第26話 |小鬼《ゴブリン》の正体
前半、ちょっとやり過ぎた感がある……
主人公らしからぬ行動だよね
身体を清め、トレイシーさんの美味しい夕飯を頂き、エイルの部屋で体を休ませている。
アプリの効果なのか、普通なら数日は寝込むような身体の痛めつけ方に思われたが、すごい勢いで回復していくのを感じる。
ゲームのようにヒール1発で回復するような便利さはない。
最も、怪我ならそうなのだろうが、筋肉痛とかにもヒールは効くものなのだろうか。
ヒールやキュアで怪我や病気は治せても、体力までは回復しないのがセオリーだ。
なので、俺はベッドに横になってのんびりと疲労を回復させている最中なのである。
食べてすぐ横になると牛になる?
それはあくまで地球でのこと。こっちでそんなことが通用するわけがない。
エイルにも説明をするため、部屋に来てもらっている。いや、ここはエイルの部屋だから来てもらっているって言い方も変か。
とにかく、タイムに事情を聞くため、携帯の電源を入れた。
「――れなくなっちゃうからー!」
携帯が立ち上がった途端に、タイムの叫びの続きが部屋に木霊した。
「こらタイム、もう夜なんだからあまり大きな声を出すな」
「え? あ、ごめんなさい……じゃなくて! 電源切ってたんですか?!」
「あーうるさいうるさい。過ぎたことはもういいだろ」
「よくないですっ。ぶうー」
「そ・ん・な・こ・と・よ・り」
はっとするタイム。顔からいっぱい汗が吹き出している……アニメーションを表示させている。
「タイム、とりあえず携帯から出てきなさい」
「あの、タイムはもう眠いから寝ようかなーって思っ――」
「出・て・き・な・さ・い」
「……はい」
おずおずと携帯の画面から2頭身のタイムが出てくる。
俺とは目を合わせず、そっぽを向いている。
「こっちを見なさい」
「うう……はい」
顔を俺に向けはするけど、眼がアッチコッチに泳いでいる。
「とりあえず4頭身に戻って、部屋の真ん中に座りなさい」
「……はい」
携帯から飛び降りると大きくなり、床に正座をした。
ふむ、少しは反省しているのか?
「さて、タイム」
ビクッと体を強張らせると、小刻みに震え始めた。
手を頭に伸ばすと、縮こまって更に震えが大きくなった。
「タイムの選択したアプリ、なかなかいいじゃないか。あれだけの戦闘の後だというのに、疲労回復がすごく早いぞ。えらいえらい」
震えているタイムの頭をナデナデしてやる。
予想外だったのか、いつものようにデレることもなく、呆けた顔をしている。
顔を上げ、俺の顔を見てくる。
俺の顔が怖くないことに気づいたのか、少し安堵して体の緊張が解けたらしい。
「え、えへへ。ねね、見て見て」
タイムが今回使ったアプリの一覧を見せてきた。
「ここ、アイコンのところに数字が書いてあるでしょ」
確かに書いてあるな。
[人工筋肉 09]
「んと、これはね、設定した人工筋肉が、本物になっている割合でしょ。疲労回復は多分このアプリの効果だと思う。筋肉修復の補助効果もあるんだよ」
[ダッシュ 05]
[バックステップ 05]
[サイドステップ 09]
[袈裟斬り 01]
「で、こっちが――」
タイムが立ち上がろうとした。
「誰が立っていいって言ったのかな?」
タイムは動きを止め、俺の顔を見てくる。
俺は精一杯の笑顔で見つめ返してやる。でも多分、目は笑っていなかったかも知れない。
タイムの頭をナデナデする手が、少し力んでしまった。
タイムが慌てて正座しなおした。
「え……と、こ、こちらの数字が、習得率だそうです。これが、MAXになりますと、アプリを、使わなくても、同等の動きが、できるように、なると、説明欄に、書いて、ありました……」
あれだけ派手に立ち回って、これだけ?
一気に〝50〟とかになってもいいんじゃないかな。
死ぬ思いをしたのにこれじゃあ割に合わない。
まぁ、〝袈裟斬り〟は最後に1回使っただけだから、〝1〟なのは分かる。
でもほかは死ぬほど使ったような気がするんだが、それでも〝10〟すら行かないのか。
いや待て。最大値が10という可能性もある。
だとすれば、凄く稼げたんじゃないか。
[片手剣修練 15]
「それから、こちらが、修練の……結果、です」
はい消えたー。最大値10の可能性があっという間に消えたー!
てことは、99なのか?
なんにしても、先はまだまだ長いと言うことか。
[幅広の剣 063]
「最後に、購入した片手剣、の練度です。消耗・劣化の概念は、ありませんので、ご安心ください」
消耗や劣化の概念がないのは嬉しいな。
まあただの画像だし、劣化するっていう方が変か。
でもデータファイルが破損する……なんてことがないとも限らない。
バックアップとかどうなっているんだろう。
ま、今からそんな心配しても仕方がないか。
「ふーん、これが今回の修練の……いや、撃退戦の成果なのかな?」
ナデナデする手に更なる力が加わる。
「うぐぅ、は、はい、その通りで御座います」
「それで?」
「……あの、〝それで〟……とは?」
「分かんないかなー。小鬼のことだよー。分かりづらくてごめんねー」
「ふぐぅっ、いえ! タイムの理解力が低いのがいけないのです。申し訳ないのです」
「そんなことないよー。タイムは凄く優秀だからねー。お陰で〝無傷〟で小鬼を退治できたんだからー、ね?」
「は……はい。お褒めに頂き、有り難う御座います」
「で?」
「ひっ。その、あれはARで作った仮想敵で御座います」
「仮想敵?」
「はい。ARなので、安全に、模擬戦が……行えます」
「安、全?」
「その、例え攻撃を、受けたとしましても、ゲージが減るだけで、身体にはなんら、影響は、御座いません」
「へえータイムは凄いねー。……で?」
「うゆ……、マ、マスターが、その……模擬戦をしたいと、仰られてい――」
「あれ? 俺口に出して言ってたっけ」
「あうぅ。す、すみません、間違えました。模擬戦を、やりたそうにしてた……しておられたので、その」
「ふーん。それで小鬼を差し向けた……と?」
「うにゅ……はい」
「なんの相談もせず?」
「うぅ……はい」
「何故?」
「その……サ、サプライズ的な? なんちゃって……あは、はは――」
ナデナデする手に更なる力が……いや、もはやナデナデではなく、脳天締めと化していた。
「痛゛、痛゛だだだ!」
「そっかあ。サプライズかぁ。凄いね。サプライズ成功だよ。嬉しいかい? タイム」
「痛゛、ご、ごめんな痛゛っさいごめんなさいごめんなさい……」
「ん? 成功したのに嬉しくないの? なに謝ってるの? そこは〝万歳〟するところじゃないの?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「ほら、万歳しなよ。『サプライズ大成功! ばんざーい!』ってさ」
「うにゅ……サ、サプライ痛゛っ、ズ……だ、ぐすっ、大成……功、ばん、ざー……マスタァ」
「どうした? 元気ないぞタイムー? ほら、『ばんざーい!』」
「ばん、ざーい、ひぐっ」
「『ばんざーい!』」
「モナカ! やりすぎなのよ」
静観していたエイルが、我慢しきれず口を挟んできた。
「バカ言うな。こっちは死ぬかと思ったんだぞ。俺が死んだら、タイムだって死ぬんだ。今までのバカっぷりを考えればとても命なんて預けられないって思ったよ。けど一緒に戦って、必死になって、危ないところを何度も何度も助けてもらって、色々感心させられて、これなら安心できるって、背中を任せられるって、本気で思ったんだぞ。無傷で切り抜けられたのだって、全部タイムのお掛けだって、ほんとに感謝して……。それが……それが全部茶番だったって……ふざけるなよ!」
「……モナカ、声が大きいのよ」
「はぁ、はぁ……あ……わるい。ごめん」
感情のまま、思いの丈をエイルにぶつけてしまった。
こんな事言われても、困るよな。
エイルに八つ当たりするのはお門違いだ。
ふと、冷静になってみると、確かにやり過ぎた感はある。
「それのよ、結局なんなのよ」
「あー、ARっていって、魔物と戦わされていたらしい」
「そうなのよ? 独りで踊ってたのかと思ったのよ」
「……え?」
そうか。ARだから俺にしか見えない。つまりエイルには見えていなかったんだ。
だから俺が1人で大立ち回りしていたようにしか見えなかったのか。
「踊りって、剣舞みたいな感じに見えていたのか?」
「剣舞なのよ? なにも持ってなかったのよ」
「……え?! タイム?」
「うゆ……剣もARでした」
まさかの素手!
なんというか、まあ結果オーライか?
1人で剣を振り回していたら、通報されかねない。
それを回避したということにしておこう。
それに魔物と戦っているところを見られでもしたら、大騒ぎになるところだった。
ARにしたタイムの判断は間違ってはいない……ということにしてやろう。
「色々考えてやってくれたんだな」
改めて頭を撫でてやる。今度はちゃんと優しく、〝良くできました〟という感じで。
「え、えへへへ」
それがちゃんと感じ取れたのか、タイムの顔から笑顔がこぼれた。
「これに懲りたら、これからはちゃんと言うんだぞ」
「はい、マスター」
「それで、小鬼……というか、ああいう仮想敵はいくつも出せるのか?」
「えと、これも論理プロセッサ数だけ出せるって」
「じゃあ、今のところ2体出せるのか」
「2体出すと、タイムの分が無くなるぞって言ってるよ」
なるほど。そういう感じなのか。
タイムが分身したときの片割れが小鬼を演じていた……ってことか。
「あの見た目は?」
「ゲームの記憶から引っ張り出してきたんだよ」
「ふーん」
だから見たことあるような姿だったのか。
「タイムも小鬼の格好になれるのか?」
「なれるよ」
おお、見た目は自在なのか?
「じゃあ、変化してみせて」
「え……小鬼に?」
「昼は変化してたんだろ?」
「ちょっと違うけど、そうだね」
「じゃあいいじゃん。ちゃんと見てみたいな。それにエイルにも見せてやりたいし」
「うにゅ、分かったよぉ」
タイムは不満げではあるが、ポフンと煙に包まれると、小鬼になって表れた。
昼間見た個体より、大きくてたくましい。
上位種なのか?
「これと戦ってたのよ?」
「いや、もうちょっとだけ貧相な奴だったよ」
「今はタイムだけだから、その分大きくなってるんだよ」
普段のタイムの声と違い、しわがれて低く、かなり不快感を感じさせる声だった。
しゃべり方や仕草がタイムそのままなだけに、声の違和感が激しい。
「本当にタイムちゃんなのよ?」
そう聞きたくなる気持ちは痛いほど分かる。
呪いが掛けられて醜くなったと言われても、受け入れがたい程だ。
「タイムです」
「よし、じゃあ日付が変わるまで、そのままで居なさい。それで許してあげる」
「ちょ! マスター?!」
再び立ち上がろうとするタイム。
「だから、誰が立っていいって言ったのかな」
「にゅーごめんなさい」
「次動いたら、朝までにするからね」
「うゆ……」
ちょっ!! その格好でもヌッコになるのかよ!
猫耳尻尾小鬼、略してネ小鬼……か、可愛くない。
というか、部屋の真ん中にこのオブジェは邪魔だな。
それも、寝てしまえば気にもならないか。
「じゃ、今日は疲れたから、もう寝る」
「マスター?!」
「あんたは……まったくなのよ。うちは仕事の続きをしてるのよ」
「分かった。おやすみー」
「おやすみなのよ」
一足先に布団に潜り込み、目をつぶる。
小鬼が俺の身体を揺すってなにやら呼びかけてくるが、身体が限界で起きているのが辛いんだ。
悪く思うな……ふあーあ。
ヌコリン……見たくねー
次回はモナカにリクルートとかタウンワークとかバイトルは無縁だ、という話






