第20話 主人はどっち?
スキルがアプリになっただけだけど、使い方はちょっとだけ違う
「マスター、そこに座りなさい」
「あ、はい」
何故俺は床に正座をしなければならないんだ?
タイムは泣きやんだかと思ったら、なんか知らないけど物凄いご立腹の様子。
ほっぺたがはち切れんばかりに膨らんでいる。
椅子の上で俺を睨みながら、右に左に闊歩している。
手には警棒のような物を握り、ペチペチと手のひらを叩いて音を出していた。
あからさまに怒っているアピールなのか、額に赤い〝#〟を浮かべて、頭から湯気を噴きだしている……アニメーションを表示している。
それがかえって可愛いから困ったもんだ。
「タイムがどうして怒っているのか、分かりますか」
声を荒げるでもなく、とても落ち着いた低い声で問いかけてくる。
それが逆に恐怖を駆り立てている……はずなのに、可愛さが勝る。
見た目と声のトーンがチグハグだからだ。
「その、触るなって言われたのに、頭を撫でたからです」
「全然ちがーう! そっちはむしろもっと撫でてください! 全然足りていません!」
「あ、はい。善処します」
あれぇ? じゃああのとき嫌がってたのはなんだったんだ?
「こほん、どうして携帯を置いていったんですか?」
あー、そっちなのか。
「その……特に気にしていませんでした」
「それはタイムなんてどうでもいいってことですか?」
ん? 携帯じゃなくてタイムのことなのか?
「そんなことはありません。タイムは、とても大切な人です」
「なら、なんでそんな大切な人を置き去りにしたんですか?」
「多分――」
パンッと一際大きな音を出して、警棒を握りしめる。
「多分?」
「あ、いえ! タイム……さんが気持ちよく寝ていたから、起こしたら可愛そうかなって思っていたんだと思い――」
キッとタイムの目つきがキツくなり、ギリギリと警棒を握りしめた。
「思っていました!」
「タイムはそのくらいじゃ起きないから、お気遣いは無用です」
再び警棒でペチペチと音を出す。
「はい、今後気をつけます」
「タイムは本当に怖かったんですからね。もう2度と携帯を置き去りにしないでください」
あるぇ? タイムじゃなくて携帯の話だったっけ?
「分かりました。今後は置き去りにしないよう気をつけ――(キッ)――絶対置き去りにしません!」
その仄暗い目つきで睨むのはやめてください。精神崩壊しそうになります。
「よろしい」
「……その、お風呂のときはどういたしましょう?」
「お風……呂のときは……、半径3mくらいなら大丈夫だそうです」
……半径3m?
「えと、脱衣所まで持っていけばよろしいでしょうか」
「……ま、いいでしょう。次はありませんからね」
「ありがとうございます」
……なんで俺ひれ伏してんの?
ま、なんにせよ、タイムの機嫌が直ってよかった。
「ところでマスター」
「はい!」
あ、まだだった。
「あ、違います違います。椅子に座ってください」
温かい心遣い、感謝したい。
「それが、その……」
「どうかしたの?」
「足が……」
痺れて動けない。
凄いじんじんする。
た、立てない。
ぐあっ……誰だ足を突っつくのは。
って、こんなことエイルは絶対にしない。
「タイム! や、やめ! くっ」
「うふふ、お仕置きがまだだよね」
なにを言っているんだこいつ。
くそ、回復したら覚えて――
「くうぅー」
タイムの攻撃を甘受しつつ、なんとか椅子に座ることができた。
もう暫く、足は使い物にならないだろう。
そんな太ももの上にタイムが乗ってきた。
太ももに乗られても平気だぞ。
「ねえマスター、お願いがあるの」
この断りにくいタイミングでお願いかよ。
ただ、なにかをねだるという雰囲気じゃないことは分かる。
いつになく真剣な顔つきだ。
「どんな?」
「最初のアプリはタイムに任せてほしいの」
「はあ? どういうことだ?」
「マスターが本当にマスターなのか、知りたいから」
「俺がタイムのマスターとして相応しいか、試させてほしいってことか?」
「ううん、そういうんじゃないの。でも、タイムにはそれが重要だから……」
どういうことだ?
まあいつもマスターがマスターがと、意味不明に連呼してたからな。
なにかあるんだろう。
「分かった。好きにしろ」
「ありがとう!」
そう言って顔をほころばせると、目の前にアプリ一覧が表れた。
「えっとね、1つ目はこれ。〝人工筋肉〟ね」
「〝人工筋肉〟?!」
「マスターは剣を扱うにしてもなんにしても、戦うには筋力が圧倒的に不足しているの。だからこれで不足分を補うことで、戦えるようにするの」
「大胸筋をピクピクさせちゃうような、ムキムキマッチョになるってことか?」
「あはは、そうなりたいの?」
「なりたくない」
「安心して。段階を踏んで増やさないと身体が壊れちゃうから、やれないよ」
それはよかった。
たくましくはなりたいけど、ボディビルダーはイメージと違うんだよね。
それに格闘家の筋肉と付け方が全然違うっていうし。
「〝人工筋肉〟といっても、使い込んでいけば本来の筋肉も成長していくの。それを繰り返すことで筋力が増えていくんだって。逆に過度に〝人工筋肉〟を使うと、本来の筋肉が侵食されて衰弱しちゃうって」
諸刃の剣なんだな。楽をすると余計苦労する感じか。
「分かった。さじ加減は任せるよ」
「え、いいの?」
「ああ、頼んだぞ」
「うん、分かった。えへへ」
嬉しそうに、でもちょっと照れている感じにも見える。
そういえば、全然足りてないって言ってたっけ。
だからというわけでもないが、頭を撫でてやる。
イッヌが嬉しそうに尻尾を振っている。凄くだらしない顔だ。
「うへへへ、それでね、うにゃあ、次はね、うひゃっ、だから……あんっそこは……いい加減に、やっあうっ……しにゃさーい!」
「うおっ!」
しまったやり過ぎたか。
「もう! 大事な話をしているんですからねっ。少しは加減してください!」
怒っているように見えて、尻尾は元気がいいようだ。
全く、可愛い奴だな。
イッヌを抱きしめて、頭をヨシヨシと撫でてやる。
「なんで笑ってるんですか?! タイムは怒ってりゅんですよ!」
ポカポカと胸を叩かれるが、全く痛くない。ホント、可愛い奴。
「はは、わかったわかった。ヨシヨシ」
「うきゅー、ホントにタイムは怒ってるんでしゅよ! 分かってりゅんですか?!」
「はいはい、ヨシヨシ」
「ぷうー、なんで怒っているマスターに慰められなきゃなりゃないんでしゅか」
「うん、分かってる。分かってるから」
頭をポンポンして、少し強めに抱きしめてやった。
「うみゅー、もういいです。離してくれないと話ができません」
イッヌを手のひらの上に乗せてやる。ちょっと不機嫌そうな顔をしてはいるが、やはり尻尾は躊躇がなかった。
「いいですか、ナデナデには適切な長さというものがあります」
え、その話なの?
「時と場合を選んで、じっくりやってください」
結局タイムが満足するまで撫でなさいってことでいいのか?
「分かったよ」
と言いながら、頭を撫でてやる。
「うにゃあ! ……今のは少し短いです。修行あるのみです」
くっ、注文がうるさいなこいつ。
「で、3つ目がアクティブスキルなんだけど」
あ、そっちに戻るのね。……2つ目は??
「まずは移動系の〝バックステップ〟と〝サイドステップ〟と〝ダッシュ〟の3つ。攻撃じゃなくて、避けるのに使うよ」
ふむ、耐久型じゃなくて回避型か。
「最後に攻撃が〝袈裟切り〟の1つ」
「それだけ?」
「最初からいっぱいあっても、使いこなせないよ」
「ま、そうだな」
「それにアプリなんて初心者用の補助システムなんだから、頼ってたらダメだよ」
「初心者用なのか?」
「マスターはアプリがないと、バックステップとかできないの?」
「んー、そんなこと無いと思うけど。じゃあなんで必要なんだ?」
「身体が慣れるまで必要なんだよ。慣れればアプリなんて必要なくなるんだよ」
そうだな。いきなり〝燕返し〟をやってみろと言われても無理だけど、型を何度もアプリで繰り返せばできるようになるかもしれない。
「けど、〝ダッシュ〟とかは要らなくない?」
「素人の〝ダッシュ〟が戦闘で使い物になる?」
「それもそうか」
戦闘で使える動きを覚えろってことね。
「アプリの使い方は、使いたいタイミングで起動すればいいんだって」
「アプリの起動が、スキルのショートカットみたいな感じなのか」
「んー? んー多分?」
格ゲーのコマンド入力とかじゃなくてよかった。
「それと、2番目に重要なことだけど」
「1番じゃないんだ」
「それは……最後に話すよ」
心なしか、タイムの顔から笑顔が消えていた。
「んと、アプリはね、タイムが使うから」
「はあ?! どういうことだよ!」
俺がギカントロボで、タイムがそれを操縦する日馬代作かよっ。
「マスターは剣を振りながら、携帯使えるの?」
「うっ」
確かにその通りだ。
携帯片手に剣を振る?
相手から視線を外して携帯の画面を見る?
アプリを選んで起動する?
無理だ、できるはずがない。
慣れる前に死んでしまう。
「大丈夫。マスターがマスターなら、タイムが全部できるから。信じて」
「……そうだな。今更か。任せたよ」
「うん! タイム、頑張る!」
ひと仕事終えたという達成感か、タイムは満足げな顔をしている。
それもつかの間、表情を厳しくして俺に向き合った。
タイムらしからぬ真剣な顔に、思わず固唾を飲んでしまった。
一応ネタとして
ジャイアントロボ→ギガントロボ
草間大作→日馬代作
にしてます
砕け! ジャイアントロボ!






