第33話 誰に願われて転生したのか
泣き疲れたのか、タイムは俺の腕の中で寝ている。
ほんと、よく寝る子だな。
タイムの背中をトントンしながら、部屋の中をうろつく。
することもなく、ただ待つしかないのだ。
暫くすると、エイルが入ってきた。
「あの子は?」
「汚れを落としのよ、服を着替えさせのよ、隣の部屋で寝てるのよ」
「大丈夫なのか?」
「できることはないのよ。魔素が保てばいいのよ」
体力が保てば的な意味か?
後は目が覚めるのを待つしかないのか。
「あの子は召喚術師なのよ」
「そうなのか? じゃああのサラマンダーはあの子の?」
「多分そうなのよ。訳ありなのは確実なのよ」
今の世の中、召喚術が使えるのはオルバーディングと言われる一族だけだという。
そしてその一族がいるのは隣の都市であるとも。
そんな者が1人でこんなところにいること事態、なんらかの理由がなければ起こりえないだろう。
「病院に行きたくない」というのも、当然というものだ。
病院に行けば、必ず保護者に連絡がいく。
ここに居ることを、家の人に知られたくないのだろう。
とはいえ、危険な状態になったら病院に連れて行くのも吝かではない。
とにかく、話はあの子が目を覚ましてからだ。
少年が目を覚ましたのは、次の日の昼前だった。
本来なら俺とエイルは山へ鉱石狩りに出かけるところだった。
しかし少年が心配で、今日もいつものようにエイルは仕事をし、俺は小鬼と戯れていた。
そんな中、目を覚ましたことをトレイシーさんが伝えに来てくれた。
俺とエイルは少年のもとに急いだ。
少年はエイルの部屋の反対側の部屋にいる。
元は父さんの部屋だったそうだが、今は空き部屋になっている。
少年はトレイシーさんが用意してくれた食事を、ベッドの上で食べていた。
俺たちが部屋に入ると食事を中断した。
「危ないところを助けていただいて、ありがとうございます」
「気にしないのよ。協会の規則に従ったまでなのよ」
「俺らのことは気にせず、食べてくれ」
「すみません。ありがとうございます」
少年が食べているのはお粥だろうか。
ガツガツではないけれど、飲み込むように食べていた。
後はいつものスープのようだ。
「誰も取りゃしないから、ゆっくり噛んで食べな」
よく見ると、お粥の中に挽肉のようなものが混じっている。
栄養バランスのためだろうか。
思ったより元気そうでよかった。
食べながら話を聞くのもなんだし、俺たちも昼食を取ることにした。
一応なにかあったら困るので、タイムが残ることにした……んだが、部屋の扉が閉まった途端、俺の元に現れた。
「どしたの?」
「うう、行動制限に引っかかって、弾き出された」
そういえば、シャワー室から外に出られなかったんだっけ。
昨日も扉に激突してたし。
出るだけじゃなくて、離れていることもダメなのか。
どこまでが行動可能範囲なのか、確認しておいた方がいいのかも。
「扉を閉めると、部屋から追い出されるらしい」
「ならのよ、扉を開けっぱなしにしておくのよ」
そんなことできるのかっ!
って、普通に考えれば当たり前なんだけど。
〝自動ドア=開けて閉まる〟がセットみたいなものだから、失念していた。
エイルが扉を開け、タイムが中に入っていくのを見送ってから茶の間に向かう。
食卓には既に昼食が並べられていた。
さすがトレイシーさん、やることが早い。
いつものようにトレイシーさんに感謝をし、昼食をいただく。
時々タイムが空のお皿を持ってきて、台所でお粥を装って部屋へと戻っていっている。
食欲はあるみたいだ。
タイムに様子を見させておいて、正解だったようだ。
食事を終えると、タイムが空になった皿を流しに置いてきたところだった。
「お腹いっぱいになったみたい。寝ちゃった」
「そっか。じゃあ起きるまで待つか」
食べて寝て、体力を回復させているのだろう。
少年のことはトレイシーさんに任せて、俺は再び模擬戦を始めた。
少年が目を覚ましたのは日が沈み始めた頃だった。
フブキの散歩に行こうかと思った矢先だったので、後ろ髪を引かれつつ、エイルと共に少年のもとへ向かった。
ただ、タイムがそのことに目を丸くして驚いていたことが気になった。
「気分はどうだ?」
「あ! 改めまして、本当にありがとうございました。見つけて頂けなかったら、魔素に還っていたことでしょう」
魔素に還る?
土に還る的なことかな。
「食事まで用意して頂いて、おかわりまで厚かましく頂いてしまい、すみませんでした」
「気にしなくていいのよ。うちはここの工房長で――」
「工房長?!」
「話の腰を折るんじゃないのよ。うちはエイル・ターナーっていうのよ。で、この話の腰を折ったのがモナカなのよ」
「モナカだ。家名はない、ただのモナカだ」
「タイムはね、タイム・ラットっていうんだよ。タイムはねー、マスターのー、か、かの……うう、サポーターだよ」
タイムはサポーターと言い終わると、うなだれてしまった。
もしかして、やっぱり俺のサポートは嫌なのか?
わからなくもない。
誰だって転生した途端に〝お前の主人はこの人だから、誠心誠意仕えるように〟とか言われたら、嫌だよな。
今までもそんな素振りはあったような気もしたけど、自分で言葉にして出すと、実感もわくのだろう。
もっと労ってやらないとダメかな。
多少のドジは見逃してや……それとこれは話が別か?
とはいえ、俺にはタイムの頭を撫でてやることくらいしかできない。
「うなっ!」
不意のヨシヨシに驚いたらしい。
気にせず撫で続ける。
そんなことより、考えてみるとタイムでさえ家名があるのに、俺にはないんだよな。
ちょっとショック。
「ボクはアニカと申します。アニカ・ルゲンツ・ダン・ロックハートです」
ロックハート?
エイルがオルバなんとかって言ってたような。
エイルの勘違い?
「アニカはオルバーディング家の人じゃないのよ?」
そうそう、そんな名前だったな。
召喚術がどうのって。
「その……ボクは家から勘当されました。ですからその家名はもう名乗ることができません」
「勘当されたのよ?!」
「はい」
てことは、アニカの本名はアニカ・ルゲンツ・ダン・ロックハート・オルバーディングなのか?
それともアニカ・ルゲンツ・ダン・オルバーディング?
どっちにしても、長い名前だな。
「なにがあったのよ」
アニカは躊躇いながらも、先日行われた結界外探索許可試験のことを話してくれた。
契約したはずの精霊が召喚に応じてくれなかったこと。
召喚術を試験官に馬鹿にされたこと。
逆上して殴りかかって返り討ちにされたこと。
ここまでなら離縁されることはなかったかもしれないということ。
しかし、精霊から契約まで破棄されてしまったことが止めなのだろう。
それが父の逆鱗に触れてしまったから、離縁されたということ。
「アニカは第九都市出身で間違いないのよ?」
「はい、そうですが……」
「その試験日のよ、確か1週間ほど前なのよ?」
「そうですね。そのくらいです」
「それがどうかしたのか?」
1週間前……なにかあったっけ。
「モナカがうちに来た頃なのよ」
「……ああっ」
そうだ。確かにこっちの世界に来て大体1週間が経っている。
この世界に召喚された日が、アニカの試験日ってことなのか?
「アニカは異世界召喚術が使えるのよ?」
「まさか! そのような召喚術が使える人なんていません」
「おいエイル、いきなりなにを言い出すんだ?」
「アニカが召喚に失敗したのよ、同じ日にモナカが現われたのよ。偶然なのよ?」
「どういうことでしょうか? モナカさんが現われたとは」
「モナカは異世界人なのよ」
「おい!」
そういう秘密的なことをいきなりバラすなよ。
もし変なところに話が伝わったら、面倒ごとに巻き込まれるかもしれないのに。
エイルとしても、言いたくはないが〝検体〟を取り上げられることになるかもしれないのに。
「モナカさんが?」
「夕飯前のよ、うちの前に現れたのよ」
「本当ですか?」
「あー。まあ、そういう事だ」
今更隠しても意味はないだろう。
だからといって、転生したというのもわざわざ言う必要もない。
「こちらの世界に〝転移〟してこられたのですね」
「〝転移〟のよ、〝転生〟なのよ」
「エイル! お前なんでもかんでも話すなよ!」
「大丈夫なのよ」
「なにが大丈夫なんだよ」
「アニカがモナカを召喚したのよ、転生先がズレただけなのよ」
「おい!」
こいつ、俺の話を無視してやがる。
「その話は無理があります」
「何故なのよ」
「ボクがやろうとしたことは、あくまでも精霊召喚です。〝転移〟ならまだしも、〝転生〟はあり得ません」
「モナカは代償を支払ってるのよ。問題ないのよ」
問題しかねーよ。代償のことまで話すとか……
なにが代償かは話していないところは考慮したということか?
「代償?! 恩恵なら分かりますが、代償を支払ったのですか?」
「支払ったというか、奪われたに近いな」
「……だとしてもですね、時間ばかりはどうにもなりません」
「時間のよ?」
「ボクが試験を受けたのは、お昼過ぎです。夕飯前よりずっと前なんです」
「それはきっと召喚に失敗のよ、異空間をさ迷いのよ、うちの失敗で空間に穴が開くのよ、モナカが出てきたのよ」
なにその超理論。
その癖、一応筋が通っているように聞こえるから、また質が悪い。
「そんな無茶苦茶な!」
「可能性はあるのよ」
「じゃあなにか? 俺はアニカに願い請われ、転生させてもらえたと? でも転生先がズレた、とでもいうのか?」
「そう言ってるのよ」
「俺、精霊じゃないんだけど」
「細かいことを気にする男はモテないのよ」
「細かくないよ!」
なんというか、相変わらずエイルは強引だな。
「確かに、可能性は捨てきれませんが……」
アニカのやつ、丸め込まれようとしているぞ。
「いえ、やっぱり無理です。異界からの召喚ですらまともにできないボクが、異世界から……しかも死者を蘇らせるなんて不可能です」
「召喚眼を2つも持ってるのよ。可能性はあるのよ」
「! 眼のことを知っているのですか?」
「知識として知ってるだけなのよ」
「召喚眼?」
「オルバーディング一族特有のよ、精霊召喚術に適した眼のことなのよ。見れば誰でも分かるのよ」
少年の瞳はとても深い蒼色で、真っ白な線が放射状に6本入っている。
それが両目共だ。
普通じゃない、特殊な眼だというのが分かる。
そんな少年の眼を見つめると、頬を染めて目を逸らされてしまった。
「あ、悪い」
「いえ」
眼のことはともかく、アニカに召喚されたという話はあり得るのだろうか。
状況だけ考えるなら、エイルの言っていることに一理ある。
アニカも召喚する際、応えてくれと〝願って〟いる。
俺は誰かの願いによって転生を許されたわけだし、ない話でもない。
むしろそうであると考えるのが自然だ。
アニカとエイルがその可能性について議論をしている。
アニカは安静にしていた方がいいと思うんだがな。
エイルは、ちょっと興奮しすぎだ。
『なあタイム、お前はどう思う?』
『綺麗な眼だと思う』
『そうだな……』
そっちじゃねえよ!
『いや、俺がアニカに召喚されたって話だよ』
『……え? あー、タイムはそれはないって思うよ』
『ん、分かった。なら、違うんだろうな』
『信じてくれるの?』
『当たり前だろ』
タイムの頭を撫でてやる。
それに、タイムを信じられなくなったときは、俺の精神が崩壊した後だろう。
『うきゅわ、でもにぇ、そえを聞いてもにゃにも、うにゅ、答えてくえらいんらよ』
『そうなのか?』
『うみゅ、マシュターも〝にゃい〟っておみょうの?』
『んー、どうせ願い請われるなら、相手は可愛い女の子がいいよな』
『にょ! それは〝ある〟って思っているってことなの? ねえ、マスター』
『え? なにを言っているんだ?』
なんで急に不機嫌になるんだ?
男だったら可愛い女の子の頼みは断れないだろ。
仕方ないんだよ。
『だってアニカは――』
「絶対にあり得ません! これだけは断言できます! ボクには、異世界を渡らせるだけの力なんてありません。ましてや転生だなんて……それは……」
それまで大人しくエイルと話していたアニカが、急に大きな声を出した。
やはりエイルの素人意見が、召喚の専門家からしたら腹の立つようなことだったのだろう。
俺はアニカによって召喚されたのか、それとも別の者によって呼び出されたのか。
どちらにせよ、可能性の1つとして心に留める程度にしておこう。
「そもそも、タイムさん……ですか? 妖精の力で転生できたのではないでしょうか」
「なんでそこで妖精が出てくるんだ?」
「タイムさんは妖精族なのですよね?」
「タイムが妖精?!」
「違うのですか?」
「タイムはマスターの――あ、マスターっていうのはマスターのことで……はう!」
「あー、マスターってのは俺のことだ」
「そう、マスターのことなの。そのマスターのサポートA.I.なんだよ。妖精じゃないよ」
「エーアイ……ってなんですか?」
「そうだな、人の思考を模倣するもの……とでもいえばいいのかな」
「模倣……妖精ではなく、人ですらないのですか?」
「え……タ、タイムは……えっと……」
「タイムは人だよ。特殊なスキルが使えるだけのただの人だよ。それでいいだろ」
「あ……すみません」
「マスター……」
「俺たちのことはもういいだろ。アニカは倒れていたんだ。あまり長話するもんじゃない。続きは明日だ。それでいいな」
渋々ではあるが、エイルはその案に従ってくれた。
アニカも疲れたらしく、了承してくれた。
俺は遅くなったフブキの散歩に、エイルと供に向かった。
アニカが俺をこの世界に連れてきてくれた?
それは分からないが、本当に無関係なのだろうか。
しかし、いくら考えても答えは出なかった。
エイルの推論は果たして合っているのか。
そのうち分かります。
次回はモナカとエイルは仲良し……に見えるという話。






