表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/100

第28話 ただ1人だけのマスター

今回の主役はタイムです。

何故かって?

前回モナカが壊れたからです。

 というわけで、マスターが壊れてしまいました。

 犬が見えたとき、まさかとは思ったけど、本当にこうなるとは思わなかったよ。

 きっとマスターの頭の中は、見開きで〝犬だ〟が支配しているんだ。

 やっぱり、マスターはマスターと認めなきゃいけないのかな……。


「本当にマスターでいいのかな」


 使い物にならなくなったマスターに代わって、エイルさんと話をしよう。


「エイルさん、この子は?」

「……なんなのよモナカは」

「ああー普通そういう反応になるよねー。マスターは無類の犬好きなんだよ」

「少しのよ、かなり異常なのよ」

「まあ、初めて見る人はそう思うよね」

「そうじゃないのよ」

「え?」

「だってのよ、この子はシバイヌと言――」

柴犬(しばいぬ)なのか?!」


 マスターは犬をがっちり抱え込み、ワシワシと撫で回すことに夢中です。

 タイムたちなんて見向きもしません。

 なのに〝シバイヌ〟には反応するなんて……

 タイムはこの子にも勝てないんですね。


「違うのよ。柴犬じゃなくてシバイヌなのよ」

「シバイヌか!」

「違うのよ。シバイヌなのよ」

「? だから、シバイヌだろ?」

「発音が悪いのよ。シバじゃなくて、シバなのよ」


 どういうことかな。

 音声解析結果とかいうのでも、違いが分からないみたい。

 エイルさんの発音は、トレイシーさんや職人さんと比べて少し違うの。

 なんていうか、鈍っているんだ。

 翻訳アプリも「その辺りを苦労している」といつも愚痴をこぼしてくる。

 独特の喋り方も、その訛りを反映させた結果だとかなんとか。

 変なところでこだわりがある子だ。なんなんでしょうね。

 だから、おそらく正しい発音は、エイルさんからだと聞き取れないのかも。

 そして恐ろしいのは、このやりとりの間ですらマスターはタイムたちをチラリとも見ていないという事実。

 さらにあり得ないのは、会話の相手が犬でエイルさんじゃないという真実。


『〝シバ〟じゃなくて〝シヴァ〟だ』

『シヴァ?』


 正しい発音を、天の声が教えてくれた。


『そうだ。こいつは雪狼(せつろう)シュバイツの血縁。人に飼い慣らされたものの末裔だ。歴史で教えただろ』

『そ、そうだっけ。あははは』

『こいつは先祖返りに近いから、かなり血が色濃くなってる。他のシヴァイヌと少し違う』


 犬じゃなくて狼ってことか。なるほどね。凶暴なのかな。

 犬種は柴犬(シヴァイヌ)なのに、見た目はシベリアンハスキーっぽい。黒毛じゃなくて青毛だけど。

 氷河のような、とても神秘的な青色をしている。


「マスター、〝シバ〟じゃなくて〝シヴァ〟だって。〝シヴァイヌ〟」

「そうなのよ。〝シバ〟じゃなくて〝シバ〟なのよ」


 エイルさん……


「へーシヴァイヌかー。名前はなんていうんだい?」


 名前……うう、頭が。

 あ、もちろん、マスターが名前を聞いている相手は、エイルさんじゃなくて〝犬〟にですよ。

 ここでも勘違いしないように。でもね。


「フブキっていうのよ」


 エイルさんが答えちゃうんですよ。当たり前だけどね。


「フブキかー。いい名前だなー。僕はね、モナカっていうんだ。よろしく!」

「わふっ、うぐぐぐ」


 あー、がっちり抱きしめられてて離してもらえない。

 分かる。分かるよ。その気持ち。

 でも無駄です。マスターは離れません。離してくれません。

 そういう生き物だと諦めてください。

 あのときタイムは悟ったのです。

 ペット扱いではない。同等の愛を勝ち取ったのだ……と!

 決して現実逃避ではないのだ。


「モナカ、大丈夫なのよ?」

「フブキー、ワシワシワシワシ……」

「人の話を聞くのよ!」

「そうだ! タイム! ボール出してボール!」

「うきゅ?!」


 マスターが犬とじゃれているときに他人を認識するなんて……雪でも降るのかな。


「えと、データがないから無理だよ」

「えー!? 小鬼(ゴブリン)は出せるのにボール1つ出せないの?! チッ、タイム使えねー」

「はうっ!」


 うう、小鬼(ゴブリン)は基本セットに入ってたから出せたんだよ。

 もうー犬が絡むと容赦ないなー分かってたけどーせめてこっちを向いてから言ってください! プンプン。


「まいいや。フブキ! 散歩行こーぜ散歩!」

「わ、わふ」


 そう言うと、マスターは鎖を首輪から外してしまいました。


「あ、待つのよ! ちゃんとリードを付けないとダメなのよ!」

「なんだ、フブキは縛られるのが好きなのか?」


 ああ、マスターがどんどん壊れていく……


「あんたはフブキになにを求めてるのよ」


 エイルさんがリードを持ってきて、フブキさんの首輪に……。


「ちょっとモナカ、フブキの首から離れるのよ。リードが付けられないのよ」


 マスターの目の端にリードが写り込んだのか、リードを奪い取ると手際よく取り付け、走り出した。


「あはははは、フブキー、行っくぞー!」

「ちょっ、待つのよー!」


 広場を飛び出してマスターは右に行こうとするが、フブキさんは左に行こうとする。


「フブキはそっちに行きたいのか? 仕方ないなー、じゃあ案内よろしくな」

「待つのよ! フブキの散歩ルートは決まってるのよ」

「おーそうなのか。もっと自由に歩いてもいいんだぞ」

「よくないのよ。フブキは特別なのよ」

「そうか特別かー。じゃあちゃんと守らないとな。フブキ、案内してくれ」


 ほんと、マスターは平常運転だな。

 いつも通り過ぎてびっくりだよ。

 ……そう思ってしまう時点で、認めたことになるのかな。


「どうしたフブキ? 案内してくれないのか?」


 フブキさんはオスワリをして、マスターを気にしながらもエイルさんを見ている。

 オスワリをしながら、ジリジリとマスターから離れようとしている姿は、可愛らしい。

 どうやら「待つのよ!」を忠実に守っているみたい。忠犬だなー。


「あ、エイルさん。マスターはフブキさんに話しかけてるけど、エイルさんが答えてあげてください」

「うちがのよ?」

「エイルさんが答えても、マスターにはフブキさんが答えたように聞こえていますから、大丈夫です」

「それは大丈夫と言っていいのよ?」

「だ、大丈夫です……」


 タイムの精神力が削られる程度で済むから。

 ああ大いなるすれ違い。もう勘違いするもんですかっ。


「分かったのよ。どの道フブキの散歩の時間なのよ。モナカ! ついてくるのよ」

「おう! フブキ、ついてくぜ!」

「……なんなのよ」


 エイルさんの後を、少し離れて付いて歩くフブキさん。

 そのフブキさんにべったり付いて離れないマスター。

 そしてタイムは、エイルさんと一緒に歩いている。


「フブキさんはどう特別なんですか?」

「この子は、この犬種は体温が低いのよ」

「低いんですか?」

「本来ならああやって触れ合っていたら、凍傷になるのよ」

「そんなに低いの?! じゃあマスターはなんで平気なんですか?」

「恐らく魔力が関係してると思うのよ」


 また魔力なのね。


「フブキの体温自体のよ、そこまで低くないのよ。でも周囲の温度を下げるのよ、特に触れているものの温度をどんどん下げるのよ。けど魔力が干渉できないから下がらないのよ」

「干渉しないと下がらないんですか?」

「他に理由が見あたらないのよ。他の例がないから憶測なのよ。温度の上げ下げのよ、結局魔素に魔力が干渉した結果なのよ。干渉しないのよ、変化しないのよ」

「でも、マスターはエイルさんを暖かいと感じているよ」

「そうなのよ。モナカはシャワーも暖かいと感じてるのよ。だからよく分からないのよ」


 どういう違いで感じたり感じなかったりするのだろう。

 考えたところでタイムに分かるわけないけど。

 そのうち分かるのかな。

 フブキさんにピタリと寄り添って歩くマスター。

 タイムだってあんな風に歩いたことないのに、ぷうー。

 タイムも犬になったらいいのかな。なれたらよかったのかな。


「モナカが異常なのよ。本来のよ、獲物を保冷するのに役に立つのよ。それに力も強いのよ、運び屋として重宝されてるのよ」

「へー、フブキさんって凄いんだね」


 タイムだって……冷蔵機能はないか。重たいものも持てないし。

 うう、勝ててるところがない。


「その周囲の温度を下げるのが問題なのよ。昔は討伐対象だったのよ」

「なんだと?! こんな可愛いフブキを討伐するだと……貴様等に血は通っていないのか?!」


 はうっ! 返答に困る質問だよー。


「通ってないのよ」


 うにゃ?! そ、それでいいの?


「タイムも……か、通っていません」


 血どころか、身体もないもん。

 タイムは身体を傷つけて血を流す絵は表示できるけど、それだけなんだよ、マスター。


「なんということだ。フブキの味方は俺しかいないのか。安心しろ、フブキのことは俺が守ってやるからな!」

「はいはい、ありがとうなのよ。しっかり守るのよ」

「おう! 任せろ!」


 決められているという散歩コースは人通りが少なく、郊外の方を回る道のりだ。

 すれ違う人もフブキさんを見かけると距離を取るように歩いている。

 フブキさんもちゃんと理解しているようで、近づきすぎないように気をつけて歩いているように見えた。

 触れ合えないのは寂しくないのかな。

 タイムだったら我慢できないよ。

 マスターからも離れようとするけれど、それを許すはずもない。

 散歩も折り返しを迎える頃には、諦めて側を歩くようになった。

 というか、なんか近くない?

 今ではむしろフブキさんの方から擦りついているように見えるんだけど。

 むむむむむ……

 これは少し、立場を分からせなければいけないようですね。

 タイムはエイルさんの隣を離れて、マスターの背中をよじ登って首に跨がった。

 肩車というやつだ。


「お? どうしたタイム?」


 え、うそ。マスターが犬以外に気を取られるなんて。

 あり得ない。やっぱり、マスターはマスターじゃないのかな。


「重いから降りろよ」


 な!?


「お、重くないもん! タイム軽いもん!」

「えー。重いよな、フブキ!」

「わふっ!」


 フブキさん?!

 なんですかその顔は! マスターの言うことは正しい、みたいな顔して。

 こ、こいつは敵です!

 今はっきりと分かりました。

 マスターとタイムの間に立ちはだかる天敵です!

 ……いえ、それは最初から分かっていたじゃないの。

 タイムは犬に……いえ、すべての存在は犬に勝てないって知っていたじゃない。

 今更……むむむむ。

 それでも負けるわけにはいかない。

 タイムにだって、負けられない戦いがあるんだ!

 フブキさんと目が合う。なんて余裕のある顔なんだろう。

 それに比べてタイムは完全に挑戦者の顔だよ。

 熱い火花を散らすも、押し負けないように気を引き締めるので精一杯。

 くう。ま、負けないもん!

 マスターの肩から飛び降りて、フブキさんの背中に跨がった。


「はいよーシルバー!」

「わふ?!」

「あ! タイムずるいぞ! 俺だってフブキに乗りたいの我慢してるのに!」

「ふふん、体重の軽いタイムの特権だよ。フブキさん、これでもタイムは重いのかな?」

「わう……」


 ここでタイムを重いと言えば、荷物持ちとしてのプライドが許さないでしょ。

 それどころか、荷物持ちとしての能力まで疑われかねない。

 ふふふふ、完璧な作戦です!

 しかしフブキさんの目からはまだまだ余裕が見られます。一体なにを……

 フブキさんはタイムを一瞥してニヤリと笑うと、マスターに視線向けた。


「わふん!」


 そして「乗れよ」と言わんばかりに、顔を動かした。


「いいのか?」


 マスターが期待の眼差しでフブキさんを見つめている。

 見つめ合う2人……いや1人と1匹。

 そしてゆっくりとうなづくフブキさん。


「ありがとう!」


 そういうと、フブキさんに跨がった……!

 ちょっと待ってちょっと待って!!

 なにこの状況。

 マスターがフブキさんに跨がった。ここまではいい。

 あの……タイムも跨がったままなんですケド。


「うわあ、いい眺めだ」


 マスターはタイムをまったく気にする様子もなく、乗犬(じょうけん)を満喫している。

 フブキさんが歩き出すと、落ちないようにフブキさんの首に掴まった。

 つまり、タイムは完全にマスターの腕の中……

 タイムの緊張なんて露知らず、マスターははしゃぎ回っている。

 こんな状況でも蚊帳の外なのは寂――


「タイムもどうだ? いい眺めだろ」

「ふへ?! あ、えと、その……うん」

「だろだろ!」


 言えない。マスターの肩車の方が眺めが良かったなんて言えない。

 確かにマスターの目の高さは、フブキさんに乗って普段より高くなっている。

 だけどタイムは……じゃなくて! え、なにが起こったの今。

 なんか、マスターらしくない。

 嬉しいけど、嬉しくない。

 本当は最初から分かってたんです。マスターはマスターなんだって。

 でもそれを認めたくなかったし、確証もなかった。

 だからフブキさんに出会ったマスターを見て、〝ああ、マスターは本当にマスターなんだ〟って思えたんです。認めたくなかったけど。

 なのになんで今、フブキさんじゃなくてタイムに話しかけたんですか?

 もう、分からなくなっちゃいました。

 そんなことを考えていたら、頭の上にポンとなにかが乗っかってきた。


「タイム?」


 マスターの手だった。


「どうした、高いところは苦手か?」

「な、なんでですか?」

「だって、泣いてるだろ」

「え?」


 ああ、本当だ。タイム、泣いているじゃないですか。


「いえ、タイム、泣いてなんか、ひくっ、ないですよ。A.I.が泣くわ、うっ、ないじゃないですか」

「そっか、俺の勘違いか」


 そう言いながらも、タイムの頭を優しく撫でてくれている。


「そうです、マスターの勘違いです。むしろもっと肩車、うぐ、して欲しいくらいです!」

「あっはは、そうか、肩車か」


 言い終えると、ナデナデを止めてしまいました。

 もっとして欲しかったな。

 そう思った次の瞬間、マスターはタイムの腰を持つと、高々と掲げてマスターの首にタイムを下ろしてくれました。


「しっかり掴まってろよ」


 してくれる事自体は嬉しいんだけど、ちょっと違う感じ。

 完全に子供扱いされている気がする。

 でも色々と重なる。否定しきれない。

 だから、心を落ち着けてちゃんと確かめなきゃ。


「マスターはタイムのこと嫌いですか?」

「はあ?! なにを唐突に……そんなわけないだろ」

「じゃあ、好き?」

「まぁな」

「ちゃんと言って」

「え? ……まぁ……好きだよ」


 また消え入りそうな小さな声で言って。変わらないな。


「聞こえなーい」

「うえ?! タイム、なに考えてんだ?」

「聞・こ・え・なーい」

「はぁ……好きだよ」

「うへへー。じゃあ、フブキさ――」

「大好き!」


 1番聞きたくない、求めていた答えが返ってきた。

 そうだよね。マスターはそうでなきゃ……だよ。

 あのとき言われた〝片思いでいる(犬に勝てない)時間の話〟が、現実味を帯びてきてしまった。


「行くぞフブキ! 家までダッシュだ!」

「ちょっ! うちを置いてくんじゃないのよ!」

「はっはー! なにを言っているんだフブキ、一緒に帰るんだ!」


 フブキさんは、走ってはエイルさんの近くまで戻り、また走ってはエイルさんの近くまで戻りを繰り返している。

 これが〝家までダッシュ〟なの?

 凄くはしゃいでいるようにしか見えない。

 タイムは振り落とされないように、マスターの頭にしがみついていることしかできなかった。

 そうしていれば、タイムの顔を誰かに見られる心配もないから。


「それでも、タイムはマスターが大好きなんだよ」


 思わずこぼれた言葉が誰かに届くことはないって、タイムは知っているんです。

 1番聞いて欲しい人に絶対届かないって知っているんです。

 だからタイムの太ももから伝わるマスターの温度が、わずかに上がったことにも気づけないんです。

タイムが意味不明なことを大量に喋っていますが、そのうち明らかになっていきます。

当分先ですけどね。

次回は第2章ラストです

冒険者ギルドもどきの狩猟協会のお話です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ