第54話 |火球《ファイヤーボール》(物理)
サブタイトルに振り仮名が使えないのはなんでだろう
ま、気にせず振るけどさ
エイルの放った弾丸は、音もなく発射され、空気を切り裂いて飛んでいった。
その瞬間に、地図上に〝Go!〟サインが表示される。
上空から監視している最弱が、エイルの動向を確認し、詠唱銃から魔力弾が発射された瞬間に合図を送ったのだ。
その誤差、0.01秒未満。
〝Go!〟サインを見てから行動を開始するときには、既に着弾していた。
着弾を確認して行動するよりは早いのだが、そこまでシビアな相手なのかは、考えないことにしよう。
いずれはその差が致命傷になるやつも現れるだろうから、その為の訓練みたいなものと思えばいい。
エイルの放った魔力弾は見事に後ろ足の太ももに当たった。
当たったはずだ。
通常弾より威力が上がってはいるものの、子供の魔力ではそこまでの威力にはならない。
せいぜい、大人の放った通常弾と同じか少し低い程度だろう。
そこを計算していなかったのだ。
お父さんの放った魔力弾を見て、それと同じだと思っていたエイルの誤算だ。
使用者によって威力が違うのだから、かなり特殊な魔法杖と言わざるを得ない。
普通の魔法杖ならそのようなことは起こらないからだ。
オオネズミ程度ならば、この程度の威力でも確実に仕留められただろう。
だが、イノシシの、しかもかなり大きめの個体だ。
皮膚もそうだが、体毛も食した鉱石によって硬質化さされた鎧の前では、豆鉄砲にしか過ぎない。
魔力弾は弾かれて、かすり傷1つ負うことはなかった。
エイルは驚愕の表情をし、自分の魔力の低さを再認識したようだ。
常日頃からトレイシーさんに言われていたことを実感してしまい、次に取るべき行動に移れずにいた。
俺はイノシシに突撃しようとしたが、魔力弾が弾かれるのを見て、踏みとどまってしまった。
フブキが予定通り、飛び出していたのにもかかわらず。
オオネズミを通常弾でバタバタと倒していたのに、威力の上がっている狙撃弾が全く通用しなかったのを目の当たりにしてしまい、自分の持つ刀も通用しないのではないか……
そう思ってしまったから、二の足を踏んだのだ。
しかし、フブキに後れを取るまいと、再び駆けだした。
イノシシがフブキに気づいて――というか、魔力弾を意にも介していなかったのか、こちらには全く気づいた様子がなかった――逃げようと走り出したが、フブキはそれに反応して体当たりを食らわせた。
体勢を崩しはしたものの、逃げ足を止めるには至らず、そのまま走り去ろうとした。
俺が躊躇わずに駆けだしていれば……そう思った矢先のことだ。
イノシシが逃げだそうとしたが、なにもないはずの空間で壁のようなものにぶつかった。
正三角形の黄色い光が輝き、イノシシの逃亡を防いでいた。
よく見ると、その三角形の頂点にタイム四天王のうちの3人が居た。
「「「やったー! 秘密特訓その1! 四盾結界成功だー!」」」
タイムは着弾と同時にイノシシが逃げられないよう、結界を張っていた。
そしてフブキと俺が突撃するのを見て、その包囲網を狭めたのだ。
あいつ、そんなことをやっていたのか。
あの配置にはちゃんと意味があったんだな。
って、その1? まだあるの?
「じゃあ今度はタイムの番だね」
マジカルタイムがそう言うと、ステッキを掲げた。
すると、バスケットボール大の火の玉が現れた。
「秘密特訓その2! 火球行っちゃうよー。ファイヤァァァ」
ステッキをグルグル回すと、その先の火球も一緒に回った。
「ボォォォル!」
ステッキを前に振りかざすと、火球がイノシシ目がけて飛んでいった。
イノシシはその場から逃げようと何度も何度も突進するが、四盾結界を破れずにいた。
結界に体当たりを食らわせているイノシシに、火球が鈍い音を立てて脇腹を直撃した。
脇腹にめり込んだ火球がギュルギュルと回転している。
イノシシの絶叫が辺りに木霊する。
回転を止めた火球が地面を転々と跳ねて転がった。
そして最後に弾けて消えたのだった。
……あれ?
火球ってこういう魔法だったっけ?
「えー?! なんでなんで? ちゃんと組んだはずなんだけどなー。何処か間違えた?」
どうやらタイムの思惑とは違う動きをしていたらしい。
というか、〝組む〟ってなんだ?
独自の魔法式でも組んだというのか?
でも俺とタイムは魔法が使えないはずだし。
だからああいう火球になったのか?
イノシシの脇腹は、火傷というよりは完全に打撲の痕になっていた。
もしかしたら肋骨も折れているのかも知れない。
そんなフラフラな状態になりながらも、まだ逃げようとするイノシシ。
そんなとき、後方の四盾結界が反応し、なにかを弾いて光り輝いた。
新たな敵に後ろを取られたのかと思い、振り返ってみたがなにもいない。
今のはなんだったのだろう。
アニカは自分もなにかできないかと、精霊を呼び出していた。
だが、火蜥蜴はまるで〝遊んでー〟と言っているかの如く、足下でゴロゴロしているだけだ。
龍魚も周囲を泳ぎ回っているだけで、言うことを聞いてくれない。
鎌鼬に至っては、召喚に応じすらしなかった。
「もー、どうして言うことを聞いてくれないんですか? お願いしますから力を貸してください。みんな大変なんです!」
そんなアニカの願いも虚しく、精霊たちはアニカに戯れ付くのだった。
エイルは、自分の撃った狙撃弾が全く通じていないことに衝撃を受けていた。
自分の魔力はここまで弱かったのか、と。
エイルの知識は本当に素晴らしいものがある。
父でさえも知らなかったことを、父に教えられるほどに。
良くそんな発想が思いつくものだと、いつも父に褒められていた。
しかし、それらの発想も、エイルの弱い魔力では実現できないものがほとんどだった。
だからこそ、父はエイルの発想を不思議に思っていた。
普通は自分にできることしか思いつかないものだ。
できないことを思いつくのは、頭がかなり柔らかくなければ無理だ。
その上荒唐無稽なことではなく、実現できることを考えられるのも異彩を放っていると考えた。
そうやって父に認めてもらえたことが、エイルにはとても嬉しかった。
理解してもらえることが楽しかった。
誰も理解できなかったことを、父は理解できる。
だからエイルは父を尊敬していた。
そんな父から譲り受けた詠唱銃。
これもエイルの発想から、父が作り上げたものだ。
だから世に出回っている詠唱銃とは全くの別物だ。
エイルの発想から作られたとはいえ、当然父の発想も盛り込まれている。
ただ作れるだけではなく、自分の発想も組み込める。
もしかしたら、エイルは尊敬どころではなく、崇拝していたのかも知れない。
そんな父が作り上げた詠唱銃を、父が使っているのをいつもそばで見ていた。
使い方は分かっているつもりだった。
だが、どうやらエイルが自分で発想した部分は理解していたが、父が組み込んだ部分は理解できていなかったようだ。
確かにエイル自身の魔力が弱いことも原因だろう。
だが、この詠唱銃にはそれを補う機構が組み込まれていたのだ。
今回のことでそれに気づいた。
魔力を込めれば込めるほど、威力が上がるのだ。
もちろん、込めすぎると制御ができなくなり、暴発したり狙いが定まらなかったりする。
自分の限界を見極め、じっと狙撃する瞬間を待っていた。
そしてその瞬間は訪れた。
タイムの放った火球がイノシシに当たり、動きを止めたのだ。
科学世界の火球はこちらのものとは随分と違うななどと思いつつ、狙いながらしっかり魔力を練り込んだ最高の威力の魔力弾を撃った。
空気を押しのけ、弾の周りの空間を食い散らかしながら駆け抜ける。
だが、その最高の魔力弾はイノシシに届く前に、なにかに当たって弾かれてしまった。
エイルは再び己の無力さに打ち震えることになるのだった。
こういう火球は如何ですか?
次回、またタイムがイノシシ相手にぶち切れます






