第64話 結界外探索許可試験会場
新章始まりました
第1部の終章予定です
異世界に転生してから早1年。
ご褒美が目当てというわけではないが、タイムの奇行にも慣れてきた。
というか、タイムの奇行が徐々に和らいできたというのもある。
一時期は暴れまくってくれたが、今は大分大人しくなっている。
いや、大人しくなってしまったと言った方が正解か。
体内バッテリー残量問題。
この所為でタイムは色々と我慢をしている。
強いてはいないのだが、自粛してしまっているのだ。
気にするなといつも言っているのだが。
「1分1秒でも、長く一緒に居たいから」
と言われては、仕方が無い。
その思いは俺も同じなのだから。
すっかりと大人しくなってしまったお陰なのか、想像より減りは緩やかだった。
今の残量は25%。
想定では20%ほどになると思っていた。
ところが想定より5%も多く残っている。
この調子ならば、まだ半年以上は活動できるだろう。
それもこれから受ける結界外探索許可試験の結果次第だ。
この試験に受からなければ、恐らくは残ったバッテリーで静かに暮らすしかない。
しかし受かったならば、可能性を探しに行けるのだ。
消費電力が増えて、寿命を縮めることにはなる。
座して滅びを待つよりはいい、と2人で決めたのだ。
生きるも死ぬも常に一緒。
そう〝誓いのキス〟で、お互いの心に刻んだのだから。
今から受ける試験に、全力で挑むのみだ。
エイルはゲンコウイノシシの牙をベースに、自分の武器を作り上げていた。
リボルバーのような形の単発式詠唱銃だ。
とはいっても、シリンダー部分は回転せず、丸ごと交換可能な薬莢式になっている。
薬莢は使い捨てではなく、充魔をすれば、何度でも使える。
一発撃つ度に薬莢を交換すれば、充魔をする必要も無く、次弾を撃つことができる。
充魔は薬莢充魔器に入れておけば、勝手にされていくので手間も掛からない。
射程はあまり長くはない。おおよそ20m程度だ。
威力は高いが弾速は遅く、素早い動きをする相手には当てるのが難しい。
この自作単発式詠唱銃と、父に貰った連射式詠唱銃との二丁詠唱銃で試験に挑む。
アニカはあれから地属精霊とも契約を結ぶことができた。
泥猪というイノシシ型の精霊だ。
一応言っておくが、契約してはいるものの、中々言うことを聞いてもらえない。
さすがはアニカとでもいうのだろうか。
背中に乗せてもらって移動手段にはなる。なるのだが、戦闘になると一目散に逃げていってしまう。
そして戦闘が終わった頃に戻ってくるという……
微笑ましいというか、下手に前に出られて怪我をされるよりはマシと考えることにした。
しかし試験は自分の力を見せなければならない。
この状況でまともに受かるのだろうか。
エイルは〝止めるのよ〟と言っていたが、アニカは〝受ける前に諦めたくありません〟と意志を固くしていた。
お遊戯会を試験官の前でお披露目することにならなければいいのだが……
もういっそのこと、フブキを従魔獣ということにして、試験を突破してしまおうかという話まで出たくらいだ。
「それだけは絶対に嫌です! ボクは精霊召喚術師なんですからねっ」
とプライドだけはしっかりあるのだ。
確かに精霊召喚術師として合格しなければ意味が無いのだろう。
従魔獣師に転職しました……なんて洒落にならない。
俺はというと、いつも通りタイムと一緒に受ける。
携帯のアップグレードはあれから行っていないので、タイムは6頭身のままだ。
アプリのインストールもしていない。
だが身体の鍛練は怠っていなかった。
現在〝人工筋肉〟を使っていない。完全停止状態にある。
その分消費電力が抑えられ、想定よりも減らなかったのだろう。
それに使わなくても筋肉が育たないわけではない。
恩恵がなくなるだけで、鍛えれば育つものは育つ。
試験前に一度だけ小鬼乗猪と模擬戦をしてみた。
タイムのサポートなしで完勝できるくらいには成長していた。
基礎ができあがってくると、思った通りに動けるようになってくるものだ。
その成果が完勝という形で現われたのだろう。
先日行われた筆記試験の結果は、問題なく3人とも合格した。
エイル先生のもと、必死に勉強した甲斐があった。
アニカは去年受けて問題なく合格しているので、2人してつきっきりで教えてくれた。
まさかアニカになにかを教えられる日が来るとは……
実技試験会場は狩猟協会裏手の広場で行われる。
全員が受かるわけではないし、受かったからといって結界外に実際に行くわけでもない。
要は、資格手当を目当てにしている者が多いのだ。
受かるのは1割にも満たないことが多いらしい。
受験者は前もって申し込みをしておく。
その際に試験料も払う。決して安くはない。
当日は受付で受験票を見せ、出欠を確認するだけだ。
協会裏手は野球場くらいの広さがある。
普段は協会受付に申請すれば、会員ならば誰でも利用できる。
ここで模擬戦を……と考えたこともあったが、場所を変えたところで意味はないと思い、止めた。
受験者は様々ではあるが、近接武器を持っている者は誰1人としていない。
弓か銃で、一部の者が盾を持っているくらいだ。
面白いのは弓を持っている者でも、盾を持っている点だ。
盾といっても普通の盾ではなく、腕に腕輪のような物を填めているだけなのだ。
普段は邪魔にならないから弓を打つのになんら支障が出ない。
万が一攻撃されるような事態になったら、腕輪に魔力を通せば円盾が展開される。
俺には使えない代物だ。
エイルは左右のホルスターに詠唱銃を納めている。
銃型の魔法杖を使っている人は、皆同じようにしている。
弓型の人は普通に手に持ち、矢筒を背中や腰に掛けている。
アニカは自分と同じくらいの長さがある杖を持っていた。
ここに来て杖型の魔法杖を初めて見たような気がする。
なんでもフレッドがアニカを心配して召喚補助の掛かった古の杖を貸してくれたとかなんとか。
失われた技術で作られた物なのでアニカは断ったのだが、フレッドが押し付けた形で持たされたのだ。
「また死なれては困る」
と、まるでアニカが一度死んだことがあるかのようなことを言っていた。
どうやら、夢の中での話らしい。
それを心配して貸すというのだから、過保護というかシスコンというか……
シスコンに付ける薬はないということか。
ちなみにフレッドは試験に同伴したかったらしい。
「付いてきたら二度と口をきかないからな」
とアニカに凄まれ、泣く泣く諦めたとかなんとか。
「我はかまわぬよな?」
「あ?」
ということで、イフリータもお留守番決定しました。
どうしてこの2人には強く出られるんだろう?
そのくらい強気で精霊にも接せられれば――いや、イフリータは精霊なんだけどさ――、言うことを聞いてくれるのではないだろうか。
でもそんなイフリータでもアニカの言うことは聞かないわけだし。
精霊のさじ加減が分からない。
果たして杖の補正は何処まで効くのだろうか。
「よし時間だ。お前ら、準備はできてるな。今この場に居ない者は失格だ」
試験官が広場に現われ、試験の開始を宣言した。
試験官に相応しく、いい身体付きをしている。
「試験官って剣を帯刀してるんだな」
「当たり前なのよ。結界外の魔獣は――」
「魔獣とかいるの?!」
「そういえのよ、話したこと無かったのよ。結界の外には魔素が変質した毒素があるのよ、前に話したのよ。その毒素に犯された獣が魔獣なのよ」
それでフブキを魔獣に仕立ててアニカを従魔獣師にしようとか言い出したのか。
魔獣を従えるとか、実際に可能なのか?
しかし協会にはフブキが犬だってことはバレているだろうから、どっちにしろ無理だ。
猟犬みたいに従えることは可能だろうけれど、実際に狩りをするのは人間……つまりアニカだ。
アニカに狩猟能力が無ければ、どうにもならない。
「そして毒素溜まりから直接生まれてくるのが魔物なのよ」
「魔物まで……」
「安心するのよ。結界の中には居ないのよ。そのための結界なのよ」
「なるほど……」
ということは、やっぱり小鬼とかその辺の定番魔物もいるのだろうか。
以前エイルにその姿を見せたとき、大して驚いていなかった。
ならばやはり結界外にはゲームや物語で見慣れた魔物が居るのかも知れない。
「話を戻すのよ。試験官は魔獣や魔物を想定してうちらを試験するのよ。だから剣のよ、つまり近接戦闘もしてくるのよ」
「それは野生動物も同じじゃないのか?」
「ゲンコウイノシシを忘れたのよ? 基本的に逃げるのよ。好戦的な大型動物を狩る場合のよ、別に資格が必要なのよ」
「今回の試験を受けるのに、その資格は要らないのか?」
「結界外探索許可試験に受かるのよ、セットで付いてくるのよ」
なるほどね。
となると、これが初の対人戦になるのか。
小鬼とは何百回と模擬戦をしたが、実際の人間とやるのがぶっつけ本番とは……いや試験だから模擬戦だけどさ。
フレッドたちとやり合ったといっても、剣を交えて戦ったわけではない。
今回は実際に剣を交えて戦うのだ。
ちょっと緊張する。
それでも超えていかなければならない。
明日を生きるためにも。
また半年飛びましたw
今回はちょっと戦闘多めです(多分)
次回はエイルの実技試験です






