第29話 狩猟協会
なんか、タイムの幼児化が進んでいるような気がする
今日から新たな日課が加わった。
毎朝晩の2回、フブキの散歩をすることになった。
いや違う。させてもらえることになった、が正しい。
犬成分が補充できるようになった今、もう俺の安寧は約束されたようなものだ。
しかし1週間も経っていたのに、フブキの存在に気づかなかったのは一生の不覚。
というのも、俺が起きる前に散歩に行き、小鬼と戯れてシャワー浴びて夕飯食って寝た後に散歩に行っていたからだという。
基本、フブキは人と接して暮らす犬ではない。
職人たちも基本的には関わっていなかった。
エイルがご飯も散歩も、全部の世話を焼いていたのだ。
それでも、フブキは今まで寂しい思いをしていたんじゃないのか。
フブキが子供の頃は遊んだりしていたらしいけど、大人になり、能力が強くなりだしてからはあまり遊べなくなったそうだ。
普段、エイルと鉱石狩りに行くとき以外は一犬家でのんびりしている。
そんなボッチ生活も昨日までの話。
今日からは俺が遊んでやるからな。
「まずは狩猟協会で登録するのよ」
すまん、フブキをいきなり留守番させることになってしまった。
不甲斐ない俺を許してくれ。
後ろ髪を引かれながらも、エイルを手伝うために狩猟協会へとやってきた。
主な活動内容は3つに分けられる。
1.野生鳥獣保護
2.狩猟事故・違反防止対策
3.共済
この3つだ。
「保護活動もしてるんだな」
「当たり前なのよ。結界内の資源は少ないのよ。乱獲したらあっという間なのよ」
結界の広さは約8万3400平方km。だいたい北海道と同じ広さだ。
きれいな円形で、結界の外に出るには特別な資格がいるとのこと。
建物の中に入ると、そこは待合室になっていた。
カウンターの向こう側には受付嬢がいる。
エイルがテーブルの隅に身分証を置くと、置かれていたペンでなにやらテーブルに書き込み始めた。
覗き込んでみたが、やはり異世界語は翻訳されず、読むことができない。
『タイム、これ読めるようにならないのか?』
『えっと……確か言語相互翻訳の設定を……あ、これだ。マスター、許可してー』
[言語相互翻訳がカメラの利用許可を求めています]
[許可しますか?]
[許可]をすると、異世界語が日本語で見えるようになった。
テーブルには〝見習い申請書〟と表示されていた。
「名前はモナカでいいのよ?」
「なにを今更」
「名字はないのよ、聞いてるのよ」
「ああ、そういうことか。ないぞ。身分証にも書いてなかっただろ」
「分かったのよ。モナカの狩りの道具のよ、剣でいいのよ?」
「そうだな。それでいい」
なにを書いているのかと覗き込んでみると、どうやら本来は俺が書き込むべき欄を、エイルが埋めているようだ。
「そこ、俺が書くんじゃないのか?」
「モナカは字が書けないのよ」
何故質問ではなく、断定なんだよ。
と思ったが、多分魔力絡みということなのだろう。
そもそもこの世界の文字を知らないんだから、書けたとしても書けないか。
その後も書き込むべき内容をエイルに教え、書いてもらった。
「モナカは字が読めるのよ?」
「ああ、書けないけど読むだけなら、さっき読めるようになった」
「さっきなのよ?」
一通り書き終え、エイルが身分証を取るとテーブルの表示が消えた。
そして受付に向かう。
「いらっしゃいませ。本日のご用件をお伺いします」
綺麗なお姉さん……かと思ったら、パートのおばちゃんみたいな人が出迎えてくれた。とはいえ、受付〝嬢〟には違いない。
気さくそうな見た目とは違い、丁寧な対応をしている。
「この子の見習い申請をするのよ。親はうちなのよ」
「承りました。親になる方の身分証を右側に、子になる方の身分証を左側に置いてください」
受付嬢が提示した石版の右側にエイルが身分証を置く。
「モナカ、携帯をここに置くのよ」
「ここ?」
左側に携帯を置いた。
「失礼ですが、そちらが身分証でお間違い無いでしょうか?」
「はい、間違いありません」
『……よな?』
『間違いないよ、マスター』
間違いはないが、受付嬢が確認してくるくらいだ。
見かけないような形なのだろう。
「失礼しました。それでは、そのまま暫くお待ち下さい」
受付嬢が手元の端末を操作する。
石版の表面に線が走り、エイルの身分証と携帯を囲んだ。
淡く青い光が身分証と携帯の間を行き来する。
「なあ、これなにしてるんだ?」
「うちとモナカで親子関係を登録してるのよ」
「親子関係?!」
「見習いのモナカのよ、うちが責任を取るのよ。本当の親子になるわけじゃないのよ」
「なるほど」
「モナカは見習いなのよ、うちが居ない時に狩るのよ、密猟になるのよ」
「う……肝に銘じます」
自由に狩っていいんじゃないのか。
野生鳥獣保護を謳っているんだから、当然か。
「その……使用道具は本当にこれでよろしいのでしょうか?」
「いいのよ」
「分かりました。手続きを進めます」
「なにか問題でもあったのか?」
「なにもないのよ。近接武器を狩りの道具に登録するのよ、まず居ないのよ」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
まあ、普通狩りといったら弓とか猟銃とかだもんな。
剣で狩るやつは居ないというのは、納得だ。
「護身用に持つことはあのるよ、それで斬りかかるやつは居ないのよ」
狩猟とは、獲物に見つからないように仕留めるのが鉄則だ。
必然と遠距離武器や罠だったりする。
わざわざ獲物の前に躍り出て、「やあやあ我こそは居候の身、モナカなり! 恩義を返すため参上仕った。貴殿に恨みは御座らんが、お命頂戴す。お覚悟!」などとやっていたら、その間に逃げるわな。
登録終了後、エイルと2人で講義を受けることになった……のはいいんだが。
「子供を連れ込むのは構わないが、椅子に座らせて大人しくさせるように」
「はい。ほら、タイム」
タイムはあれ以来……と言っても半日前だが、肩車から降りようとしない。
肩が定位置だったのに、今となっては肩車が定位置になってしまっていた。
ま、4頭身だと肩は無理だからなんだろう。
しかも、必要なとき以外携帯の住人だったのに、今では入ることすらしなくなった。
寝るときも、今までは携帯の中だったのに、何故か昨日は布団の中に潜り込んできた。
いくらタイムが3頭身とはいえ、3人で寝るには狭すぎる。
縫いぐるみを抱いて寝る趣味はない。
タイムの大きさはそれっぽくても感触は全然違う。縫いぐるみなら気にも留めなかっただろう。なんで感触は妙にリアルなんだ。
こんな事は言いたくないが、タイムの身体はただの3DCGのはず。
なのに、もうエイルとタイムの違いが分からなくなってきた。
「タイム、子供じゃないもん!」
「なら、椅子に座って大人しくできるよな」
「できるー!」
子供だろ、完全に。
タイムは俺の身体の前に回り込むと、椅子に座った。
より正確に言うと、俺の股の間に座った。
「お、おい。何処に座っているんだよ」
「タイムの特等席だよ、マスター」
「……ふう。ま、いいでしょう」
いいのかよ! 呆れた顔するくらいなら注意しようぜ。
「へへー」
なに満足そうな顔しているんだよ。
こういうときは、大人しく携帯で寝てて欲しいくらいだ。
なんで急にここまで懐いたんだ?
講義内容は狩りについての心構えが殆どだった。
俺のためというよりは、親になるエイル向けが大半を占めた。
基本的にはエイルの言うことを聞きなさいとのこと。
そして決して1人で狩りに行ってはならないと言われた。
時折それを守らず問題になることもあるそうだ。
ま、俺は1人じゃ何処にも行けないだろうから、大丈夫だろう。
タイムはというと、講義がつまらなかったのか、机に突っ伏して寝ていた。
「タイム、起きろ。終わったぞ」
「うみゅ……うにゃあ、だっこぉ」
は?! なに言ってんのこいつ。
とはいえ、既に首に抱きついているタイムを引き剥がすのもあれだ。
まったく、仕方のないやつだ。
「ほんとに親子みたいなのよ」
「こんなデカい子供が居てたまるかっ! 彼女だって居ないのに」
「……フブキに手を出すんじゃないのよ」
「出さないよ! 俺をなんだと思っているんだ!」
「犬中毒なのよ」
「なんだそれは」
「そのままなのよ」
エイルはなにを考えているんだ?
普通に考えて、俺がそんな虐待行為をするわけがない。
フブキにはちゃんといい犬を見つけて幸せになってもらいたい。
だが、最低でも俺を倒せるくらいの強い男じゃなきゃ許さんがな。
いったん家に帰り、昼食を済ませる。
フブキと戯れたら、鉱石狩りに出発だ。
知ってるか? 活動内容は3つに分けられる。
って書きたかったw
そぐわないから自重した(しているように見えないかも知れないが)。
次回から第3章です。
16話で出てきた精霊召喚術師がメインの話となります。






