第59話 いや、その違いは大きい
ここのところ、イノシシとの模擬戦を繰り返していた。
エイルの工房での仕事が立て込んでしまったからだ。
今月いっぱいは無理らしい。
なのでリベンジ・マッチを繰り返している。
アニカはいつものように隣で精霊と戯れていた。
そして不思議そうな顔で俺の模擬戦を見学している。
一応小鬼との模擬戦のことは話してあるから、俺がなにをしているのかは知っている。
だが、今回はイノシシにボコボコにされているところを見ているわけだ。
が、俺をボコボコにしている相手が見えない。
普段との違いに疑問を持っているのだろう。
なので、なにと模擬戦をしているのか、チョコッとだけ見せてやった。
もちろん戦っているところではない。
下手をするとアニカまで攻撃対象になりかねないからだ。
ただ一つだけ、アニカに見せることによって問題が発生した。
再び模擬戦を開始していると、狩猟協会の人が訪ねてきたのだ。
何事かと思って話を聞いてみると……
「ご近所の方から、こちらの敷地内に大型のイノシシが現れたという目撃情報を頂きました。見かけませんでしたか?」
「あーイノシシ! イノシシね、うん。見ていない……かな。なあアニカ、見ていないよな!」
「え……は、はい。ボクは見ておりません。お役に立てず、申し訳ない」
「いえ。そうですか。見かけませんでしたか。分かりました、ご協力有り難う御座います」
「いえいえ、きっとうちのフブキを見間違えたんですよーあは、あはははは、はぁ」
ということがあった。
しかもエイルにも話がいっていたらしく、事情を説明させられ、説教を食らったのであった。
これからは、人目に付くところで実像化させるのは止めよう。
余談はこのくらいにしておいて、実はアニカが進歩しているのだ。
どう進歩しているのかというと、俺が模擬戦の休憩を取っていると、飲み物を持ってきてくれる。
その程度なら普通なのだが、その水というのが、龍魚に出してもらった水だといえば、分かってもらえるだろう。
これは凄い進歩なのである。
今までアニカのお願いを一切聞かずに遊び回っているだけの精霊たち。
そんな精霊が、アニカのお願いを聞いて水を出してくれたのだ。
進歩と言っても過言ではない。
この一歩が大精霊使いとなる礎となるのだ。
千里の道も一歩から。塵も積もれば山となる。大きなウレサは小さなアリエッタの集合である。
そういうことだ。
イノシシとの模擬戦を繰り返すこと3日。
漸く勝てるようになってきた。
といっても、かろうじて勝ちを拾える程度である。
1週間もすると、勝率が5割を超えてきた。
俺の戦闘技術が上がったというよりは、単純に刀の熟練度が上がったからだろう。
現在値は63にまで上がっている。
しかし今回は今までと比べると上昇の仕方が緩やかだ。
普通なら100まではさっさと上がり、その後ゆっくりと上がっていく。
だがタイムの打った刀はかなり特殊だ。
まさかの熟練度が下がる、といったことが起こった。
今まで下がったことなどないので、下がったときは自分の目を疑ったものだ。
タイムが言うには、上がり方自体は変わらないけど、打ち込みを仕損じると熟練度が下がる、とのこと。
そういう重要なことは最初に言って欲しかった。
タイムも空に向かって「聞いてないよ!」と言っていたので、本人も忘れていたのだろう。
「はうっ!」とビクついた後、「そうだっけ」と惚けていた。
つまり使い熟していないと思われる行動を取ると、熟練度が下がるということだろう。
厄介な仕様である。
それでも、この切れ味は侮れない。
熟練度が100を超える頃には、全戦全勝できそうな勢いだ。
ところがだ。タイムがまたやらかしてくれた。
「そろそろ変化が欲しいよね」
と勝手なことを抜かしてきた。
確かにそうではあるが、勝てたとしても辛勝が殆ど。
楽勝だったことは一度も無い。
ましてや完勝なんてまだまだ先の話だ。
なのにどういう変化をしようというのだ。
タイムさん、スパルタが過ぎやしませんか?
そう思っていたら、現れたのは小鬼だった。
イノシシと小鬼の同時攻撃は予想していた。
だがこいつの思考はその上を行っていた。
ただの小鬼ではない。
「小鬼乗狼だよ!」
そう、現れたのは小鬼ライダーだった。
だが待って欲しい。
「何処が小鬼乗狼だよ……」
そう。
目の前にいたのは小鬼乗狼なんて可愛いものではない。
何故なら小鬼が乗っていたのは……
「オオカミでもイノシシでも、乗っていることに変わりはないよね」
つまり小鬼乗猪と言いたいのだろう。
……確かになにかに乗っていれば、全部そういうことになる。
「あーなるほどねーって、納得できるかー! バカなの? オオカミとイノシシが同じだとでもいうのか? あれか、〝真説 3匹の子豚〟はオオカミの代わりにイノシシが出てくるのか? ありえねーよ!」
「うきゅわ!」
あ、しまった。
久しぶりにやってしまった。
あー、イッヌが携帯の中で[探さないでください]と書かれた看板の後ろに隠れて震えている。
「モナカくん、突然大きな声を出してどうしたの?」
そういえば、アニカも居たんだった。
すっかり忘れていたよ。
龍魚が言うことを聞いてくれてよほど嬉しかったのだろう。
最近では龍魚で水芸をして遊んでいることが多い。
単に龍魚がそうやって遊びたいだけだった、とか考えてはいけない。
でも今はタイムが優先だ。
別にタイムは悪くない。
俺のことを思ってやってくれているのだから。
ちょっと行き過ぎだけれども。
そうだな。戦う前から諦めてたらダメだよな。
それにHP全損したところで死にはしない。
当たって砕けろ……ではないが、やってやろうじゃないか。
「その、俺が悪かったよ。タイムは悪くない。俺に覚悟が足りなかっただけだ。だからお願いします。やらせてください」
携帯に向かって頭を下げる。
端から見たら、異様な光景だろう。
「モナカくん?! 真っ昼間からなにを言い出すんだい?」
何も彼にも、ただの謝罪だ。
今できることは頭を下げることくらいしかない。
普段のようにご機嫌を取ればいいという場面ではないからだ。
「や、やめてよ……その、〝覚悟〟とか〝お願い〟とか〝やらせて〟とか。アニカさんに勘違いされてるじゃない」
ん? なにか勘違いするような要素、あるのか?
……なにと?
などと考えていると、頭を撫でられた。
タイムが携帯から出てきてくれたようだ。
「うん、ちゃんと伝わったよ。タイムとマスターは心も身体も繋がっているんだから、分かってるよ」
「心も身体も繋がっている?!」
「ちょっと外野は黙ってて! 今いいところなんだからっ」
「あ……はい、ごめんなさい」
「マスターは悪くない。タイムがちょっと先走っちゃっただけだから」
「それはいつものことだから、気にするな」
「ぶー、なにそれー」
「あははは、タイムはそのままでいいんだよ。変に変わる必要は無いさ」
「うん、分かった……。マスターも、変に変わらなくていいよ」
「そうか? なら逃げるなよ」
「はうっ! ぜ、善処します」
頭を撫で返してやると、タイムはいつものようにだらしない顔になった。
この顔を見ると安心する。
この顔が見られるのなら、いつまでも頭を撫でていられる気がする。
ひとときの安らぎ。
それをタイムが与えてくれる。
このだらしない顔を守るためにも、強くならなくては……
「タイム」
「ん?」
「ありがとう」
「ううん、こっちこそ、ありがとう」
「ふっ、そっか。じゃあ早速やろうか」
「うん!」
次回は修行パートラストかな






