第56話 力の差
エイルはイノシシをじっと見つめている。
自分の狙撃弾は傷1つ追わせることができなかったのに、タイムの火球はいとも簡単に傷を付けられたことにショックを受けていた。
せっかく父さんから譲り受けたというのに、全く使いこなせていない。
この先素材集めで自分は戦力としては役に立たないのではないか。
……それでもいいのかも知れない。
役割分担というやつだ。
戦闘はモナカやフブキに任せておけば良い。
自分とアニカは収集に精を出す。ただそれだけだ。
恥じることはない。
工房のものは、大抵狩猟なんてできない。
オオネズミならともかく、ゲンコウ種に立ち向かう者などまず居ない。
エイルの父が特殊なだけだ。
だから気にする必要は無い……無いのだ。
「エイル、どうした? イノシシの牙が折れているのか?」
「モナカ……折れてるのよ」
「ホントか?」
イノシシはボコボコになってはいたが、辛うじて原形をとどめている。
この肉は食べられるけれど、売り物にはならないだろう。
いくら俺が大食漢とはいえ、これだけの量を食べきるのは幾日かかることか。
その間に肉が傷んでしまうかも知れない。
そもそも保存しておく場所もない。
それよりも牙だ。
今回の目的は牙なのだから、肉や皮は二の次だ。
それなのに折れてしまっていては、使い物にならない。
素材が全く取れないのでは、イノシシに申し訳なく思う。
「悪かったな。タイムが暴走したせいで」
「問題ないのよ。折れたのは一本だけなのよ。もう一本は無事なのよ」
よく見ると、エイルの言うように折れているのは一本だけのようだ。
もう一本は折れておらず、かなり立派な大きさだ。
「そっか。じゃあもうイノシシ狩りをする必要はないってことか」
「そうなのよ……」
「良かったじゃないか。またこんな大変な思いしなくて済むんだから」
「そうなのよ……」
「情けないよな。俺護衛なのに全然役に立たないどころか、タイムに助けられるなんてな。マスター失格だ、ははっ」
「そうなのよ……」
「いやいや、そこは笑って否定してくれよ」
「そうなのよ……」
「あ……うん」
心ここに在らずといった感じのようだ。
上の空でなにを言ってもエイルの耳には届いていない。
ともかく、いつまでもここに居ても仕方が無い。
イノシシを解体場まで……どうやって運搬しよう。
「なあエイル。これ、どうやって運ぶんだ?」
「そうなのよ……」
ダメだ、完全に落ち込んでいやがる。
どうしようか……
タイムだったらギュッてして頭を撫でてやれば済む話なのだが……
とはいえ、俺は他にやり方を知らない。
だからタイムにしてやるのと同じように、エイルをギュッてして頭を撫でてやった。
「な、いきなりなにをするのよ!」
「あ、やっと違うことをしゃべった」
「なにがなのよ」
「さっきから〝そうなのよ〟としか言っていなかったぞ」
「そんなことないのよ。うちはそんな弱い女じゃないのよ」
「はは、そうか。それは悪かったな」
「そうなのよ……バカモナカ」
と言いつつも、俺は頭を撫でるのを止めなかった。
エイルもそれ以上はなにも言わず、身を委ねていた。
「エイルさん、ごめんなさい」
「なにがなのよ?」
「エイルさんの撃った弾を弾いたのは、タイムの結界なの」
「……そうなのよ。別にいいのよ。気にしないのよ」
「うゆ……ごめんなさい。だから、今はマスターを貸してあげます。存分に堪能してください」
「おいおい、俺はタイムの所有物じゃないぞ」
「うちもこんなの貸されても困るのよ」
「〝こんなの〟はないだろ」
「むー、だったら離れてください」
「貸してくれたものを無下にするのよ、相手に悪いのよ。ちゃんと堪能してから返すのよ」
「ぷぅー、素直じゃないな」
俺の意思は関係ないのか?
良いけどさ、どうせそういう宿命なんだろうから。
エイルは俺の胸に顔を埋めて腕を後ろに回してきた。
本当に堪能するんだな。
さて、あれだけ大きいイノシシだ。
空間収納とかがあれば苦労はしないのだが……
無い物ねだりをしても仕方がない。
「それでエイル、イノシシはどうやって運ぶんだ?」
「フブキに担いでもらえば良いのよ」
「フブキに?! 重くないか?」
「モナカはフブキを過小評価しているのよ。あのくらいなら余裕なのよ」
さすがは荷物運びのプロといったところか。
当然ではあるが、鞄には入らない。
だからフブキの背中に括り付ける形になる。
とはいえ、背中に乗せるだけでも一苦労では?
そんな疑問もあったが、フブキが自分で咥えて背中に投げ乗せたのだ。
どんだけ力があるんだ?
もしかしたら、今回はタイムが袋叩きにしたけれど、素材のことを考えずに狩るだけなら、フブキも同じことをやれたのではないか。
それを考えると、やはりタイムよりフブキの方が賢いのではなかろうか。
いや、冷静なだけだろう。
さすがエイルに〝冷たい奴〟と言われるだけのことはある。
解体場までは俺が先頭に立ち、しんがりはマジカルタイムがしている。
その外側を四盾結界で防御していけば、安全にたどり着けるというものだ。
無事解体場に着いたのはいいが、そこで再び問題が起きた。
イノシシが解体できないのだ。
肉がグズグズなのは、触れば分かる。
ところが、皮膚と毛皮は健在だ。
エイルの持っている解体用ナイフでは歯が立たないのだ。
無理にやればやれなくもないだろうが、一体何時間かかるか分からない。
「仕方ないのよ。協会で解体を依頼するのよ」
「協会でも解体してくれるのか?」
「大型の動物のよ、手数料を払えばやってくれるのよ」
イノシシを再びフブキの背中に括り付け、協会に移動する。
解体を依頼し、後日引き取りに行くことになった。
エイルだって女の子なんです
ちょっとくらい弱みを見せても良いよね
次回はタイムが正論を言います
タイムに言われたら、イラッとしますか? それともしませんか?






