第49話 裏アニカ
どうしてこうなった……
アニカはこんな子になる予定では無かったのに
アニカは夢心地になっていた。
いきなりあんなに激しくされたら、普通なら痛いのだろう。
それなのに、相手がモナカだったからなのだろうか、身体が敏感に反応してしまったようだ。
或いはモナカがアニカを傷つけないように加減していたからだろうか。
どちらにしても、アニカは不快な気持ちにはならなかった。
自分の身体の反応に戸惑いを感じながらも、なすがままに身を任せた結果だ。
そんなフワフワとしたいい気分に浸っていたのに、刺々しい声が聞こえてきた。
なにかと思って視線を巡らせてみれば、兄が大切な人を傷つけている真っ最中だった。
極上の気分から、最悪へと急転直下した。
「兄さん? なにをやっているのですか」
「うわっ!?」
アニカのやつ、目を覚ましたのか?
まあ、気絶していたわけではないのだろうけれど。
いつの間にか、フレッドの後ろに立っていた。
「アニカ、目を覚ましたのか。良かった」
「〝良かった〟、ではありません。なにをやっているのですかと聞いているのです」
「なにって……俺の可愛い弟を汚す輩を滅殺しようと――」
「それはつまりフレッドを滅殺するということでしょうか」
「ちょっ、待て弟よ。何故兄を滅殺しようとするんだ」
「たった今御自分で仰ったではありませんか。ボクを汚す輩を滅殺すると」
「や、だからそれは……モナカとかいう不埒者をだな」
「モナカくんはボクの大切な友達だよ。フレッドとかいう不埒者と比べるべくもない大切な人だよ」
「な、なにを言い出すのだ、アニカよ」
「イフリータ」
アニカに呼ばれたイフリータは、タイムから離れてアニカの元へと馳せ参じた。
タイムがその場に崩れ落ちる。
俺が抱きかかえようとしたら、「触っちゃダメ」と拒否られてしまった。
「君もなにをしているのかな」
「我は1度断ったのじゃがな。主様に命じられた故――」
「だからなんなの? とにかく止めなよ。じゃないと2度と口を――」
「我は主様に逆らえぬのじゃ。だからすべては主様が悪いのじゃ。我は悪くないのじゃ」
「へー、そうなんだ。イフリータ……」
「うむ?」
「タイムさん、大丈夫ですか?」
「アニカ!?」
「ルゲンツ!?」
アニカがイフリータとフレッドを放置して、タイムに駆け寄った。
ここでもやはりタイムは「触っちゃダメ」と言っている。
タイムの身体から陽炎のようなものが立ち上っているのが見える。
もしかして、ものすごく熱くなっているのか?
「タイム、身体は大丈夫なのか?」
「平気だよ。ちょっと、熱いだけ……」
「ちょっとって……痛みを感じるんだから、熱だって感じるんだろ!」
「大丈……夫だよ。タイムは、溶けたり、しないよ」
息も絶え絶えに、苦しそうな表情を見せる。
タイムがイフリータの抱擁を防いだとき、身を焼かれるような熱を感じていた。
しかし感覚だけであり、身体には影響を与えなかった。
それは身体が燃え尽きることはないのに、延々と焼かれるような熱だけを感じてしまうということである。
炭化して神経が消滅して感じなくなる、といったこともない。
地獄の釜ゆでのようなものであろうか。
「どうすればいいんだ?」
「おいクズ!」
「あぐっ」
アニカがフレッドの胸ぐらを掴んだ。
首が絞まり、声が出せなくなった。
「アレに命令して今すぐ止めさせろ」
「ううう」
「おい、返事は?」
フレッドは首を小刻みに縦に何度も振った。
アニカは投げ捨てるように、フレッドの胸ぐらを離した。
フレッドは倒れ込んで咽せた。
息を吸って落ち着こうとしていたところに、アニカが肩を蹴飛ばした。
「さっさとしろこのクズがっ」
「ひいっ……お、おいモナカ。アニカに手を出さないと誓え!」
「……あ?」
「貴様が手を引かない限り、その妖精はそのままだぞ」
「お前、なに言っているんだ。手を出すもなにも、アニカはただの友達だぞ」
「モナカくん!? それは酷くない?」
「酷くない! タイムとアニカのどっちを取ると聞かれれば、俺は迷うことなくタイムを取る」
「貴様! 俺の可愛い弟よりあんなちんちくりんの妖精を取るというのか?!」
「タイムはちんちくりんじゃ、ないよっ。……マスター、タイムは、このままでも平……気だよ」
「な、なにを言っているんだ。無理して立たなくていいんだぞ。フラフラじゃないか」
「大丈夫。でもマスター、最初に謝っておくね。タイムは、不貞をやらかします」
「いきなりなに言って……」
タイムはフラフラとしながらも、一歩一歩歩いていく。
何処へ行くのかと思ったら、どうやらフレッドのところへ向かっているようだ。
フレッドは、その鬼気迫る表情のタイムに気圧されて、なにが起こっているのか把握するのに時間が掛かった。
気が付いたときには既に遅く、タイムが目の前まで迫っていた。
逃げだそうと立ち上がろうにも、アニカに押さえられて不可能だった。
「アニカ、なにをやっているんだ。このままでは俺もお前も殺されるぞ」
「モナカくんにあんなこと言われたら、もう生きている意味はありません。兄さん、共に来世で反省しようではありませんか」
「ば、バカを言うな。俺はともかく、お前まで死ぬ必要はないだろ」
「ボクたちは一蓮托生ですよ」
タイムはそのままぐんと大きくなった。
普段は厚みがあるからあの大きさなんだと言わんばかりに、2人を包んで尚持て余すだけの大きさになった。
そのままくるりと2人の周囲を覆い包んだ。
「お二人とも、覚悟は宜しいですか?」
「ま、待ってくれ。弟は、アニカは助けてやってくれ」
「いえ、ボクも覚悟は決まっています。今更ボクだけ助かろうとは思っていません」
「やったのは兄だ。アニカは関係ない」
「巻き込んだのはボクです。ボクが居なければこんなことにはなりませんでした」
「なら、追い出した俺に責任がある。アニカは被害者だ」
「ゴチャゴチャとうるさいのです」
タイムが最後にそう言うと、その覆いを縮めていった。
「や、やめろ! アニカっ」
フレッドはアニカに覆い被さり、タイムから身をもってアニカを守った。
フレットの脳裏には、アニカが生まれたときから先ほどのことまでが刻々と浮かんでは消えていった。
何処で間違えたのか、何処で行き違ってしまったのか。
自分のしたことで、今度は妖精に殺されることになってしまう。
悔やんでも悔やみきれない思いが沸いていった。
そしてタイムの熱い抱擁が2人を覆った。
次回はエイルがちょっとだけ暴れます






