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第32話 あるよりは無い方がいいに決まっている

「「フブキに負けた……」」


 合流したタイムがうなだれてへこんでいる。

 フブキが前足でタイムの頭を撫でている。

 勝者の余裕というやつか。

 でもなんだろう。

 なあフブキ。それ、撫でているんだよな?

 踏みつけているわけじゃないよな?

 ……まあいい、親睦を深めてくれ。

 今はタイムに構っている場合じゃない。

 横たわっている子供に集中しよう。

 エイルが拾った身分証を子供に触れさせる。


「この身分証の持ち主なのよ」


 そんなことまで分かるのか。

 例のコツというのは凄いな。

 全身泥だらけで、着ている服のいたる所が裂けている。

 一応呼吸はしているようで、安心した。


「魔素がだいぶ漏れてるのよ」

「漏れている? どういうことだ?」

「……血が垂れてると思えばいいのよ」

「大丈夫なのか?」

「ちょっとよくないのよ。すぐ病院に連れて行くのよ」

「分かった」


 背はエイルとほぼ同じくらい。

 抱えてみると結構軽い。

 華奢な体つきなようだ。

 服は破れているが、生地は上等なものらしい。

 背負ってみると、生地の柔らかな感触が背中に伝わってくる。


「う、うう」

「気がついたのよ?!」

「大丈夫か? 今病院につれてってやるからな」

「病、院……はっ。病院は、やめて……ください。お願い、します」

「なに言ってんだ、こんな状態で連れて行かないわけにはいかないだろ!」

「そうなのよ。このままじゃ失魔素死(しつまそし)しかねないのよ。顔色が悪いのよ」


 なにその失魔素死(しつまそし)って。

 失血死みたいなものか?


「お願い……します。病院、に行ったら、家にバレて……しまいます。ボク……は、兄に、見つかる……わけには、いかな……いのです」

「もう喋るな。体力がなくなるぞ」

「お願い……します。病院、だけは」


 そこまでいうと、動かなくなってしまった。


「おい、大丈夫か? ……おい!」

「大丈夫だよ、気を失っただけみたい」


 タイムが少年の首筋に手を当てて答えた。


「でも大分(だいぶ)弱ってるよ」

「そうだね、脈が弱々しいよ」

「早く家に帰って寝かせてあげようよ」

「いや、病院に連れて行かないと――」

「この子、病院は嫌だって言ってたじゃない」

「家にバレたくない事情があるんだよ」

「「ねーエイルさん」」

「仕方ないのよ。一端家に連れて行くのよ」

「いいのかよ」

「本当に危険になったのよ、連れて行くのよ」

「……分かった」


 とりあえず家に連れて帰ることになった。

 そうなると、バイクの荷台に入れることになる。

 さすがに背負ったままフブキに乗ることはできない。

 荷台に放置というわけにもいかず、タイムが付き添いで一緒に荷台に乗ることになった。

 結果、〝タイムと一緒に帰らない〟が現実になるのだった。

 山道は町中と違い、道がなだらかとは言い難い。

 ガタガタではないにしても、整備は行き届いていない。

 それなりに荒れていた。

 普通なら荷台が揺れないように気をつけなければいけないところだが、浮いているから路面の影響を受けることはない。

 速度を上げても、揺れる心配はあまりない。

 それでも加減速や曲がり角などではそうもいかない。

 と思ったのだが。


「物が揺れるのよ、揺らそうと魔力が働きかけるから揺れるのよ」


 なにを言っているのかよく分からない。


「曲がるときのよ、揺らそうとする魔力より揺れないようにする魔力が強けれのよ、揺れないのよ」


 ようは慣性の法則に逆らえるだけの力があれば、慣性の法則は無視できるってことなのか?

 魔力世界はよく分からん。


「ならフブキの冷やそうとする魔力に逆らえるだけの魔力があれば、問題ないってことか?」

「おおむね間違ってないのよ」

「つまり俺はそれだけ強力な魔力を――」

「持ってないのよ」

「扱い方が分かっていないだけ――」

「持ってないのよ」


 そうか、やっぱり持ってないのか。

 魔力を持っていないから魔力による干渉ができない。

 だからこそ魔力による干渉も受けないってことかな。

 じゃあ、なんで俺はフブキに振り落とされそうになるんだろう?

 それを考えるのは後回しだ。

 今は早く戻って、この少年を安静に寝かせてやらなくては。

 家にたどり着き、再び少年をおんぶする。

 外階段を上がって玄関の前でエイルを待つ。

 ちょっとした好奇心から、少年の手を玄関に触れさせてみる。

 開くことを期待したが、開くことはなかった。

 やはり意識しないと魔力というものは流れないらしい。

 エイルが外階段下にバイクを駐輪し、フブキを一犬家(いっけんや)へ連れて行くと、外階段を上がってきた。


「なにしてるのよ」

「あ、いや。開かないかなーって思って」

「怪我人で遊ぶんじゃないのよ!」


 エイルが扉を開けて、中に入るよう促してきた。


「遊んだ訳じゃないぞ。早く開けて中に入れないかなって思っただけだ」

「いいのよ、さっさと脱衣所に連れてくるのよ!」

「お、おう」


 脱衣所に連れていき、そこで床にそっと下ろした。


「モナカは母さんを呼んでくるのよ」


 そう言って、俺を廊下に追い出した。

 言われるがまま、トレイシーさんを呼びに行く。

 連れて戻ってくると、「モナカは中に入るんじゃないのよ!」と、再び追い出されてしまった。

 なんなんだ一体。

 とはいえ、俺にできることなんてないか。

 脱衣所の前で待っていると、扉が開いてエイルが出てきた。

 中を覗いて様子を見ようとしたら、また怒鳴られてしまった。


「中を覗くんじゃないのよ! デリカシーがないのよ。モナカはうちの部屋でおとなしくしてるのよ」


 そう言って、俺はエイルの部屋に閉じこめられて(監禁されて)しまった。


「なんなんだよ、もー。見るくらいいいだろ。なにもできないかも知れないけど、心配なんだから気になるだろ」


 野次馬根性丸出しである。

 大概そういうやつは邪魔なんだよな。

 ……俺のことか。


「マスター、ダメですよ。いくら気になるからって覗いたりしたら」

「タイムまでエイルの味方なのか?!」

「そういうんじゃないよ。もう、エイルさんじゃ物足りないの?」

「……なにを言っているんだ?」

「だ・か・ら! 毎日エイルさんとシャワー浴びて(胸を)見ているんでしょ。……って言わせないでよ」

「な……今それは関係ないだろ!」

「その……エイルさんで物足りないのなら、タイムも(やぶさ)かではないと申しますか……」


 頬を染めてモジモジしながら、なにを言い出すんだ?


「いや、タイムを見ても意味ないだろ」

「意味ないってどういう意味ですか!?」


 な……なにを急に怒り出すんだ?

 相変わらず沸点がわからない。

 タイムは怪我してないんだから――そもそも怪我自体するのかも怪しい――見る意味ないだろ。


「やっぱり(胸は)無いよりある方がいいんですか?!」

「なに言ってんだよ。(怪我は)無い方がいいに決まってるだろ」

「ふへ?!」

「いやだから、(怪我は)無いに越したことはないだろ」

「そ、そうなんだ。マスターは(胸は)無い派なんだね」

「はあ?」


 怪我にある派も無い派もあるかよ。

 自傷癖のある人は、ある派なのか?


「なら尚更なんでタイムのは見る意味ないの?」

「そりゃ見るなら(怪我が)ある方を見るだろ」

「マスターのバカッ!」

「あ、おい!」


 突然駆けだして扉を通り抜けて廊下に……出ようとして扉に激突して引っくり返っていた。

 なにがしたいんだタイムは?


「おい、大丈夫か?」

「うえーん、痛いのぉ!」


 もー、しょうがないやつだなー。

 顔をしたたかに打ったみたいだ。


「なにやってんだよ。ほら」

「ひぃーん」


 抱き抱えて頭をヨシヨシと撫でてやる。

 胸の中でピーピー泣くタイムをあやしながら、エイルが戻ってくるのを待つしかなかった。

みんなは無い派? それともある派?

次回、モナカがどうやって転生してきたかをエイルが解き明かします

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