第42話 タイムvsオオネズミ
タイムがオオネズミを迎え撃つ。
オオネズミの爪に合わせて刀を振るう。
爪と刀がお互いの斬撃を交差させようとした……のだが、爪と刀は空を切った。
オオネズミが躱したわけでもなく、またタイムが躱したわけでもない。
ぶつかり合うことなく、通り抜けたのだ。
オオネズミの知性は高くはないが、低くもない。
最初は気にもとめず、再びタイムに斬り掛かっていった。
その点、一応思考能力のあるタイムは通り抜けたことを疑問に思い、動きが止まってしまった。
しかしオオネズミの追撃を感知すると、サッと〝サイドステップ〟で躱すのだった。
そこでタイムは考えるのを止め、再びオオネズミに斬り掛かっていったのだ。
当然のことではあるが、両者の攻撃が通るはずもなく、また決定打などありもしない。
次第にオオネズミは事態を理解し、困惑を始めるも、だからといって攻撃の手を止めるわけにもいかなかったのだ。
『タイム、こっちは終わったけど……なにやってんの?』
『あ、マスター! なんかね、攻撃が当たんないみたい。あっちの攻撃も当たんないけど』
なるほど。
つまり、いつものことか。
確かタイムがこっちの世界に干渉するには、現状小さくならないとダメだったはずだ。
あいつ、それを忘れているんじゃないか?
案の定、朝俺と戦ったとき同様大きいまま戦っている。
考えてみれば、最初からそうだったのだから、指摘してやればよかったのだ。
俺も大概だな。
なので対処は簡単……と言いたいが、小さくなると、軽い体重が更に軽くなる。
それは相手の攻撃を受け止めるだけの重さがなくなるということ。
それは相手に攻撃を入れるだけの重さがなくなるということ。
人間が100tのハンマーを持ち上げられるのは、物語の中の世界での話だ。
重量挙げのようにするのなら、持ち上げられるだろう。
だが武器として手に持った場合、普通は人間の方が浮いてしまう。
100tのハンマーを武器として手に持つのなら、それ相応の自重も必要なのだ。
だからタイムが小さくなる意味はない。
俺が応援に向かえばいいだけのことで、それを教える必要は――
『ちっちゃくなれば当たるじゃん!』
『あ、そっか!』
教えたのは携帯のタイムだった。
外のタイムはそれに答えてポフッと小さくなった。
『待て! それはダメだ!』
『え?』
『たあー!』
言うが既に遅し。
オオネズミにとっては小さくなったタイムなど、餌以外の何物でもない。
オオネズミの爪とタイムの刀が激突する。
分かりきった結果として、タイムが吹き飛ばされる。
『きゃあああ!』
吹き飛ばされ、地面を転がり、木に打ち付けられる。
頭を打ったのか、ぐったりしている。
『『タイム!』』
オオネズミが好機とみて、とどめの一撃を食らわせようと襲い掛かる。
慌てて助けに行こうにも、この距離ではオオネズミの爪の方が先に到着する。
間に合わない!
それでもタイムをオオネズミの凶刃から救うべく、1歩を踏み込んだ。
例え間に合わなくとも、行かずにはいられない。
俺が絶対に守るんだ!
そう思った。
だが、踏み込んだ足が地を蹴ると、それまでに感じたことの無い風圧を顔に感じた。
と思ったら、手の届くところにオオネズミがいた。
これなら間に合う。
そう思って幅広の剣を振るった。
それは普段なら、剣の重みを感じ、剣が動き出すのを感じ、空を切り裂くのを感じ、動きを止めるために剣の慣性を感じる。
ところがどうだろう。
今回は振るったと思ったら、地面を穿っていた。
あまりの振りの早さに目測が手前にずれ、オオネズミの直前で地面を叩き、大きな爆音と共に土を巻き上げる。
幅広の剣にノイズが走り、画像が乱れるほどの衝撃だった。
結果、タイムにオオネズミの爪が届く前に、間に割って入ることに成功した。
「なんなのよ?!」
「わあっ!」
「わふ?!」
付近一帯を土煙が支配してしまった。
視界が悪く、オオネズミが何処に居るのか分からない。
無駄だと思いつつも、剣を横に振って土煙を払う。
するとどうだろう。
軽く振ったつもりが大風を呼び起こし、土煙を拡散させてしまった。
視界が一気に晴れ、周囲の見晴らしがよくなる。
辺りを警戒し、オオネズミを探す。
『タイム! タイムは無事か?』
『んと……うん、大丈夫。ちょっと気を失っているだけみたい』
『ならよかった』
『もう、マスターったら慌てちゃって。タイムはなにされても怪我しないんだから、大丈夫なのに』
『なっ……タイムだって慌ててただろうが。全く』
『っ……仕方ないでしょ。こんな経験したこと無いんだから』
『……』
『……』
『っふふ』
『ふふっ』
『ふはははは』
『あはははは。マスター、ありがとう。大しゅ……す……あう』
結局、オオネズミは逃げていったらしい。
周囲に気配は感じられなかった。
一体今のはなんだったのだろう。
小鬼と模擬戦をしていても、あれほど素早く動けたことは無い。
地面を穿つほど、剣を振るえたことも無い。
自分の身体なのに、全くコントロールできていなかった。
今剣を振るっても、先ほどのようなことは起こらず、普段と変わりない感触しか返ってこない。
筋肉に無理な力が掛かった形跡もない。
何事もなかったかのようだ。
気絶しているタイムを抱きかかえる。
分かってはいるが、一応怪我をしていないか確認をする。
『! 頭から血を流しているじゃないかっ』
『えっ?! ……あー、それはただの演出だよ。剥がせば元に戻るよ』
『……なんだって?!』
タイムがなにを言っているのか、意味が分からない。
分からないが、言われるがまま恐る恐る流れている血を摘まんでみる。
考えてみると〝血を摘まむ〟って言うのもおかしな話だ。
なのに摘まめるのだから理解しがたい。
そしてゆっくり剥がすと、傷1つ無い綺麗な額に戻った。
剥がした流血は、ノイズと共に消え去った。
この演出はタイム自身がやっているのか? それとも……
「モナカ? なにがあったのよ」
「あー、すまん。オオネズミとの戦闘があったんだが、ちょっとやり過ぎた」
「ちょっとなのよ?」
「ちょっとだ」
「……」
「……」
まあ、確かに地面に大穴を開けたことは否定しない。
だが剣は3回しか振っていない。
1匹は倒したけれど、もう1匹には逃げられた。
だからちょっとだ。
エイルはため息をついて、やれやれといった顔をした。
「こっちはめぼしい収穫は無かったのよ」
「そっか」
「オオネズミは倒せたのよ?」
「ああ、1匹だけだけどな」
「フブキの鞄に入れておくのよ」
「オオネズミなんかどうするんだ?」
「解体して毛皮を売るのよ」
「オオネズミの毛皮なんて売れるのか」
「狩猟協会が買い取ってくれるのよ。肉は今晩のおかずにするのよ」
「……なんだって?」
「肉は今晩のおかずにするのよ」
「オオネズミの肉なんか食えるのか?」
「今朝もオオネズミ肉の野菜炒めを食べたのよ」
「あれってブタ肉じゃないの?!」
「なに言ってるのよ。ブタなんて居ないのよ」
「マジか」
「ホントなのよ」
「アニカは知ってたのか?」
「ボクも最初は抵抗あったけど、この世界では一般的な食材だよ」
一般的なのか。
まさかブタじゃなくてネズミだったとは……。
ところ変われば品変わる。
乱獲しても繁殖力が高いから絶滅しない。
いい食材だな。
「モナカは解体を覚えるのよ」
「解体を?!」
「覚えないのよ、解体手数料を取り分から引くのよ」
「……覚えます」
動物の解体なんてやらなきゃいけないのか。
冒険者ギルドの買い取りではしばし出てくることだけれど、狩猟協会でも出てくるのか。
むしろ狩猟協会だからこそ、解体が必須スキルなのかも知れない。
狩って狩りっぱなしは、あり得ないってことか。
食べるために狩る。
そういうことなのだろう。
バイクを止めている場所には、解体をするための水場がある。
エイルはそこでオオネズミを解体してみせた。
少し離れた場所から、こちらの様子をのぞき見している者がいる。
フブキにも気づかれずにいるのだから、それなりの手練れなのだろう。
そのものは懐から身分証を取り出すと、とある人物に連絡を入れた。
「フレッド様。アニカ様を見つけました。……少女が1人、少年が1人、妖精が1匹、雪狼が1匹を供に付けておられるようです。……了解、引き続き監視を続行いたします」
肉の正体はブタではなくネズミでした
この世界では一般的な食材です
次回は皆さん月に幾らくらい払ってる?
あたしゃDOCOMOに1k、IIJに1k、J:COMに固定とWiMAXで8kくらい






