第61話 セカンド・キスも0?
タイムと共に戦うならば、2匹同時でも問題なく倒せることが証明できた。
ということで、今度はタイムも矢面に立って戦うことにした。
つまりは連携の訓練だ。
といっても、小さくなって両肩に乗り、タイミングを見て魔法を撃つだけである。
擬似的に自分が魔法を撃っている気分になれて結構楽しい。
「ファイヤー!」と叫べば、右肩から火球!
「ウインド!」と叫べば左肩から風刃!
中々楽しい!
ただ残念なのは、相変わらず魔法(物理)なところは変わらない。
風刃なのに、当たったところは鉄パイプで殴られた? みたいな感じの音と凹みが刻まれるのだ。
完全に刃引きされた風刃である。
鎌鼬ではないのは何故だ。
「なんで?! ちゃんと直したのにぃ」
タイムの苦労が実を結ぶ日は来るのだろうか。
そんな日々を過ごしていたのだが、突如タイムが調子を崩したと言い出して、携帯に籠もってしまった。
当然模擬戦もお休み。
夜も布団に潜り込んでくることはなく、携帯の中で過ごしている。
大丈夫かと問いかけても、曖昧な返事しか返してくれない。
エイルもアニカもフブキも心配している。
特にトレイシーさんは食卓で走り回るタイムの騒がしい姿がなくなったことで、元気をなくしている。
いつもタイムのことを見て笑っていたのだが、あれは大人の余裕でお目こぼしなさってもらえていたのだとばかり思っていた。
でもそうではなく、本当に心から笑っていたのだ。
『なあタイム、何かあったのか?』
『なんでもないよ。ちょっと調子が悪いだけだから』
『タイムが元気ないと、トレイシーさんも元気が出ないんだよ。本当に大丈夫なのか?』
『あ……うん、大丈夫だよ。でもまだダメみたい』
『まだ?』
『ううん、なんでもないよ』
結局は堂々巡り。
携帯の中に引き籠もり、姿を見せずに[NoImage]を貫いている。
顔を見られたくないのか、姿を見られたくないのか、そんなところだろうか。
……おたふく風邪にでもかかった?
ニキビの大量発生とか。
太ったとか。
後は……ま、そういうことなのだろう。
タイムが顔を見せたのは、調子が悪いと言い出してから10日も過ぎた頃だった。
それも[NoImage]が1枚絵に変わっただけだ。
口パクや紙芝居のようなアニメーションはするものの、外には一切出てこない。
本人はもう大丈夫と言いつつ、未だ引き籠もっている。
なにが大丈夫なんだか……。
ただ、もしかしたら……と、思い当たることが一つだけあった。
あのとき、ちゃんと約束したはずだ。
なのにタイムはそれを破るというのだろうか。
というか、タイムをそこまで追い込むほどヤバい事態なのかも知れない。
だからきちんと2人で向き合って話し合いをして、今後の対策を考えなくてはいけないのではなかろうか。
1人で抱え込んで背負い込まないでほしい。
『タイム』
『なに? マスター』
『話があるから、ちょっと出てきなさい』
『えー、話だけならこのままでもできるよー』
『いいから出てきなさい』
『やー、まだ無理ー』
『無理じゃない。マスターの言うことが聞けないのか?』
『むうー、そういう言い方は卑怯だよー』
『卑怯で構わないから出てきなさい』
『無理でーす』
プイッと後ろを向くタイム。
話に応じるつもりはないようだ。
だからといって引き下がるわけにはいかない。
ただ、まだ確信が得られたわけではないので、一つ試してみることにした。
『出てこないのなら、携帯の電源切るぞ』
『えっ……それは……い、いいもん。やれるもんならやってみてよ。そんなことマスターはしないもん』
強情だな。
仕方がない。
電源の長押しをする。
『マスター!?』
[電源を切る]
[再起動]
『さて、あとは[電源を切る]をタップするだけだが……』
『お、押したきゃ押せばいいでしょ。タイムは別に構わないもん』
『本当に、いいんだな』
『いいよ。別に死なないもん』
『……なあ、そんなにヤバいのか?』
『……え?』
携帯のバッテリーが切れたときには、あんなに怖がっていた。
俺に説教までしていた。
お仕置きのときは、あんなに嫌がっていた。
なのに今回は嫌がってはいない。
慣れた……というのには説得力がない。
こうなると、もう確定だろ。
『前に約束したよな』
『約束?』
『覚えてないのか?』
『う……どれのこと?』
『今自分がしていることで、思い当たることはないのか?』
『あ……だって、これはタイムが調子に乗ったからだから、バツなんだよ』
『バツってなんだよ』
『スクリプトを組んで、色々できるようになったのが楽しくて、マスターの役にも立つからって調子に乗って……それが逆にマスターを苦しめるんだから。だからバツなんだよ』
『だからって、タイム1人で背負い込むなよ』
『いいんだよ! マスターは悪くない! 全部、ぜーんぶ、ぜぇぇぇぇぇんぶ……タイムが悪いんだから! だから、背負い込むとかじゃないんだよ……』
タイムの肩が、微かに震えている。
顔は見えないが、啜り泣く声も聞こえてくる。
全く、その小さな身体で全部抱え込んでどうする。
『あのな。前にも言ったけど、携帯の中にタイムを閉じこめてまで長生きしようとは思わねえよ! 俺とタイムは運命共同体。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、タイムと供にし、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすって決めたんだ。だから勝手に1人で背負い込むんじゃねぇ!』
『マスター!? そそそそ、それって……えっと、その、あの! そ、そういう、ことで……良いのかな?』
器用なことに、携帯から頭だけのぞかせている。
タイムの顔が真っ赤に染め上がり、俺の顔をまっすぐに見つめてきた。
これはチャンスと素早く頭を手で掴むと、携帯からタイムを引きずり出した。
『きゃあ! な、なにするのよ』
『こうでもしなけりゃ、外に出てきてくれないだろ』
『……じゃあ、さっきのもタイムを外に出すための餌ってこと?』
ぷうっと頬を膨らませて不貞腐れた顔をする。
『そんなわけないだろ。俺が言ったことは全て本心だ』
『ホントに?』
『本当だ』
『じゃあ……えっと、〝誓いのキス〟をしてくれたら信じる』
『はあ?! なんでそうなるんだよ』
『なんでじゃないよ! だってホントなんでしょ? だったら締めくくりはこれしかないでしょ』
意味が分からん。
俺の本当ってのを見たい、というのは分かる。
それが何故〝誓いのキス〟になるのかが分からない。
タイムが普段の大きさに戻り、目をつむって顎をくいっと上げている。
俺の言葉が嘘ではなく本当だという〝誓い〟が欲しいのだろう。
その形が何故〝キス〟になるのか……
誓約書に印鑑を押すということか?
……ま、それは〝タイムだから〟ということで納得してやろう。
俺はタイムの腰に手を回して軽く抱きしめた。
タイムも俺の首に手を回してくる。
そして目をつむると、少し長めのキスをした。
とても柔らかい唇で、瑞々しい。
今度はちゃんと鼻で息をしているから苦しくない。
大丈夫かな。鼻息が荒くなっていないかな。
こういうときの加減が分からない。
そういえば、タイムって呼吸が必要なのか?
多分必要ないとは思うんだけど……うーん。
タイムの鼻息なのか、自分の鼻息なのか、よく分からない。
そうだ、舌って入れた方がいいのかな。どうなんだ?
んー、それはまだハードルが高いから止めておこう。
というか、いつまですれば良いんだ。
止め時が分からない。
そもそもした方から離れるべきなのか?
相手が離れるのを待つべきなのか?
まあ前回タイムにキスされたときより長くしているから、そろそろ良いのではないか。
そう思って抱きしめた力を弱めると、タイムも首に回している手を離してくれた。
唇と唇の間にキラリと光る唾液の架け橋。
ゆっくりと目を開けると、タイムも目を開けていた。
タイムが悪戯っぽく笑うので、つられて笑った。
『これでいいのか?』
そう聞くと、今度はタイムから軽く唇を触れるだけのキスをしてきた。
もしかして、足りなかったのか?
『んふふ、これで〝お相子〟……なんだよね』
『え?』
『マスターがそう言ったんだよ。ふふっ』
『ああ、そうだな。これで〝誓いのキス〟は〝プラマイ0〟ってことだな』
『ふふ……え?』
『だろ?』
『えええええええ?!?!』
な、何をそんなに驚いているんだ?
自分で今〝お相子〟って言っただろうに。
おかしな奴だな。
『ダメダメダメ! 0なんてダメー! もう一回、もう一回やり直しを要求します!』
『ぶっぶー、要求は却下されましたー』
『なんでなんでー?!』
なんでって、こんな恥ずかしいこと何度もできるかっ。
平静を装うだけで精一杯だっての。
『〝誓いのキス〟は100万でも1000万でも――』
「ん゛っん゛ん」
俺たち以外誰も居ないはずの部屋から咳払いが聞こえてきた。
はっと我に返ってタイムから離れた。
タイムも驚いた顔をしている。
そして二人して声のした方に恐る恐る顔を向けると、そこにはエイルが椅子に座っていて、渋い顔をしていた。
なんでエイルが居るの?
「えっと……エイル、さん? いつからそこに?」
「最初から居たのよ。ここはうちの部屋なのよ」
あ、そういえば、夕食の後「タイムと話してくる」と言って、部屋に入ったっけ。
当然部屋へ入るには、エイルに扉を開けてもらう必要があって……
そのままエイルは一緒に中へ入り、椅子に座っていた、ということか?
「だって……仕事は?」
「後回しなのよ」
マジか……
てっきり仕事部屋に行ったとばかり、思い込んでしまっていた。
つまり、全て見られていた……と?
うう、恥ずかしさで身が悶えそうだ。
幸いにも会話は聞かれてはいない。
キスを見られただけなら、以前にも見られている。
まだなんとか耐えられそうだ。
「タイムさんと話をするって、そういうことだったの?」
「アニカ?! 何故お前までいる」
「酷いよモナカくん! タイムさんが心配だから様子を見てたんだよ」
くっ、その心遣いは嬉しいんだが、この場合は放っておいて欲しかった。
つまりはアニカにまで全て見られていたということか。
あ゛ーもうダメ、恥ずかしさで死にそう……
確かにアニカに見られるのも二度目ではあるが、俺からしたのを見られるというのは……あ゛あ゛あ゛!
タイムは……普通に照れているだけっぽい。
タイムの方が度胸があるってことなのか。
うう……まあいい、もう今更だ。
エイルには恥ずかしいところはいくらでも見られている。
アニカには……捨て置こう。
開き直ってしまえば、どうとでも……なる? なる……はず。
それに良い機会だ、2人にも聞いてもらおうじゃあないか。
どうしてこうなったのか。
そして俺たち2人が抱えている、ひっくり返すことのできない砂時計って奴を。






