第39話 タイムの専用アプリ
刑事ではありません
刑事です
お間違えの無きよう……
お昼までの残りの時間、エイルは仕事をするために仕事場に入っていった。
俺はいつものように小鬼と戯れるわけだが……
「俺はタイムと模擬戦するけど、アニカは昼までどうするんだ?」
「そうだね。ならその模擬戦ってのを見せてもらおうかな」
「ああ、いいぞ」
「マスター、アニカさんには見えませんよ」
「あ、そうだった」
すっかり忘れていたけど、模擬戦はARだから俺にしか見えない。
ARに当たり判定があるのは何故だろう。
なんて疑問に思った時期もあったが、気にするのは止めた。
タイムのやることにいちいち疑問を感じていたら、きりが無い。
なにしろ本人にも説明できないのだから。
「見えない?」
当然疑問に思うよな。
どう説明したらいいのやら。
「えーと、脳内戦闘……みたいなモノだと思ってくれ」
「アニカさんにも見えるようにできるけど、ご近所さんにも見られちゃうよ」
それは確かに問題だ。
「それに、ダメージを受けたら本当に怪我しちゃうよ」
それはもっと問題なんじゃないかな。
「小鬼じゃなくて、普通に人間は出せないのか?」
「今の性能だと、タイムが精一杯だって」
「……ということは?」
じっとタイムを見つめる。
もしかして、これと模擬戦しろってことか?
さすがに小さいタイムとはできないから、大きいタイムとやることになる。
大きいといっても膝丈だ。
幼稚園児だってもっと大きいぞ。
乳児レベル?!
それはある意味小鬼とやり合うより不味いのでは。
「な、なに? マスター。そんな、見つめられたら……その」
「いや、タイムと模擬戦したら虐めにならないかなーって」
「なに言ってるんですか。格ゲーならにゃう!」
〝格ゲーならにゃう〟?
タイムは格ゲーとかやったことあるのか?
そういえば、剣客格ゲーをやっていた記憶があるな。
ゲームのキャラみたいに動けたら、戦闘も楽だろうな。
でもある意味、今は俺がキャラクターでタイムがプレイヤーみたいなものだ。
タイムも生前にその格ゲーをやっていたのなら、小鬼との模擬戦で俺の立ち回りをサポートできたことにも納得できる。
「ん? 格ゲーがどうかしたのか?」
「……あ、そっか。うにゅ、なんでもない」
「?」
「あ、でもね、模擬戦はできると思うから、やってみようよ。ひさきゃう! うにゅー、ごめんなさい」
どうやら例の交信相手になにか言われたらしい。
なにもない空間に向かって謝っている。
アニカが不思議そうな顔をしてタイムを見ている。
「気にしないでやってくれ。俺にも見えない、聞こえない相手と話しているんだ。」
「そうなの? ……妖精王とかかい?」
「なんでそうなる!」
アニカはとことんタイムを妖精扱いしたいらしい。
こりゃちゃんとタイムがなんなのかとか、話さなきゃダメかな。
でもそうなると、俺のことも話さなきゃならなくなる。
隠す必要はないけど、話す必要もない。
ま、当たり障りのないところだけ、後で話しておくか。
それはいいとして、タイムと模擬戦やってみるか?
……不安しかないけど。
「タイム、とりあえず軽くやってみるか?」
「うきゅ? やってくれるの?」
「いや、どちらかというとそれは俺の台詞なんだがな」
「ううん、タイムは……じゃあやろう!」
とはいえこの体格差。
格闘技だとすれば致命的だろうけど、剣術ならどうなんだろう。
「えっと、タイムとマスターがやると、タイムは怪我しないけどマスターは怪我するから気をつって、初耳なんだけど!?」
「え、俺やられると怪我しちゃうの?」
なんて不公平な話だ。
そうだよな。
タイムが今ここに顕現しているのは、あくまで幻燈機で表示されているだけ。
本体は携帯の中だ。
怪我をするとしたら、ウィルスに侵されるくらいだ。
それは怪我で済むはずがない。
そもそもこの世界に、携帯に侵入するウィルスが居るとは思えない。
「どうする? 止めておく?」
「大丈夫だ、問題ない。軽くやるだけだし、刃引きの武器使えばいいだろ」
「それても、当たれば痛いよ?」
「そうだな。タイムの泣き顔は見たくないかな」
「なっ……むむむ。マスターの泣き顔の間違いじゃないかな」
こいつ、タイムのくせに生意気な。
視線を激しくぶつけ合う2人。
まさしく、竜虎相まみえる……は言い過ぎだな。
せいぜい〝野良犬猫相まみえる〟といったところか。
「よし、いいだろう」
胸から携帯を取り出し、幅広の剣を表示させる。
小鬼相手に使い込んだ相棒だ。
眼前に浮かんでいる幅広の剣を握りしめた。
初めの頃は振るうことすらまともにできなかったというのに、今では片手で意のままに操ることができる。
これもタイムのお陰だ。
最初はどうなることかと思ったが、それなりに上手くやっていけていると思う。
幅広の剣の熟練度は100を超え、本来の性能以上の威力が出せるようになっている。
その熟練度を一時的に0に設定する。
こうすることで、鈍の剣にすることができる。
「かかってきなさい!」
タイムに対して剣を構えて、左手で手招きをする。
先手はタイムに譲ろうじゃないか。
「ふっふっふー、いよいよお披露目するときが来たようだね」
突然タイムが無い胸を張ってしたり顔をした。
一体なにをお披露目するというのだ?
「別に今まで知らなかったとか忘れていたとかじゃないんだからね。この前教えて貰ったから試してみるのだ」
〝この前教えて貰った〟って……誰にだよ。
どうせタイムのことだから、忘れていたとか理解していなかったのを教えて貰ったとかいうオチだろうけど。
「で、なにを見せてくれるっていうんだ?」
「ふっふっふー、タイムの戦闘衣装だよ!」
「戦闘衣装?」
お着替えするってことか?
「あー、着替えるんだったら、携帯の中に入るか?」
「ふっふっふー」
いちいち面倒くさいやつだな。
「その必要はないのだ! 話によると早着替えを全自動でやってくれるんだぞ。凄いだろー」
「オースゴイナー」
えーと……それは宇宙刑事とかが一瞬にして着替えるアレと同じか?
「ふっふっふー、それじゃあいっくぞー!」
「おお?!」
「……どうやるんだっけ?」
うおい! 頭を掻きながら空に向かって聞いてるんじゃねえよ!
ったく、相変わらず締まらないな。
「ああそっか、専用アプリを起動するんだっけ」
タイムの言う専用アプリとかいうのを起動したらしく、タイムの前にメニューウインドウが表示されている。
「タイム・オブ・ターイム!」
その中から1つを、手のひらを突き付けて選択したようだ。
すると、タイムが白く輝きだした。
次の瞬間、着ていた服がはじけ飛び、全裸になる。
身体から光が伸びたかと思うと、小振袖姿になり、次いで袴が現われた。
腰に太刀と脇差が装備されると、足に足袋と草履を履いていた。
髪の毛が短くなったかと思うと、後ろで束ねられる。
左目に眼帯が現われ、無駄にキラリと光った。
最後に身体の色がだんだんと肌色を取り戻していく。
太刀を抜刀すると、上段の構えから振り下ろし、そのまま横に払い、刀をクルクルと景気よく回転させると、素早く納刀した。
「サムライモード、タイムちゃん!」
ビシッと決めポーズを取って格好をつける。
しかしその顔は徐々に赤くなっていった。
……なにを見せられたんだ?
「えっと……タイム?」
「ちょっと! どういうことですか?! 全然早着替えじゃないじゃないですかっ」
あ、どうやら予定と違ったみたい。
「え? ……全っ然違うよっ! これは変身魔法少女物のアニメの変身方法で、日常的な物じゃないよっ!」
あー、例の専用アプリを用意してくれたモノが勘違いしちゃったってことかな。
うん、確かにあれは早着替えというより、変身だな。
「は? そ、そう言われるとそうかも知れないけど……だったら手のひらサイズの謎マスコットが居ないのはおかしいじゃ……え? 僕がマスコット? あり得ませんっ! まっっっっっったく可愛くありませんっ!」
あーはいはい。確かにここは〝魔法の国〟だよな。
変身しているところを見られるのはダメなんじゃなかったっけ。
「逆ギレしないでください。……は? バ、バカ言わないでよ。白く発光しなかったらただの痴女だよ露出狂だよ何処の〝ビビットパティシエ ハニーちゃん〟だよって話! そういうセクハラは止めて!」
あ、やっぱりあの瞬間って全裸なんだ。
「……今更変更できない? 開発費も馬鹿にならない? 知らないよそんなこと。大体なんですかあの決めポーズと台詞はっ」
変身モノには付きものの定番だろ、決めポーズと台詞は。
あれも〝全自動〟の中に組み込まれたモノだろう。
まさにド定番だ。
「タイムー、前口上が無かったからやり直しでー」
「マスターまで?!」
「だって、可愛かったからアリじゃない?」
「うへ?! あ、アリ……なの?」
俺は笑顔で腕を突き出し、親指を立てた。
「大アリだ」
他人事だしな。
可愛いタイムがより可愛くなる効果なら、なおのこと。
これをナシとかいう奴は、ロマンがない!
アニカも目を輝かせて見つめている。
やはり女の子なのか。嫌いではないらしい。
ああいうのって子供は好きそうだけど、年を重ねるとだんだん羞恥心の方が勝ってくるものだ。
タイムも恥ずかしがっているくらいだ。
それを考えると、男との距離感も近いアニカは割と子供っぽいよな。
「そ、そう? じゃあ、今後もこれでいっても……いいか、な。うん。可愛いのか。えへへ」
よかったな、アプリ制作者。
仕様変更は回避できたみたいだぞ。
「よし、じゃあいっちょいきますか」
「うひゃはは」
まだトリップしてるのか。
「ターイーム」
「にはぁ……ん? あ……うん、そうだね。マスター、手加減はしないからね」
「それはこっちの台詞だよ」
幅広の剣を中段に構える。
タイムも抜刀し、中段に構える。
アニカが見守る中、戦いの火蓋が切られようとしていた。
こういう"魔法の国"が舞台の話ってある?
"魔法の国"の住民が来る話はあるけどさ
少なくともあたしゃ知らん
次回はタイムとの模擬戦です






