第7話 初めてのアプリ購入
漸くスマホアプリの登場です
といっても、普通なら標準装備のスキルですけど
追伸
「ナニか」を「管理者」に統一
「はが……!!」
突如、股間に強烈な痛みを感じて目が冷めた。
反射的に手で股間を押さえはしたが、痛すぎて声にならない。
「マスター?! 大丈夫ですか?」
返事をする余裕もない。いや、なにかを考える余裕すらない。
ただひたすらに痛い痛い痛い……っ、あまりの痛さに涙が出てきた。
「ノモ ラレロアアソ! エチ ソロシ ムヤーモ ム シムウ、ノモ アムナエモウナ!」
耳元で大きな声がしてハッとする。
女の子が俺の肩を掴んで叫んでいる。
誰、この子。もしかして、異世界人?
「サンムナムラカエウロ、エナナモヤ、シケロナロマム、サンムケムヤ、エキンムラシケム?」
なにを言ってるのか、全然わからない。翻訳されていないのかよ。
わからないことは全部タイムに聞けって言われていたっけ。
……大丈夫かな。とりあえず、肩に乗っているタイムに聞くしかない。
「うう、おい、タイム」
「はい、マスター」
「確か、翻訳アプリ、があるって、言ってたよな」
「言ってました?」
「言ってたよ。っ……機能して、ないのか?」
「えっと……言語相互翻訳っていうのを、パッシブで起動すればいいって」
アプリにもアクティブとかパッシブとかあるのかよ。
「分かった、ふぅ……やってくれ」
「えーと、どうやって起動するの?」
そこからかよ。管理者に教わってないのか。
「携帯と同じ? タイム携帯使ったこと無いから分かんないよ」
なんでそんなやつをサポートにしたんだ?
タイムの前に、アイコンの一覧が表示された。もしかしてこれがプリインストールされているアプリなのか?
基準はとことん俺じゃなくて、タイムなのな。
「えっと、ここ? ここをタッチすればいいの?」
タイムがアイコンの1つを手でタッチすると、アイコン表示が消えて、アプリが立ち上がったようだ。
「にょ!」
なにをそんなに驚くんだ、このヌッコは。
「うにゅ? 1言語につき1万円? かかるって出たよ」
無一文で放り出されたのに、いきなり1万円もかかるのかよ。
ていうか、〝円〟なんだ。
とはいえ、言葉が通じないのではどうしようもない。背に腹は代えられないか。
どうせ支払いは月末だし。なんとかなるだろう。
冒険者ギルドを探さないと、だな。
「分かった、払うから使えるようにしてくれ」
タイムが[OK]をタッチして、先に進める。
「えっと……どの言語?」
おいおいおい。
俺の目の前にも言語一覧がパッと出てきた。どれを選べばいいかなんてわかるはずもない。
「俺にわかるわけないだろ」
スクロールバーの大きさからしても、表示されている言語はごくごく一部なのだろう。
スワイプしてスクロールさせてみたものの、案の定ほとんどバーが動かない。
この中から彼女に通じる言語を選択できる確率は1%未満だ。
「あ、マスター。1番上が第1候補で、2番目が第2候補になっているらしいよ」
つまり、1番上が1番可能性が高いのか。
第1候補をタップしてみたものの、反応がない。スクロールはできるのに、選択はできないのかよ。
「じゃあ、1番上を選んでくれ」
「分かった……で、どうやって選ぶのかな」
その返しは予想してたから、驚かないぞ。
「うー、またタッチするの?」
タイムが1番上の言語を背伸びしてタッチした。
上着の丈が短いのか、ちらりと見えるお腹のくぼみが艶めかしくて、眼のやり場に困る。
まったく、小さいんだからもう少し考えて表示すればいいものを。
なんでムダにデカいんだ?
このウインドウ、タイムの身長に対して1.5倍位ないか?
「で、[OK]っと。できたー!」
えらいえらい。頭を撫でてやるとイッヌは尻尾を振って喜んだ。
……特になにか変わった感じはしないのだが。大丈夫か?
試しに話しかけてみるとしよう。
「あの、えっと……僕の言葉、分かりますか?」
女の子が眼を丸くして、こっちを見つめてきた。
「え、ええ、分かるのよ」
おお、通じたぞ。
タイムもホッと胸を撫で下ろしている。
「あなたのよ、異世界人なのよ?」
一発で正体がバレてるじゃないかっ!
いやいやいや、まだ疑問形だ。バレたのが確定したんじゃない。
ヌッコも耳と尻尾がピンと立ち、汗がたらたら流れている。
こいつ、汗かくのか? もしかして冷却水?
いや、お約束だと冷却水はおしっ……うん、きっと結露だなこれは。
「そこになにか居るのよ?」
「あ」
そうか。普通こんな手のひらサイズの人形が動いてたら、不思議に思うよな。
だから異世界人とか思ったのかも。
そういえば、自己紹介がまだだったな。
異世界人だってことは、とりあえず伏せておこう。
「えーとですね、僕はモナカっていいます」
『マスター?! モナカってなんですか?』
『異世界で真名なんか晒せないだろ。そもそも〝クーヤ〟が俺の名前かも分からないんだから』
「で、この子はタイムです」
『なんで選りに選って……』
『……タイム?』
「あ、はい」
両手でスカートの裾を摘まんで少し持ち上げ、左足を後ろに引き、右膝を軽く曲げて背筋を伸ばしたまま挨拶をする。
フィギュアスケートなんかでよく見る挨拶だ。
「ご紹介に預かりました、マスターのサポーターの――」
「うちはエイルなのよ」
タイムの自己紹介を遮るように被せてきた。
「えーとのよ」
タイムをじっと見つめている。
ヌッコが首の後にさっと隠れた。そして顔だけを出して様子をうかがっている。
「……なにもいないのよ?」
「え? タイム……見えませんか?」
タイムが首の後ろに隠れたことには気づいていないのか、隠れる前の場所をじっと見つめている。。
「うちには見えないのよ」
どうやら、本当に見えてはいないらしい。
『どういうことだ、タイム?』
『どういうことって……どういうこと?』
ですよね。はい、聞いた俺が馬鹿でした。
「いったいなんなのよ。からかっているのよ?」
「あ、いえ。からかっているわけでは」
『うや? エイアール表示は、マスターにしか見えないってことみたいだよ』
エイアール……AR? って、あのカメラで撮った画像にCGを合成する、拡張現実のことか?
「そんなことのよ、モナカ? は何処から来たのよ!」
『幻燈機っていうアプリを入れれば、他の人にも見えるようにできるんだって』
「あ、すみません」
『じゃあそれをインストール・実行してくれ』
『イエス、マスター!』
敬礼をしてキリッとした顔を向けてくる。
いいからさっさとやれ。
「ちょっと待ってください。今表示を……」
「表示のよ?」
まだ操作はおぼつかないものの、インストール・実行ができるようになっている。
意外と学習能力があるのか?
『月額利用料が1000円かかるって』
買い切りじゃないのか。モノ的に継続利用しそうなものだけに、じわりと懐に来そうだ。
『わかった』
『じゃあ契約するよ』
タイムが[契約]を押して、契約が成立した。
日割り計算はせずに、丸々1000円かかるらしい。
表示はARモードと投影モードの2種類。
ARモードは、今まで通り……なのかはよくわからないが、俺にしか見えない。
投影モードは、単純にAR表示していたものが、他人から見えるようになるらしい。
そういえば、管理者は普通にタイムが見えていたような気もするが、あれは例外ってことなんだろう。
ま、細かいことは後で調べるとしよう。
とにかく、これでエイルさんにも、タイムが見えるようになったはずだ。
そのエイルさんはというと、椅子に座ってなにやらいじっているっぽい。
あれは……ノートパソコン? 魔法世界に?!
管理者は発展が終わっている世界って言ってたからな。
魔法世界といえども、行き着く果は科学世界ってことなのだろう。
魔法は衰退してしまったってことなのか? ちょっと残念。
『じゃタイム、もっかい自己紹介だ』
『イエス、マスター!』
それはもういいから。
「改めまして」
タイムが声を掛けると、エイルさんが振り向いた。
「初めまして、タイムはタイム・ラットと申します。以後よろしくお願いします」
再びスカートの裾を摘んで挨拶をしている。そのポーズ、気に入っているのか?
「うちはエイル・ターナーっていうのよ。よろしくなのよ」
エイルさんが人差し指を差し出して、タイムと握手をしようとしている。
タイムもそれに答えて、指を握ろうとした。しかし、指をすり抜けて肩から落下してしまった。
握りそこねたとかではなく、文字通りすり抜けたんだ。
落下するタイムを受け止めようと、俺たちは手を差し出した。エイルさんの手はすり抜けたが、俺の手はしっかりと受け止めた。
どういうことだ?
もしかして、俺達が異世界人だから触れないのか?
いや、そんなことはない。思い返してみれば、俺はエイルさんに揺り起こされている。
だから触れるのは間違いない。
エイルさんが再びタイムに指を近づけてくる。
おっかなびっくりしているイッヌの顔をつつこうとしたようだが、そのまま指が刺さった。
「い、一体なんなのよ」
「タイム、どういうことだ?」
「えっと……どういうこと?」
そうだよな。こいつにわかるわけがないよな。
つまり、またどっかのなにかと交信して理由を……などと考えていたら、エイルさんが俺の頬に触れてきた。
柔らかい、暖かな手だ。その手が頬から首、胸、腹と順に撫で回している。
「あの、エイルさん?」
「ん? なんなのよ」
「あまり触られると、その」
女の子に体を触られたことなんて無いから、どう反応していいのかわからない。
くすぐったいというか、でもやっぱり恥ずかしいというか。
「ああ、悪かったのよ」
と言いながら腕を取って撫で回してくる。
これってもしかしてセクハラ?
エイルさんって痴女なのか……
第1異世界人が、残念な人ってことなのか?!
「マスター」
お、どうやら交信が終わったみたいだな。
「スペック不足で演算……が間に合わないから、現段階では……うきゅ? 外貨への干みゅ? 違う? えっと……外界? への干渉は、できないそうです」
「あーそういうことか」
つまり、携帯の性能を上げれば、いずれ他の人も触れるようになるってことか。
やっぱり世界はタイムを中心に回っているな。
「しばらくは幽霊みたいなやつだと思っててください」
「そうなのよ?」
「タイム幽霊じゃないよ!」
「現状大差ないだろ」
「ぷっぷくぷー」
一応の納得はしてもらえたっぽい……のはいいんだけど、更にねちっこく身体を触られているような気がするのは、気のせいだろうか。
「あの、エイルさん?」
今度は声をかけても、まったく聞こえていないようだ。
マジでヤバい人なのか。
「あんたは……何処から来たのよ」
これはやっぱり、異世界から来たってことを疑われているってことなのか。
「それは……その」
「隠さなくてもいいのよ。あんたがこの世界の人間じゃないのよ、モニターを見ればわかるのよ」
「モニター?」
「あんたが乗ってるのよ、作業台なのよ」
エイルさんがさっきいじっていたノートパソコンのようなものを、手に取った。
「乗ってるものの状態を確認するモニターのよ、あんたを認識してないのよ」
ノートパソコンのモニターを見せられた。
そこには、サーモグラフィーのような画像が表示されていた。
「なにも乗ってないのよ」
と言われても、どう画像を見ればいいのかがわからない。
「そうなんですか?」
「そうなのよ。なのよ……」
またサーモグラフィーのような画像を見せられたが、今度は人のような形が白く浮き上がっていた。
「ほら、今度はあんたを認識してるのよ」
つまり、この白い人のような形が、俺ってことか。
「そうなんですか?」
「そうなのよ。そんなことのよ、あんた、ちょっと降りるのよ」
「あ、はいすみません」
降りようとしたが、そういえば俺、全裸じゃん!
このまま降りたら大事な息子がエイルさんの目の前にさらけ出されてしまう。
なんで管理者は服、くれなかったんだろう。
とりあえず、手で隠しておこ……タイム、お前……見てないよな?
ちらっと見ると、ヌッコの頬が赤くなってるような気がするのは気のせいだよね。
ていうかお前なんで今ヌッコなんだ?
どうして目を合わせない!
「それで、タイムちゃん……だったのよ? その魔法陣の上に乗るのよ」
「え、ここにですか?」
「早くするのよ」
「はい!」
追い立てられたヌッコは手から飛び降り、魔法陣の上に乗った。
エイルさんはノートパソコンを操作しながら、難しい顔をしている。
「存在自体が否定されてるのよ」
「え?」
「なんでもないのよ」
存在が否定されている。
そういえば、タイムは俺と違って肉体を与えられたわけではなかったな。
魂? がそのまま人形になったわけだから、現世の機械で計測できないってことなのかな。
っていうか、空調が効いているのか、部屋の中がちょっと寒い。
「はっくしゅん」
作業台から降りたら、冷たい風が体に当たるようになった。全裸には辛い。
「2階に移動するのよ」
茶色いシミの付いた布を投げつけられた。
「これは?」
「腰に巻いておくのよ。全裸で外に出るわけにはいかないのよ」
「外ですか?!」
まさかの羞恥プレイ。
「2階に上がるのよ、外階段を上るしかないのよ」
なんか湿っぽいし、色々汚れてるような気もするんだけど。
そもそもこんな小さな布で俺の息子が隠れるとでもお思いか?
とりあえず、無いよりはマシと腰に巻いてみると、恥ずかしがり屋の息子は、完全に隠れてしまった。
「付いてくるのよ」
こんな格好で外に出ることになるとは。
誰にも見られませんように。
通貨が円なのは、例えるならGoogleはアメリカ企業だけど、プレイストアのアプリは円で買えますよね
そういう感じで捉えてください
次回は魔力がないということが、生活にどう影響するかが少しだけ見られます