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第35話 半径85cm

実測したら、こうなりました


 話し合いをするため、エイルの部屋へ移動しようとしたのだが……


「いえ、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいきません。短い間でしたが、ありがとうございました」


 アニカはそう言うと、玄関へと足を向けた。

 訳ありなのだから、かかる迷惑も大きいと考えるのが当たり前だ。

 それに世話になるなら、ある程度自分のことも話さねばならないだろう。

 出会ったばかりの相手に話せることではないだろうし、信用できるかも分からない。

 俺でも警戒はする。

 しかし、だ。

 とりあえず、そう急ぐこともないだろうと、引き留めた。


「世話になったのよ、後足(あとあし)で砂をかけるのよ?」


 そう言われてしまうと、〝ではさようなら〟と言って出て行けるほど、アニカに度胸はなかった。

 少し強引な気もするが、なんとなく放っておけないのだろう。


 話し合いはエイルの部屋ですることにした。

 エイルは椅子に座り、俺がベッドに座る。

 タイムは……こんな状況でも定位置(肩車)だ。

 そしてアニカに、隣に座るよう(うなが)す。


「俺が転生したことに無関係だとは言い切れない以上、放ってはおけないんだよ」

『マスター?! タイムを信じてくれるんじゃなかったの?』

『まーなんだ。それはそれ、これはこれ……かな』

『なにそれ!?』

「お気になさらないでください。ただの偶然で、無関係ですから」


 本当のところはわからない。

 エイルの言うとおり、アニカのお陰なのかも知れない。

 アニカの言うとおり、ただの偶然なのかも知れない。

 タイムの言うとおり、違うのかも知れない。

 どうすれば因果関係がわかるのかもわからない。

 ならば、可能性が0でない限り、この小さな手がかりを見逃すわけにもいかない。


「ボクがモナカさんを召喚したのだと仮定した場合、モナカさんはボクのことを〝アニカ〟と呼ぶことができません」

「そうなのか?」

「それが精霊召喚術の決まり事なのです」

「なら、俺が精霊じゃなくて人間だから例外なんじゃないのか?」

「それは屁理屈ではないでしょうか」

「アニカは頭が固いのよ」


 結局、このままでは昨日の繰り返しになるだけだ。

 話を続けても、堂々巡りは必然。

 ならば、だ。


「分かった、もうアニカのお陰で転生できたとか言わない。でもな、俺が転生してここに居られるのは、誰かが願ってのことなんだ。それは変わらない。恩を返したい人が誰かはわからない。なら、貰った恩に報いるためにも、なにかをしたい。俺の手は小さいから、大勢の人は助けられない。実力もない。だからせめて、俺の手が届く範囲にいる人を守りたいって思ったんだ。守れるかはわからない。それでも、俺は恩に報いたいんだ。ほら、アニカは俺の手の届くところに居る。だから助けたい。それじゃダメか?」


 アニカの手を握りしめ、じっと見つめる。

 今度は目を逸らされても、じっと見つめた。

 タイムはアニカの頭に手を当てて撫でている。

 タイムも思いは同じだ。

 肩車しながらだから、なんとなく締まらない絵面だけど。


「いや、あの……えっと。ほ、本当に、ご迷惑になりますので……その」

「俺もエイルにいっぱい迷惑かけてるよ。でも文句も言わずに付き合ってくれている。いくら感謝してもしきれないんだ」

「いきなりなに言い出すのよ」

「照れるなよ」

「照れてないのよ!」


 そんなに向きになっていたら、隠すものも隠せないぞ。

 さすがに万能慣れさせ人間甥っ子も、こういうことはしていなかったらしい。

 照れていないと言うのなら、こっちを向いて目を見て言ってもらいたいものだ。

 こらこらそこなタイムさん、わざわざ顔を覗き込みに行くでない。


「ま、そんなわけだから、俺もアニカの役に立ちたいんだよ」

「それなら、ボクではなくエイルさんに恩を返すべきでしょう」

「うちはまだアニカがモナカを召喚したと思ってるのよ。恩をうちに返すと言うのよ、モナカとアニカは一緒に居るべきなのよ」


 それは少し強引だと思うぞ。

 確かに俺を転生させたのがアニカなのだとしたら、俺はアニカと一生一緒に居なければいけないのかもしれない。

 でもそれって、俺も一緒にアニカと出て行く……という選択肢がなくもない?

 エイルに身の回りの世話をしてもらうより、アニカにしてもらう方がハードルが低い?

 ……今更か。

 でもいつまでも女の子のエイルに頼るわけにもいかないのは事実。

 エイルに彼氏ができたら、俺どうなっちゃうんだろ。

 俺が彼氏だったら我慢できないかも。

 それは置いておくとして、エイルの話に乗らない手はなくもない。


「エイルもこう言っているんだ。俺の恩返しに付き合ってくれないか?」


 無言でうつむくアニカの頭を、タイムがヨシヨシと撫でる。


「いいのでしょうか。ボクは出来損ないです。本当にご迷惑にしかなりません」

「気にするな。少なくとも扉すら開けられない俺よりは迷惑にならないと思うぞ」

「ホントなのよ」

「そこは否定してくれよ」

「事実なのよ」

「あははは」

「タイムもだろ!」

「はうっ!」

「ありがとう、ございます。うっ、こんなに優しくしてもらったの、ぐすっ、初めてで……うう」


 タイムが頭を撫でる中、アニカはすすり泣いた。

結局は結論の先延ばし?

確定情報無いからね

次回は1年後の再受験に備えての話です

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