイム落ち着け」
「マスターどいて! あいつら殺せない!」
「殺すな! お前らも、妖精さんを怒らせるな!」
「ひい!」
「ごめんなさい!」
「もう言いません」
「お願いします、踏んでください」
逃げるくらいなら、最初からそういうことを言うな。
それでも根性の座った変な奴が混ざっている。
よし、無視しよう。
「もういいか? 試験を始めるぞ」
試験官があきれた顔で先に進めようとしている。
済みません、時間を取ってしまって。
「はい、お願いします」
「ぶー」
「ほら、タイム」
「わかったよぅ」
タイムは火球を握りしめると、的を見据えた。
前屈みになると何度か首を振り、最後に1回だけ頷く。
火球をおなかの前辺りで構え、背筋をピンと伸ばす。
チラリと受験者たちを睨むが、すぐに的へと視線を戻す。
そして足を頭よりも高く振り上げる。
「「「おおー」」」
いちいち歓声が沸くのはなんなんだ?
振り上げた足を前方へ大きく踏み出と、蹴り足を跳ね上げ、火球を思いっきり投げつけた。
ピッチャーかな?
「見えたか?」
「いや、お前は?」
「見えそうで見えなかった」
「お前もか。俺もだ」
「くっそー」
「あのスカート、どういう構造してるんだ?」
お前ら、なんの話をしているんだ? なんの。
うなり声を上げて地を這いながら進む火球。
砂埃を舞い上げながら進み、的の前まで来るとクンッと浮き上がる。
的の中心部に当たり、木っ端みじんに砕いた。
一瞬の沈黙の後、どっと歓声が沸く。
「おい、火球って炎熱系の魔法じゃねえのか? なんで燃えねえで砕くんだよ!」
「あー、気にしないでほしいな。妖精さんも気にしているみたいだし」
「そうなのか? ……まあいい。結果は問題ねえ」
『タイム、ちょっと手加減しろよ』
『えー、これでも手加減したのにぃ』
ブー垂れたタイムは、火矢を5本出すと、新しく用意された的へ一斉に放った。
一糸乱れぬ動きで空間を穿ちながら、5本の矢が連なって的の中心を射貫いていく。
所謂ワンホールショットという奴だ。
勿論、穴の痕に〝焦げ目〟などという無粋なものなど一切残しはしない。
綺麗なパンチホールが開いていた。
その勢いのまま中距離を蹂躙し、と思った瞬間には遠距離の的をも完全攻略していた。
1ミリのズレも見せずに的確に同じところを通過させる。
全てを遠隔操作しているのか、それとも動きをトレースさせているのか。
それはタイムにしか分からない。
本人も分かってやっているのか、疑問ではある。
分かっていないのに、やれてしまうから恐ろしい。
そして最後の長距離の的の目前まで来ると、腕を掲げて火矢を散開させる。
そして腕を振り下ろすと、5本の火矢が一斉に的の中心目掛けて飛び掛かった。
中心部に刹那の狂いもなく同時に突き刺さると、爆散して目標を粉微塵に粉砕した。
「おおー!」
「なんだありゃ!」
「おいおい、一発しか当たってねぇぞ!」
「バッカよく見ろ! 全部同じところ通ってんぞ!」
「お前、そんなことできるか?」
「お前こそできんのかよ!」
「すげー、5発で全て命中かよ」
「しかもど真ん中だぜ」
さすがにこれには俺も驚いた。
この距離でも問題なくやれるのも分かった。
良くできましたとばかりに頭を撫で回してやった。
「うなぁ」
「よくやったな。これで合格か?」
「ん? 旦那はやらねえのか?」
「だから旦那様じゃないのよ!」
「あはは……遠距離はタイムに……妖精さんに任せている。俺は近接担当さ」
といって、腰の刀を軽く叩いてみせる。
「ほう。そいつぁ楽しみだな。久しく打ち合ったことはねえからな」
「そうなのか?」
「本気で結界外に行こうなんてやつぁ、いねえのさ」
つまり俺たち以外、ここに居るやつらは資格手当目当ての連中ということか。
「時々結界内で発生する魔獣討伐に駆り出される程度さ」
「結界内に?」
「ああ、年に数件発生する。そんとき呼び出されるんだ」
なるほど。
リスクが無いわけじゃないんだな。
でも、結界内に魔獣か……
外から入ってくるのだろうか。
となると、魔物も?
「いいだろう。夫婦そろって合格だ」
「だから違うのよ! いい加減にするのよ!」
「そうですよ。マスターはタイムの旦那様なんだからね」
「いや待て、それも違うからな」
「マスター?!」
ともあれ、これで俺も合格だ。
後はアニカなのだが……
果たして精霊は言うことを聞いてくれるのだろうか。
フレッドに渡された杖は役に立つのか。
そして、それは杞憂どころか惨状の引き金になるとは、誰も思わなかったのだ。
鉄壁のスカートですから
今までも、これからも
次回は大波乱のアニカの番です






