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第50話 搾れるところからは搾り取る

 タイムが2人を包み被さると、辺りに肉の焼ける嫌な臭いが(ただよ)……うことはなかった。


「2人とも、兄妹喧嘩をしたらダメですよ」

「……?」


 タイムは元の大きさに戻り――ただしペラペラのまま――、2人を抱きしめていた。

 よくは分からないが、アニカとフレットは焼けていないようだ。


「熱くない?」

「え、どうして?」

「えっとねー、アニカさんがイフリータさんを〝アレ〟って呼んだときに、すっと熱が消え去ったの」


 そう言われてイフリータを見ようとしたか、いつの間にか居なくなっていた。

 何処に行ったのだろうと探してみると、木陰からアニカをじっと見つめている小さなイフリータが居た。

 あれだけ存在感が大きかったのに、今や注意して見ないと分からないくらい希薄になっていた。


「イフリータ?」


 アニカがそう呼ぶと、嬉しそうに走って近づいていった。

 そして近づいてきたイフリータの頭を、アニカは思いっきりグーで殴った。


「?!」

「次やったら……分かってるよね」

「はっ、肝に銘じておきます」

「お前、肝無いだろ」

「うぐ、ルゲンツも人が悪いのお」

「悪いのは誰だっけ?」

「……主様であります」

「イフリータもでしょ!」

「我は契約に基づき、行動しただけなのじゃ。悪くないのじゃ」

「とにかく、もうモナカくんを傷つけないでよ」

「……ふう。分かっておる」

「なら、イフリータの分は兄さんに償って貰おうかな」

「アニカ?! それは兄にキツすぎないか?」

「モナカくん、どうしたら2人を許してくれるかな。もちろん、許さなくてもいいんだけど」


 唐突にこっちへ振ってきた。

 いや、まあ言いたいことが無いわけでもないが、シスコンになにを言っても無駄だろう。

 なので、当事者に任せることにした。


「俺は別に実害ないからな。全部タイムに任せる」

「にゃ?! タイムに??」

「被害を受けたのは俺じゃなくてタイムだからな。気の済むようにしたらいい」

「んーと。じゃあね、お兄さんはどうしてアニカさんのことを〝弟〟って呼んでるの?」


 あ、そこ聞いちゃうんだ。

 あえて触れないようにしていたのに。


「む? なにを申すか。俺はずっと〝妹〟と言っていたぞ」

「嘘だあ。ちゃんと〝弟〟って言ってたもん」

「それは……アレだ。熱で意識が朦朧(もうろう)としていたから聞き間違えたのであろう」

「そ、そうかな……」

「よく見ろ。ほら、こんなに可愛いアニカが男の子な訳ないだろ? な?」

「そうなんだけどー」


 それでも納得できずに首をかしげているタイム。

 何故お前はその程度で言いくるめられてしまうのか。

 もうちょっと粘れよ。

 まあ、タイムにその辺を期待しても無駄だろう。

 しかし、フレッドが「ふう」と胸をなで下ろしていたのを、俺は見逃さなかった。


「イフリータさんはー」

「我もなのか?!」

「んとね、ご主人はちゃんと選んだ方がいいよ」

「それはもっともなことなのじゃが」

「なんだと!」

「1度決まったことじゃ。簡単には変えられんのじゃ」

「なんで選んじゃったの?」

「うむ、成り行き……じゃな」

「貴様! 〝成り行き〟とはなんだ! 俺様に屈服したからに決まっておろうが!」

「……じゃそうじゃ」

「ふう。お互い苦労しそうだね」


 お互いとはどういう意味だろう。


「おぬしもなのか」

「意味は違うけどね」

「そうなのか」


 どう意味が違うというのだ?


「じゃ、後はエイルさんに任せるー」

「うち?!」


 今度はエイルに火の粉が飛んでいった。

 ほぼ蚊帳の外だっただけに、〝どうしてうちに?〟という顔をしている。

 まさかとは思うけど、最後はフブキに振る……なんてことはないよな。


「うちは特に……そうなのよ!」


 なにかを閃いたらしいエイルが、フレッドに詰め寄る。


「アニカちゃんの養育費を請求するのよ」

「な、なんだと?!」

「当たり前なのよ。食い扶持が1人増えるだけでも大変なのよ。うちは小さな工房なのよ。タダ飯は食べさせられないのよ。今月も赤字なのよ。真っ赤っかなのよ!」


 なんだろう。

 その言葉たちが俺の胸に何度も何度も深く突き刺さってくる気がする。

 タイムよ、そっとしておいてくれ。

 頭を撫でられると余計深く食い込んでくる気がするから。


「エイルさん、それはボクが自分で稼いでちゃんと入れますから」

「それは当たり前なのよ。それとは別に請求するのよ」

「貴様、それはがめつくないか」

「別にいいのよ。可愛い可愛い妹が見窄(みすぼ)らしい食事をしても構わないのよ?」

「ぐ……」


 それ絶対脅し文句だろ。

 トレイシーさんがそんなことするわけがない。

 それは、俺の食事風景が物語っている。


「それはボクの稼ぎが足りなければ、受け入れるべきことですから。兄さんが気にすることではありません」

「……分かった。幾ら払えばいい?」

「兄さん!」


 エイルは身分証を取り出すと、フレッドの身分証にタッチした。


「これを毎月初めに入れるのよ」

「これは……少し多くないか?」

「構わないのよ。ボロボロの着古しを着ていればいいだけなのよ」


 それも絶対トレイシーさんがさせないよな。

 背格好はエイルと似通っているアニカ。

 トレイシーさんはエイルのために、女の子っぽい服も買っている。

 しかしそういった服はエイルが着てくれない。

 だからタンスの肥やしになっているのだ。

 それを、これはチャンスとばかりにアニカに着せようとした。

 アニカは女の子っぽい服が苦手ではあるが、せっかくの好意なので断ることもできずに着ている。

 胸の辺りに少し隙間ができていたが、その程度の仕立て直しならトレイシーさんはちゃちゃっとやってしまう。

 今ではアニカのために買ったのではないかと思うくらい、ぴったりだ。

 もう少し早く着てくれていれば、俺も変な勘違いをせずに済んだものを……

 ま、それは余談だ。


「分かった! 分かった! それで成立だ」

「分かればいいのよ」


 そんな感じで、今回のことは納めることになった。

 というか、お兄さんと和解したんだから、アニカも家に帰ればいいんじゃないのか。

 そんなことをタイムに言ってみると、もの凄い剣幕で『それは絶っっっっっっ対に、言っちゃダメだよ!』と怒られてしまった。

 まあ、お兄さんとは和解してても、お父さんとはまだだから無理だよな。

 とか思うと、『そういうことじゃないの。はぁ、ホントにこのマスターは』と呆れられてしまった。

 家族は一緒が一番なのに、と思っただけなんだがな。

 俺たちのような素人護衛ではなく、本格的な護衛が付いてくれる。

 俺みたいにエイルに世話にならなければ生活できないような体質でもない。

 俺みたいにお金に不自由することもない。

 良いことしかないのに、なにが悪いのだろう。

 とにかく、来年の試験に向けて、第一歩が踏み出せたということだ。

次回で第3章は終了です

モナカとタイムの1つの形というものが、できたかなーと

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