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第31話 落とし主は誰ですか

乗り物についてはこのまま行くか、修正するか、未だに迷ってます

 狩り場までの足はというと、俺はフブキに乗せてもらうことになった。当然だな。

 エイルはというと、外階段下からバイクを出してきた。

 バイクではあるが、タイヤがない。浮いているのだ。

 見た目はスクーターっぽいが、エンジンらしきものが見あたらない。

 エンジンがないからマフラーもない。

 その代わりなのか、後ろには大きめの荷台が付いている。

 非常に静かで、動作音が聞こえない。


「それはバイクか?」

「そうなのよ。うちはこれに乗っていくのよ」

「荷台があるのに、フブキに荷物持ちをさせるのか?」

「山の中までこれで行けないのよ」

「なるほど」


 バイクで行くのは登山口まで。

 その先は徒歩でしか入ってはいけないという。

 だから必然的に荷物持ちが必要なのだ。

 大抵の人は、自分で持って下山する。

 荷物持ち専門の人を雇ったりするのは稀だ。

 フブキのような動物を使う人もたまに居るが、少数派だ。

 エサ代も馬鹿にならない。人を雇う方が安上がりな場合が多い。

 バイクの速度は決して遅くない。スピードメーターが付いているわけではないからどのくらい出ていたかは分からない。

 それでも町中で走っている車より速いと感じた。

 フブキはその速度に遅れることなく、息を切らせることなく、ついていけた。

 俺を乗せ、タイムを乗せ、風を切って走り抜ける。

 タイムは肩車をしたがったが、危ないからと俺の前に乗ってもらった。

 本当なら携帯(スマホ)で大人しくしてた方が安全なのだが、それは嫌だと駄々をこねられた。

 乗馬経験もなく、(くら)(あぶみ)もない。その上馬ではなく犬だ。

 昨日今日と散歩のときに乗せてもらってはいたが、そんな速度で疾走してはいなかったから乗ることができた。

 だが今は、振り落とされないように首にしがみついているのが精一杯だった。

 移り行く景色を眺める余裕なんてありはしない。

 フブキに負担をかけないよう、必死にしがみつくことしかできなかった。

 郊外を抜け、山道に入っていく。

 鉱石狩りとか言うものだから、てっきり岩山だと思っていた。

 実際には普通に木々が生い茂った山だった。

 こんなところに鉱石があるのかと疑問に思うが、あるから来たのだろう。

 あまり広くない山道を進んで中腹まで来ると、少し広いところに出た。

 その先にも道はあったが、〝この先許可無き車両の進入禁止〟の立て看板があった。

 エイルがバイクを止めて降りたので、俺もフブキから降りることにした。


「タイム、フブキに乗るときは肩車は止めておく」

「そうだな。俺もそう思う」


 だが、俺の思っている理由とタイムの思っている理由がまったく違うことに、お互いが気づくことはなかった。


「モナカ、これをフブキにつけるのよ」


 渡されたのは鞄だ。

 フブキの背中に付けると身体の左右に2つずつ、合計4つの鞄がぶら下がった。

 背中のところも、大きなものをベルトで留められるようになっていた。

 フブキは嫌がることなく、大人しく付けられるのを待っていた。

 フブキの身体はひんやりとしていて気持ちがいい。

 エイルが言うような冷たい感じは全くなかった。

 だが、取り付けた鞄はひんやりどころか、かなり冷たくなっていた。

 凍るほどではないが、結露していてもおかしくないくらいには冷たかった。なのに結露は見られない。

 不思議なものだ。鞄はここまで冷えるのに、俺はなんともないんだから。

 エイルが言っていたのは、こういうことなのか。

 普段はエイルが取り付けているとのことだが、当然エイルもこの影響を受ける。

 如何に素早くきちんと鞄を取り付けるか。そこが重要なのだ。

 さっきの俺みたいにモタモタしていたら、凍傷になっているだろう。

 そうならないように取り付けては暖め、取り付けては暖めなんてしていたら、日が暮れてしまう。

 タイムに手伝ってもらいながら取り付けたが、それでもかなりの時間を要した。

 後で特訓するしかないな。


「そういえば、エイルに用意してもらったこの服、なんで冷たくならないんだ?」


 鞄が冷たくなるのなら、服だって冷たくなって当然だ。

 俺に影響を及ぼさずとも、服が冷えて身体が凍えるのではないだろうか。


「うちは用意してないのよ」

「……は?」

「タイムが用意しました」

「タイムが?」

「布はいっぱい貰えるから、タイムが裁縫して作ったんだよ」


 そんな特殊な布をバンバンくれる人が居るのか?

 結構高価だと思うんだけど。


「貰えるって……誰に?」

「誰って……カドさん?」

「誰だよ」

「外国人なのかな? 〝CAD(カド)〟って人。その人がいっぱい布とかくれるから、好きに裁断して作っていいって。完成したら幻燈機ポップアップディスプレイで着られるようになるって言ってた」


 ちょっと待て。今、不穏なこと言わなかったか?


幻燈機ポップアップディスプレイで着られるようになる?」

「うん」


 もしかして、裸の王様的な?

 もしかしなくても、ボディーペイント的な感じなのか?

 あれか、プロジェクションマッピングとかなのか?


「じゃあこの服、映像なのか?」

「うん? 服は服だよ。映像じゃないよ」

「え?」

「……え?」


 これ、気にしたらダメなやつ?

 それにしても、タイムが裁縫して作ってくれた服なのか。

 そんな才能があるとは……意外だ。

 そういえば、携帯(スマホ)のバッテリー切れ事件があってから、服のサイズが合うようになっていた。

 あれ以降の服は、タイムが(つくろ)ってくれたものと思っていいのだろう。

 うん、これは服だ。映像じゃない。バカには見えない服なんかじゃないんだ。

 フブキに鞄を取り付け終わると、もう乗ることはできない。

 エイルを先頭に、フブキと俺が一緒について行く。

 タイムは肩車(定位置)に落ち着いた。

 いや、歩けよ。これから戦闘が始まる……かも知れないんだからさ。


「今日はお試しなのよ。時間もないのよ、多分見つからないのよ」


 簡単に見つかるようなものでもないらしい。

 看板の先に進んでいく。

 鉱石を集めると言っても、普通の山道だ。

 ところどころ岩がむき出しにはなっているが、大体土で覆われている。


「こんなところに鉱石があるのか?」

「山の土なんて表層だけなのよ。ちょっと掘れば石だらけなのよ」

「そうなのか」


 確かに土で覆われているといっても、小石がゴロゴロしている。

 でも鉱山のような岩山を想像していただけに、ピクニック感が拭えない。

 熊よけの鈴とか持っていたほうがいいのかな。

 そんな詮無(せんな)い会話をグダグダとしながら、山道を歩く。

 時折獣道のようなところを入っていっては、戻るを繰り返した。


「なあ」

「なんなのよ」

「歩き回ってるだけで、採取はしないのか?」

「ないものは無理なのよ」


 思っていたよりも難しいみたいだ。


「今のところよの、オオネズミに先を越されてるのよ」

「オオネズミに?」

「オオネズミはフンを食べるのよ。その時のよ、鉱石を噛み砕くのよ。使い物にならないのよ」

「ふーん」

「だいたい決まったところにフンをするのよ。だからこうやって回ってるのよ。オオネズミと競争なのよ」

「やな競争だな」


 競う相手が人間ではなく、ネズミって……

 2時間ほど探して回ったが、結局全て空振りに終わった。

 日もだいぶ傾いてきた。

 そろそろ帰ろうかという話をしていたら。


「マスター、あそこに水筒が落ちてるよ」

「水筒?」


 何処だろうとタイムが指を指した方に目を向けるが、見えない。

 すると、タイムが二手に分かれ、1人が水筒があると言った方へ、走っていった。


「あ、タイム。勝手に離れるなよ。迷子になるぞ」

「大丈夫だよマスター、ほら」


 残ったタイムが言うと、走っていったタイムが見ている光景らしきものが映し出された。

 そして白い筋が足元から伸びていた。


「なんだコレ」

「タイムが見た光景を映してるんだよ。で、地面の白いのは、走っていったタイムの足跡だよ」

「なんの話をしてるのよ」

「タイムが水筒を見つけたって」

「水筒のよ?」

「ほら、これ」

「……どれなのよ」


 あ、また俺にしか見えないやつか。


「タイム、エイルにも見えるようにできないのか?」

「ごめんなさい。これはタイムとマスターにしか見えないの」

幻燈機ポップアップディスプレイは使えないのか?」

「サポート対象外だから無理だって」


 なんだその制限。

 とはいえ、水筒があったからってなんだというんだ?

 誰かが落としていっただけだろう。

 走り出したタイムの見ている光景は、地上すれすれを映し出している。

 目線が低いと、低木でも大樹に見える。

 スピード感が凄い。疾走しているように見える。

 そこそこ離れたところまで行くと、水筒が見えてきた。

 肩車をしたタイムからだと、こんなところまで見えていたのか。

 しかしこんな大きな……いや、タイムが小さい(3頭身だ)から大きく感じるだけで、実際にはタイムの目線くらいしかない小さな水筒、よく見つけたものだ。


「あんまり汚れていないな」


 つい最近落としたものだろう。


『引っ掻かれたような跡があるよ』

『あ、ホントだ』

『周りに動物の足跡もあるよ』

『なんの足跡かな』

『なんだろう? ちっちゃい動物だと思う』

『そうだね、なんだろう』


 なんか、タイム同士で会話しているんだけど。

 えっと……別個体?

 並列で動いてるのか?

 謎が多いやつだな。

 とりあえず白い線をたどってタイムの元へと歩く。


「あ、何処に行くのよ」

「タイムを迎えに行くだけだよ」


 映像で見た距離感だと結構あったようにみえたが、実際には大して離れていなかった。

 スケール感って大事だな。

 タイムのところまでたどり着くと、肩に乗っかっていたタイムも飛び降りて周辺をうろつきまわり始めた。


「はいマスター」


 タイムから水筒を受け取る。


「ここに落ちてたのー」


 引っかき傷をよく見てみると、錆びたような跡はない。

 本当につい最近落としたものっぽいな。


「ゲンコウトカゲのフンをオオネズミが食べた跡があるのよ」


 タイムが指差した茂みの辺りをエイルが見てそう言った。

 引っかき傷を付けたのはオオネズミなのか?

 だとすれば、オオネズミに誰かが襲われたのだろうか。


『マスター、見て見てー』


 走り回っているタイムが映像を送ってきた。

 そこにはナイフが映し出されていた。

 ナイフをこっちに持ってこようとしていたが、重たくて引きずることもままならないらしい。


『おーもーいー!』


 やれやれと思いつつ、足元の白い線をたどってタイムを迎えに行く。

 タイムが引きずっていたナイフを持ち上げる。


「うにゃあ!」


 クレーンゲーム機のように、タイムも一緒に釣り上げることができた。

 タイムは俺の腕をよじ登ると、頭の上に寝そべった。

 ……重い。

 ナイフの方はというと、これも汚れてはいるがなにかを切ったというような形跡はない。

 新品に泥が付いたようなものだ。

 柄のところには、なにかが削り取られたような跡があった。


『マスター、鞄が落ちてるよ』


 タイムは徘徊癖があるのか?

 大人しくしていられないようだ。

 いや、1ぴ……1人は頭の上で大人しくしている。交代制?

 それはともかく、今度は鞄の映像が送られてくる。

 恐らくは同一人物の持ち物なのだろう。

 鞄の肩掛け紐が切れていた。

 逃げている最中に何処かにひっかけたのだろうか。

 それともネズミの爪で切られたのだろうか。

 鞄は使い込まれた感じこそするが、長い間野ざらしになっていた感じはしない。


「エイル! 鞄が落ちているぞ。多分全部同一人物のものだ」


 エイルと合流し、鞄のある場所へと移動する。

 足下の白線は、最初タイムの歩いたとおり、右に行ったり左に行ったりと蛇行していた。

 しかしいざ辿(たど)ろうとすると、最短ルートに変化していた。

 優秀なナビアプリでも入っているのか?

 鞄はそこそこ離れたところにあった。


「よく見つけられたな。えらいえらい」


 タイムを拾い上げ、頭を撫でてやる。


「あーずるい! タイムだってナイフ見つけたのに!」

「へへーんだ。タイムは水筒と鞄の2つも見つけたからだもんねー」

「ずるいずるいずるい! タイムだって頭撫でてもらいたいもん!」


 お前ら同一人物だろ。情報共有すればいいんじゃないのか?

 よく自分同士で喧嘩できるな。……いや、自分同士だからなのか。

 まったく、仕方のないやつだ。

 頭に乗っているタイムをつまみ上げ、2人一緒にだっこして頭を撫でてやる。


「お嬢様、これで満足ですか?」

「「うなあ!」」

「いちゃつくのは後にするのよ」


 エイルが鞄を拾い上げ、中を漁り始めた。

 持ち主を特定するためだろうか。

 目的のものはあっさりと見つかったようだ。

 それは、身分証だった。

 エイルが自分の身分証と重ねると、モニターが浮かび上がった。

 手元に浮き上がったパネルで操作を始める。


「昨日紛失したみたいなのよ」

「そんなことも分かるのか」

「コツがあるのよ」

「へー、コツねえ」


 そのコツは聞いても大丈夫な(たぐい)のものなのだろうか。

 いや、知らない方がいいだろう。


「持って帰って協会に渡すのよ」

「協会に? 警察じゃなくてか?」

「警察の代わりの組織はあるのよ、落とし物の管理はしないのよ。落とし主は狩猟協会に登録してるのよ。だから協会に持って行くのよ」

「ダメだよ! 落とし主も見つけないと」

「落とし主?」

「見つけようがないのよ。それにもう下山してるのよ」

「まだしてないよ。早く見つけないとダメなんだって」


 ん? なんで〝まだしてない〟と言いきれるんだ?

 それにまた誰かに言われたかの言い方。

 なにかあるのかも知れない。


「どういうことだ?」

「分かんない」


 分からないのは相変わらずなのか。

 せめて理由を誰かに聞いてから答えてくれ。


「けどダメなんだって」

「タイムが見つけてくる!」

「あ、タイムも探してくる!」


 腕の中からすり抜けると、2人でにらみ合った。


「どっちが先に見つけてくるか、競争だよ」

「タイムになんか負けないからね」


 いや、どっちもタイムだろ。


「先に見つけた方がマスターと一緒に帰るんだからね」

「よーし、負けないよ!」


 なんで別々に帰ることになってるんだよ。


「「マスター!」」

「ん?」

「「合図頂戴!」」

「ああ。えーっと、〝よーい……どん!〟って言えばいいのか?」


 走り出したタイムが盛大にずっこける。


「「そういうお約束は要らないよ!」」

「あははは、ごめんごめん。じゃあ、スタート!」


 一瞬、なにを言われたか理解できなかったタイムだが、2人して慌てて駆け出していった。

 まったく、(せわ)しないやつだ。


「大丈夫なのよ?」

「大丈夫だろ。エイルには見えないだろうけど、タイムたちの足跡はちゃんと見えてるから」

「そっちじゃないのよ」

「ん? あ、そうだ。フブキ!」

「わふん?」

「なーなー、鞄の持ち主の臭い、辿れないかー?」

「わふ!」

「そうかーできるかー! じゃあ、頼んだぞ」


 フブキに鞄の臭いをかいでもらい、捜索を始めてもらう。

 地面の臭いをかぎ、1歩1歩進んでいく。

 初めの内はタイムの足跡が縦横無尽に付いていたが、次第に少なくなってきた。

 あいつら、何処探しているんだ?

 1歩、また1歩と進んでいく。

 今までの散乱状況から言えば、結構遠くに来ている。

 当然、タイムの足跡なんて既にない。

 恐らく、似たようなところを行ったり来たりしているんだろう。

 手掛かりもなく探し回ると、得てしてそんなものだ。

 臭いが強くなったのか、フブキの歩む速度が上がった。


「わふ!」


 なにかを見つけたのか、フブキが走り出した。

 追いかけていくと、フブキが唸りながら、待っていた。

 フブキの視線の先には、赤いなにかが居た。

 トカゲのような風体ではあるが、決定的に違うことがある。

 火を纏っているのだ。

 チロチロと火を全身に纏ったトカゲが、こちらを見ていた。

 不思議なことに、周りに火が燃え移るような様子は見られない。


「サラマンダーなのよ」


 エイルが追いついてきて、目の前のトカゲの正体を教えてくれた。

 火を司る精霊として有名な、あのサラマンダーだろうか。

 詠唱魔法を見る前に、精霊に出くわしたようだ。


「なんでこんなところにいるのよ」

「珍しいのか?」

「うちたちが精霊に会うのよ、あり得ないのよ。召喚術師が居ないと無理なのよ」

「近くに召喚術師が居るってことか」

「それもまずあり得ないのよ」


 サラマンダーは襲ってくるでもなく、こちらの様子を見ていた。

 フブキとサラマンダーのにらみ合いが続く。

 先に視線を逸らしたのはサラマンダーだった。

 そのままこの場を立ち去るのかと思ったが、振り返ってこっちを見ている。


「もしかして、ついて来いって言っているのか」

「モナカはサラマンダーの言葉が分かるのよ?」

「ただの感だよ」


 実際、サラマンダーがなにか音を発した訳じゃない。

 唸っているフブキをなだめ、サラマンダーの後を付いていく。

 案の定、サラマンダーは前を向いて歩き始めた。


「タイムちゃんはサラマンダー以下なのよ。可哀想なのよ」

「いきなりなにを言い出すんだ? そんなわけないだろ。エイルでも怒るぞ」

「ならその怒りを自分にぶつけるのよ」

「はあ?」


 エイルはいきなりなにを言い出すんだか。

 今はとにかくサラマンダーの後を追いかけよう。

 サラマンダーはちゃんと付いてきているかを確かめるように、時折こちらを振り向きながら歩いた。

 しばらく進むと、サラマンダーが立ち止まってこちらを振り向いた。

 俺たちの姿を確認すると、サラマンダーは掻き消えて居なくなってしまった。

 サラマンダーが消えた辺りへ足早に向かう。

 そこには、1人の子供が横たわっていた。

よーい……どん!〟って言ったらスタートね。

というネタは、小学校のときよくやったよね。


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