第24話 修行開始
素人が剣を振るとこうなると思います。
タイムはあれから携帯に引きこもってしまい、出てこなくなてしまった。
『タイム、そろそろ機嫌を直してくれよ』
『つーんだ』
お昼も過ぎ、やることのない俺は家の前の広場で剣を振るっていた。
片手剣の筈だが、両手で握らないとまともに振ることもできない。
片手で持つことはできる。一応振ることもできる。
だが振るというより振り回されている感じにしかならなかった。
片手剣って意外と重いものなんだな。
だから両手で持ち、剣道の真似事をするにとどまっている。
それでも振るったときに剣先がビタッと止まらず、だらしなく下がってしまう。
こんなんでいいのか? と思いつつも、こんなことしかできないから仕方がない。
「やあ! やあ!」
掛け声を掛けるも、しまらない。
どうしようか……
タイムが言っていたアプリでもインストールしてみるか?
えーと、確か〝人工筋肉〟だったっけ。
アプリの力を使えば、剣先がビタッと止められるはずだ。
携帯を開くと、右下に扉が表示されている。
扉にかけられている看板には、〝居留守中です〟と書かれていた。
正直な奴め。そこが可愛いんだけどさ。
気を取り直してアプリストアを開く。
〝人工筋肉〟を検索すると、いくつか出てきた。
ん? どれだ?
1番上が1番人気なのか。
じゃあこれでいいのかな。
[それじゃないよ]
ん? システムメッセージ??
ずいぶんフランクだな。
[〝欲しいものリスト〟の奴だよ]
また違うシステムメッセージが届いた。
……まさか、タイムか?
めんどくさい奴だなーおい。
意地を張らずに出てくればいいものを。
『なにこれー。もしかしてー、〝広告詐欺〟って奴かなー?』
[〝広告詐欺〟じゃないよっ!]
あ、これでなら会話ができるんだ。
『自分で違うって言ってるのはー、余計怪しいなー。無視しよーっと』
その後もシステムメッセージは表示されたが、そのことごとくを速攻で消してやった。
その隙をついて先程の〝違う〟と言われたアプリをインストールし――
「違うって言ってるでしょ!」
携帯から飛び出してきて、俺の手を掴んで制止する。
「ええい邪魔をするな! 俺はタイムが言っていたアプリをインストールするんだ! 〝広告詐欺〟になんか負けないぞ!」
「だから! タイムが言ってるのはそれじゃないって言ってるじゃない!」
「じゃあどれだっていうんだよ」
「だから、こっちだよ!」
「んー、よく分かんないし、間違えるのヤだから、全部やって」
「もーしょうがないなー」
タイムが手際よく携帯を操作して、〝欲しいものリスト〟に移動する。
そこに朝話していたアプリが並んでいた。
4つ纏めて選択し、[インストール]を開始する。
1つ1つ、順にダウンロードしてインストールされていく。
すべてが終わるのに、1分とかからなかった。
結構サイズ小さかったんだな。
「はい、インストール終わったよ」
「おお、ありがとうな。やっぱタイムは頼りになるなーヨシヨシ」
「うへへへへ」
ふっ。
「で、このアプリはどうやって使えばいいのかなー?」
「ふふー、それはですねー。起動するだけでいいんですよ」
「おおマジかっ。凄いなー。本当にタイムは頼りになるやつだなー。居てくれないと困るなー。居ないと寂しいなー」
「仕方ないですねー。マスターはタイムが居ないとなにもできないから、これからもお世話してあげます」
クッ、調子に乗りやがって。しかし、ここは我慢我慢。
「アリガトー! タイムーアイシテルー! チュッチュ」
抱きしめて、ほっぺたにキスをしまくってやった。
「にゃー! やめるにゃー! そんなことして良いのはマスターだけなのにゃ!」
「じゃあ問題ないな。チュッチュ」
「うにゃー! マスターじゃなくてマスターなのにゃー!」
「よいではないかよいではないか。チュッチュ」
すると、またタイムが煙のごとく、ボフンと消えてしまった。
ちょっとからかい過ぎたかな。
「もう、いい加減にしてよ。ばかぁ。……と、とにかく、アプリを使ってみるからねっ」
携帯から声が聞こえてくる。
またデスクトップマスコットになっているようだ。
今回は引きこもらず、ちゃんと話をしてくれている。
けど、顔は見せてくれないのは何故だ?
[NoImage]がタイムの代わりに表示されている。
「それじゃあまず最初は、〝人工筋肉〟を起動してみるね」
「分かった」
……特に変わった感じがしない。
手を握ってみたり、力こぶを作ってみたが、変化を感じない。
屈伸したり、軽く跳ねてみたけど、普段どおりだ。
お腹に力を入れて、拳で軽く叩いてみたが、うーん……
まだ起動してないのか?
「どうかな?」
「どうって……なにも変わってないと思うけど」
「起動しただけだからね。パラメータはまだいじってないもの」
あれ? さっき起動するだけって言ってませんでしたか?
パラメータ操作があるのは、起動するだけって言いませんよ。
ていうか、変わってないのに〝どうかな?〟って聞いてきたのかよ。
「じゃあ、少し筋肉を増やしてみるよ」
お、おお、おおお?
やっぱり見た目には変化が見られない。
ちょっと軽く剣を振ってみるか。
「タイム、剣を出してくれ」
「はーい」
目の前に現れた剣を片手で握ってみる。
初めて持ったときは落としそうになったが、今度はしっかり持てた。
剣の重みは感じるが、重いとは感じなくなった。
そのまま軽く振り回してみるが、振り回されるといったことはなく、まるでカッターを持って振り回しているかのような軽さだ。
これならもう少し重めの剣でも振り回せるかも知れない。
剣を片手で構えて……みたいけど、どう構えればいいんだ?
とりあえず、半身になって足を肩幅に開き、腰を落とす。……しっくりこない。
チャンバラで遊ぶ子供かよって感じだ。
ま、所詮素人だ。どうにもなるまい。
物語の主人公たちは、どうしていとも簡単に戦える人が多いんだろう。
スキルって偉大なんだな。羨ましい。
ということで……だ。
「なあタイム」
「なに?」
「〝片手剣修練〟みたいなパッシブアプリはないの?」
「……え?」
〝え〟じゃなくて。
「ほら、師匠とか講師とか、そういう人が居ないならさ、アプリで基本をパパっと習得できないかなって」
「んと――検索中――一応あるけど、今のところパッシブは同時に1つしか使えないんだよ」
「1つだけ?」
「うん。CPUってのをアップグレードしないとダメだって言ってた。だから買っても無駄になっちゃうよ」
なるほどな。
「……ん? CPUってアップグレードしたよな」
「あ! そういえばそうかも?」
なんで忘れているんだよ。
「あはは、調べたのアップグレード前だったから、忘れてた。あはははは」
「笑・っ・て・ご・ま・か・す・な!」
お仕置きしたいところだが、携帯の中に引きこもってるので手が出せない。
仕方がないから胸ポケットにある携帯を、ゲンコツでグリグリして気を紛らわせた。
「あはは、えーとね。パッシブもアクティブもタイムも論理プロセッサの数だけ同時起動できるんだって」
なるほど。
今論理プロセッサ数は2だから、同時に2つまで可能になってるのか。
「なら、〝片手剣修練〟をインストールしてみようか」
「分かったー!」
サクッとインストールして起動してもらう。
構えてみるけど、さっき構えたのと違いが今ひとつわからない。
いや、構え自体は変わっていないけど、身体のあちこちに違和感を感じる。
「えっとね、そのアプリは修練を補助する動作をするんだって。だから勝手に身につくんじゃなくて、違和感を無くして体に覚え込ませることをコンセプトにしてるって説明欄に書いてあるよ」
「そうなのか。手っ取り早く使えるようにはならないんだな」
「そういうのは予算オーバーなんだよ」
「そ、そうか」
そうだった。アプリは全部有料なんだった。
高性能なものほど高額なのだろう。
貧乏人にはなかなか手が出せない。早く高給取りにならないとな。
そのためにも、このアプリでとっとと体に染み込ませて、稼ぎに出よう。
というか、こいつに予算なんて言葉があったとは……意外だ。
違和感がなるべく無くなるように、体勢を変えてみる。
うーん、普段使わないような筋肉が泣き言を言っている。
人工筋肉で増強されているとはいえ、そこはどうにもならないようだ。
とにかく、剣を振ってみる。振らなければ始まらないからな。
振ってみると体中違和感だらけだ。
最初はゆっくり、違和感がなるべく少ないように振ってみる。
手振りだと下半身が気持ち悪い。
とりあえず剣道のように踏み込みながら振ってみると、幾分気持ち悪さが軽減した。
基本的な振りはこんな感じでいいのだろうか。
疑問は残るものの、今は反復練習するしか方法がなかった。
アプリって偉大だわーと思う。
次回は初バトルです






