第58話 刀工タイム
フラグ回収!
今使っている野太刀の熟練度は255になっている。
だからこれ以上切れ味がよくなることはない。
そろそろ買い換え時か。
買い換えるといっても、どれもこれも銘が入っていない物は大差がない。
だからといって、銘が入っている物になると、途端に値段が跳ね上がる。
昨晩、ぼんやりとモデルストアを眺めてみたが、お手頃で良さそうなものは見つからなかった。
脱初心者用の刀がないのだ。
野太刀を大太刀に変えたところでたかが知れている。
手詰まりというやつだ。
こうなってくると、もう技術でどうにかするしかない。
イノシシに伸されて青空を仰ぎ見ながらそんなことを考えていると、タイムが顔をのぞき込んできた。
「ね、マスター。渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
「あのね……じゃーん!」
タイムが見せてきたのは一振りの刀だった。
タイムがいつも使っているものかと思ったが、それよりは大きい。
受け取って鞘から抜いてみると、綺麗な刃文が入った野太刀だった。
使い勝手は以前のものと変わらなさそうだ。
だが、熟練度は30に戻っている。
違うものでも、同種のものなら熟練度は共通のはず。
ということは、ただの野太刀ではなさそうだ。
「これは?」
「えへへ、これはねー、タイムが打ちました!」
「……はあ?!」
いつ何処でどうやって打ったんだ?
そもそも原材料は?
玉鋼だっけ……そんなもの、ここで手に入るとは思えない。
つまりは、これもモデリングデータってことだろう。
でもタイムは〝打った〟と言っているし……うーん。
まさか革鎧とか板金鎧まで……いや、甲冑まで作るつもりじゃないだろうな。
それとも遠距離攻撃用に和弓とか。
タイムは魔法もどきが使えるんだから、俺も使えるようにしてくれないかな。
それはいいとして、とりあえず試し切りというわけでもないが、小鬼を相手に使ってみることにした。
なにしろ熟練度が30しかない。
それはつまり本来の威力の3割しか引き出せないという意味だ。
そんな状態でいきなりイノシシと対峙する度胸も技量も無い。
だから小鬼だ。
昨日全敗したから鬱憤晴らしをしたいなんて、これっぽっちも考えていないからな。
あくまで試し切りだ。
結果から言うと、さっさとイノシシを相手にしよう……である。
切れ味というかなんというか、よくバターを切っているみたいというのを見かけるが、これは豆腐を切っているかのように抵抗がない。
もちろん、高野豆腐などではない。普通の絹ごしだ。
まさかタイムがこれほどの業物を打てるとは……
本当にタイムが打ったのかと疑いたくなる代物だ。
国宝級の切れ味を知らないから比べられないが、今までのものは刃引きされていたのではと思いたくなるほどだ。
これならイノシシ相手でもダメージを与えられるかも知れない。
とにかく、1勝を挙げることを目標にしよう。
さて、イノシシを相手にするわけだが、昨日の模擬戦ではほぼダメージを与えられなかった。
それはなにも攻撃が当たらなかったからではない。
単純に刃が毛皮を通らなかっただけなのだ。
刃を通すだけの筋力が無いともいえるのだが、切れ味がもう少し欲しいところだ。
今回はタイムが打ってくれた刀がある。
これなら必ず刃が通るはずだ。
そしてHPが全損したのは、今まで回避をほぼタイム任せにしていたから、自分自身の回避能力の低さが原因だ。
だから今回は……いや今後はタイムのサポート抜きで戦うことにする。
もちろん実戦ではHPが全損したら死んでしまうので、タイムにお任せすることも吝かではない。
だが模擬戦ならいくらHPが全損しようとも死ぬことはない。
受けた痛みや傷も全て幻痛とARによるテクスチャマッピングなので、タイムの意思1つで無かったことにできる。
ただし筋肉痛は別だ。
……いやちょっと待って。幻痛ってなんだよ。
そんなことまでタイムはできるようになっているのか?
怒らせたら幻痛でお仕置きされてしまうのだろうか。
痛いのはヤだな。
それはともかく、身体を動かす基本は筋肉だ。
今では力こぶもきっちりできて、腹筋も割れ始めた。
けっこう身体が引き締まってきたのを実感できる。
〝人工筋肉〟による育筋効果は、たった半年で劇的なものだったといえる。
そして筋肉を動かすのは脳みそだ。
よく〝脳筋〟と馬鹿にする意味で使われているが、脳も鍛えていないと筋肉は動かないのだ。
だから筋肉の動かし方を脳に学習させる。
それをできるのが〝刀修練〟だ。
そしてそれらで積み上げたものを、イノシシにぶつける。
ダメージが通るからといって倒せるかは分からない。
それでも、昨日とは違うところをタイムに見せてやろうじゃないか。
イノシシの設定は好戦的にしている。
そうしないと、逃走一辺倒なのだ。
山で会ったときも、一目散に逃げ出したから分かるだろう。
なので、そこは本物と違うところだ。
それ以外のところはイノシシとの交戦記録から、タイムが行動アルゴリズムを解析してスクリプトを組んだという。
……マジ?
小鬼のスクリプトを参考に組んだというのだが、この短期間によくやれたものだと感心しかない。
交戦記録が少ないから、実際とは違うのだろう。
だがそこは問題にならない。
問題になるほど、イノシシに勝てないからだ。
今はこのイノシシに勝つことを考えよう。
基本的に突進しかしてこない。
下手な小細工をするよりも、突進を躱したところに刀で斬りつけるだけでいいだろう。
カウンター戦法だ。
簡単なようで、これが意外と難しい。
躱すのが早すぎると、軌道修正して体当たりを食らってしまう。意外と賢い。
だからギリギリを見極めて躱すのだが、昨日はそれができずにビシバシ食らって伸されていた。
今日はどうかというと、昨日よりは躱せてはいるが、やはり5回に1回は食らってしまっている。
まだまだ難しい。
肝心の刀の切れ味はというと……いやはや、もうタイムに足を向けて寝られないな。
きっちりと刃が通ってダメージを負わせている。
とはいえ、きっちり打ち込まないと毛皮ではじき返されるのは変わらない。
だがしっかりと踏み込んで打ち込めた刃は、体毛を切り裂き、皮膚を貫通し、肉の感触をしっかりと手に伝えてきた。
これならいける!
などと慢心した所為か、1戦目は3割減らせたところで、俺のHPが全損してしまった。
だがこれは貴重な1歩だ。
昨日はきっちり打ち込んでも、皮膚を切り裂くだけで肉までは切れなかった。
ところが今日はきっちりと肉まで切れる。
「タイム」
「なに? マスター」
俺は大の字にぶっ倒れたまま青空を見上げて、タイムに貰った刀を掲げた。
「ありがとうな」
「うえぇ?! 突然なに?」
「こいつのお陰で、なんとかやれそうだよ」
「そ、そう? うへへへ、ぃよし」
小さくガッツポーズを取るタイム。
なにが〝よし〟なんだろう。
頭を撫でてやりたいところだが、今は携帯の中にいるから無理だ。
よし、今日はフブキの背中を独り占めさせてやろう。
本日の戦果は……全戦全敗。泣きたくなってきた。
しかし、それでもイノシシのHPを6割減らせるようになった。
明日には倒せるようになるだろう。
刀の熟練度も37に上がっていた。
たった37であれだけの切れ味だ。
100まで熟練度を上げられれば、余裕で倒せるようになる。
夕方、フブキの散歩に出かけたのだが、何故かタイムの機嫌を損ねてしまった。
なんでだ?
タイムが使っていた刀は結構デカいんです
次回、モナカがタイムに"やらせろ"と迫ります






