第36話 1年後に備えて
○○と呼ばれたって考えるの、むずい
アニカは、精霊召喚術師の家系であるオルバーディング家の末っ子として生まれた。
両目に召喚眼を宿し、一族の期待のもと、幼少期を過ごした。
兄をも凌ぐ才能の持ち主。
それを期待され、いずれは家督を継がせようとする者も現れた。
婚約者にと自分の子を差し出す者も後を絶たない。
一族の者が契約した精霊たちも、契約者でもないアニカのことを慕っていた。
精霊と会話ができる者などここ数百年現れなかったが、アニカは精霊と言葉を交わすことができた。
その異常なまでに精霊に愛される体質。
信仰に近いほどの求心力を持つに至ったのは、当然だといえよう。
精霊だけでなく、人の心までも鷲掴みにしたアニカ。
だが、その当人は精霊を恐れていた。
魂に刻まれた恐怖心。
そう簡単に拭えるものではない。
それなのに、周りの者は精霊ともっと接するように強要した。
嫌がるアニカを無視し、自分の契約精霊を押し付ける者もいた。
恐怖心を取り除いてみせようと躍起になる者もいた。
精霊は召喚した者の鏡となることが多い。
多くの精霊は、契約者の意に反し、嫌がるアニカを寂しげに遠くから見守るに止めていた。
だが一部の力ある召喚術師の契約精霊たちは、召喚術師の意を反映してアニカに取り入ろうとした。
それでも、本気でアニカが嫌がると、精霊は精霊界に帰って、二度と召喚に応じなくなった。
そんなことが何度も重なるうちに、だんだんとアニカの周りから人が離れていった。
その頃には、アニカは〝飾り皿〟と揶揄され、ごく一部の狂信者以外からは、見向きもされなくなった。
唯一心を許せる存在だった兄に、何故精霊が怖いのかを、つい話してしまった。
その日から、兄からも拒絶されるようになってしまった。
アニカは、唯一の心のよりどころを失った。
アニカは精霊のことが怖かった。
しかし、精霊のことは大好きだった。
矛盾しているが、アニカの中ではそれが成立していた。
恐怖は克服できる。
アニカはそれを信じ、そして実行できた。
それは偏に、恐怖心よりも精霊愛が勝っていたからだ。
幼少期の心は幼く、また精神的にも成長できていなかった。
精霊のことが大好きでも、やはり恐怖心の方が勝ってしまう。
それでも年を重ねると、恐怖心より精霊愛への飢えが勝ってくる、
あの精霊たちとの愛おしい日々への憧れ。
そのためにアニカは震える心を押して、契約に挑んだ。
やる気を出したアニカのことを父は大いに喜び、助力を惜しまなかった。
「これで我がオルバーディング家は安泰だ」
再び期待を寄せ始めることになるとも知らずに、アニカは契約にいそしんだ。
あれだけ精霊に愛されているアニカだが、何故か精霊は契約をしてくれない。
仮契約召喚には応じてくれる。
だが、本契約を結ぼうとすると、何故かみんな精霊界に帰ってしまう。
それでも、いくつかの下位精霊との契約を成功させることができた。
「後は昨日皆さんにお話ししたとおりです。ボクは結界外探索許可試験に不合格になり、父の逆鱗に触れ、家を追い出されました」
「それで、アニカはこれからどうしたいんだ?」
「ボクはもう1度精霊と契約して、結界外探索許可試験に挑みます。そして兄さんを見返したいのです」
結界外探索許可試験は、年に12回、全12都市で月々1回ずつ順に開催される。
今月はアニカの住んでいた第九都市 ゼンフェルクで行われた。
来月は第十都市 クラスク……つまり、エイルたちが住んでいるここだ。
1度試験に不合格になると、丸1年受けることができない。
来年ゼンフェルクで行われる試験まで、再受験はできない。
「なら、うちたちと一緒のよ、来年ここで受ければいいのよ」
「うち〝たち〟?」
「来年のよ、うちとモナカも受けるのよ」
突然の告白。
そんな話は聞いていない。
「なんで俺まで?」
「モナカは手の届く範囲の人を助けるのよ、言ったのよ」
「……言ったけど」
「なら、うちも助けるのよ」
くっ。ここで断ればアニカに言った言葉も嘘になる。
となると、俺が取れる行動は1つしかない。
「わかった、エイルのことも助けてやるよ」
そもそも俺はエイルの(一応)護衛として雇われているんだ。
ついていかないわけにはいかない。
「クラスクで……ですか。そうですね、ボクもゼンフェルクで受けては、申し込みした時点で兄さんにバレるでしょうから」
「話は決まったのよ。よろしくなのよ」
「しかしよろしいのですか? 来月にも試験はあります。それは受けないのですか?」
「うちはモナカの所為で受けられなくなったのよ」
「なんの話だ」
「モナカが現われたときのよ、試験で使うはずの物のよ、作れなくなったのよ。受験料も馬鹿にならないのよ。キャンセルもできないのよ」
「それは……悪かった」
「冗談なのよ」
エイルは自分の失敗の所為で俺がここに現われたと言っていた。
その失敗の原因が誰にあるのかは分からない。
でも、それがあったお陰で俺はここに居る。
すべてがエイルの予想通りだとは思わないが、それでも、アニカのことも、エイルのことも、何らかの関係があるのかもしれない。
確かバタフライ効果とかいったっけ。
誰かの願い、アニカの召喚、エイルの失敗が重なってここに居る。
そう考えておくことにしよう。
「それで、試験内容はどんななんだ?」
「1つは狩猟協会で実績があることなのよ」
「俺、全くないぞ」
「1年間頑張るのよ」
1年で実績か。
Fランク冒険者が、1日でCランクになるよりは楽だろう。
そんなチート、貰っていないからな。
「それから自分で使っている武器防具のメンテナンスができることなのよ」
「自分でメンテナンス?」
「結界外で武器の調達はできないのよ。だから修繕は自分でできないとダメなのよ」
「仲間に鍛冶職人を連れて行くんじゃダメなのか?」
「職人が死んだのよ、どうするのよ」
「それは……撤退するとか?」
「撤退できる場所にいればいいのよ」
メンテナンスか……。
俺の武器防具は必要なさそうだな。
「そこは大丈夫だろ。俺の武器はメンテナンスフリーだから」
「そうなのよ? それから当然なのよ、強さが必要なのよ」
「……今後の1年に期待してください」
「その……ボクはまず精霊と契約しなければいけません」
そういえば、契約が解除されたって言ってたな。
再契約して戦う力を取り戻さないといけないのか。
「というか、あの火蜥蜴は違うのか?」
アニカを見つける直前、一匹の火蜥蜴に出会っている。
その火蜥蜴はアニカのところまで案内してくれた。
アニカの契約精霊ではないのだろうか。
「あの火蜥蜴……といいますと?」
「アニカのところまで案内してくれた火蜥蜴が居たんだ」
「……分かりません。もしかしたら未契約の火蜥蜴かも知れません」
「そんなことがあり得るのよ?」
「ボクは精霊から愛されていることだけは自慢できます。だから可能性はあります」
それが本当だとしたら、どうして契約できないのかが不思議だ。
愛されることと契約してもらえることは別物と言うことなのか。
精霊の世界も〝愛があれば大丈夫〟ではないということだろうか。
世知辛いな。
「愛されているのに契約できないのは、理由が分かっているのか?」
理由が分かっていれば、それをなんとかすれば契約ができる。
分かっていないのに闇雲に挑んでも、失敗するのがオチである。
「それは……」
そこまで言って、うなだれてしまった。
聞いてはいけない地雷でも踏んだのか?
「ボクは……優しすぎるのだそうです。だから契約に至れないらしいのです」
「優しすぎる?」
「それって、いけないことー?」
「召喚者と精霊のよ、主従関係なのよ。主人が従者と対等ではダメなのよ」
なるほど。
主人なら従者に対して常に威厳を持て、的なことだろうか。
友達ではなく主従である。
そんなところか。
「ボクにはそれが理解できません。昔は対等に過ごしていたのです。今更それを変えろと言われても、無理です」
「でも、それじゃあいつまで経っても契約ができないんだろ?」
「そうですけれど……」
まずはそこからどうにかしなければダメか。
なら、まずは普段から訓練しないとだな。
「よしアニカ、まずは俺と友達のように接してみろ」
「友達……ですか?」
「形からでも慣れていくんだよ。その言葉遣いをまず直そう」
「言葉遣いですか……どのようにすればいいのでしょう」
「もっと砕けた言い方をすればいいんだよ、ほら!」
と言いながら、アニカの肩を抱き寄せた。
俺はこのあと、とんでもない勘違いをしていたことに気づかされることになる。
モナカの勘違いとはなんなのか
次回、アニカの性別が明らかに……なる?






