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第19話 魔法杖は魔法より便利です

縦書きの濁点って表示対応してないのかな

 携帯(スマホ)のバッテリーが切れたらしい。

 そしてタイムも行方不明。

 前回のように再起動を促すメッセージも現れない。

 あ、携帯(スマホ)の充電ランプが点いた。

 ??? 何処と繋がった?

 もう1度電源長押を試してみる。


[充電してから電源を入れてください]


 むむ、充電量が足りないのか。

 画面には空の電池に電気が溜め込まれるようなアニメーションが表示されている。

 しばらく放置するしかないか……だから何処から充電しているんだこいつは。

 タイムに聞けば分かるんだろうけど、肝心のタイムがまだ寝ているのか、返事がない。

 10分も充電すれば、電源入るかな。

 とりあえずエイルの仕事場でも見学させてもらおう。


「なあエイル」

「なんなのよ」

「仕事場を見学してもいいか?」

「見学もなにもなのよ、昨日の部屋がうちの仕事場なのよ」


 ああ、あの部屋か。


「自宅が仕事場なのか?」

「うちは魔法杖(マジックワンド)工房なのよ」

魔法杖(マジックワンド)……って、あの樫の木とかオークの木で作るあれか」

「何千年前の話をしてるのよ。今どきそんな杖作れる職人のよ、居ないのよ」

「なら、どんな杖を作っていると……」

「今は単一機能杖シングルファンクションワンドを作ってるのよ」

単一機能シングルファンクション?」

「例えるのよ、懐中電灯は懐中電灯なのよ、ライターにはならないのよ。そういうものを単一機能杖っていうのよ」

「エイルは懐中電灯とかライターがなんなのか、知っているのか?」

「勇者小説に書いてあったのよ」

「ああ、またそれか」


 甥っ子といい勇者小説といい、万能すぎるだろ。


「1つの杖に2つの機能は付けられないのよ」

「悪い、まったく意味が分からん。魔法杖って詠唱補助とかに使われる、アレだよな」

「だから、そんな杖は現存してないのよ」


 そんな杖ってどんな杖だ?


「元素世界の人間にも分かるように説明してくれ」

「いいのよ、例えばこの部屋を照らしてる灯りのよ、これが現在の魔法杖(マジックワンド)なのよ」

「……は?」


 ()とは一体……


「この扉も現在の魔法杖(マジックワンド)なのよ」


 そう言いながら扉を開けた。


「すまん、余計分からなくなった」


 そのまま部屋を出て、2人して下の仕事部屋へと向かう。


魔法杖(マジックワンド)っていうのは古い言い方なのよ。今風に言うのよ、魔法道具(マジックツール)のことなのよ。うちは先祖代々魔法杖工房マジックワンドワークショップなのよ、魔法道具(マジックツール)とは言わないのよ」


 杖と言っても、要するに道具のことか。


「昔は杖を使って魔法を使ってたのよ。今魔法が使える人のよ、居ないのよ」

「?? 魔法世界なのに魔法を使える人がいない?」

「魔法は人を選ぶのよ。魔術を知り、法則を理解し、魔素と魔力を行使しないと魔術法則、つまり魔法を使うことはできないのよ」


 なんか、随分と複雑だな。


「昔の人は生活魔法も簡単に使えたのよ。でも魔法杖の発達のよ、段々と技術が失われてのよ、生活魔法が使えなくなったのよ」

「生活魔法は使えた方が楽なんじゃないのか?」

「人それぞれの技量によるのよ、結果が変わるのよ。でも魔法杖なら誰が使っても結果は変わらないのよ」


 なるほど。

 飯盒(はんごう)を使ってご飯を炊くのは、技量によって焦げたり生煮えだったり美味しく炊けたりするけれど、炊飯器を使えば誰でも簡単にご飯が炊けるってことか。

 それでどんどん炊飯器の性能が上がっていき、飯盒で炊くより、炊飯器で簡単に美味しいご飯が炊けるようになった。

 結果、誰も飯盒を使わなくなり、飯盒でご飯を炊ける人がいなくなってしまった。

 更には飯盒で炊くという技術そのものが消失した、といったところかな。


「この外階段の明かりのよ、わざわざ〝ライティング〟みたいに魔法を使わな――」

「〝ライティング〟! やっぱりそういう魔法があるのか」


 ようやく魔法っぽい要素出てきた!

 呪文詠唱とか、憧れたんだけどな。俺には無縁だ。


「変なところに反応するのよ。今は誰も使えないのよ」


 この世界の住人にも無縁らしい。


「え……じゃあ」

「〝ライティング〟の魔法陣を杖に刻むのよ、魔力を通すだけでこの階段のように光るのよ」


 つまりこの階段も魔法杖の1つなのか。


「魔法は子供には難しいのよ、魔力を通すだけなら子供でもできるのよ」


 ()()()()……か。


「道具が発達すれば魔法が衰退するのも仕方ないのよ。お陰で魔法を使える人が居なくなったのよ」

「なんとなく理解したよ。で、エイルはどんなものを作っているんだ?」

「依頼された魔法陣のよ、素材に刻んでるのよ」


 エイルは仕事場の棚にある紙を1枚手に取ると、それを見せながら言った。

 紙には、物語で見慣れた魔法陣が描かれていた。

 魔法陣の周りにも、メモ書きのような文字らしきものが書かれていたが、読めなかった。

 あれ? 翻訳が機能していない? 書き文字には対応していないのかな。

 あるいは魔法独特の特殊文字なのかも。


「魔法陣があるのに魔法が使えないのか?」

「モナカは懐中電灯の作り方が分かれば作れるのよ?」

「まぁ、電球に電線と電池を繋ぐ程度なら」

「その電球も電線も電池も自分で作れるのよ?」

「それは……無理だな」

「そういうことなのよ」


 なんか、知っている魔法の知識とだいぶ違うな。この世界ではまったく通用しないって感じだ。


「魔法陣を素材に刻むのは、1つ1つ手作業なのか?」

「昔は工場で量産できたのよ。でも今は何処の工房も手作業でしてるのよ」

「なんで今はできないんだ?」

「工場を動かすための魔力を作る手段のよ、人間から供給するしか無いからなのよ」

「それになにか問題でもあるのか?」

「モナカのいた世界のよ、工場1つ動かすだけの動力のよ、人力で生み出せるのよ?」

「あ……なるほど」


 確かにそれは非現実的な話だ。

 発電施設があるから工場は動けるんだよな。

 ……?


「昔は魔力を生み出す装置があったってことだよな」

「あったのよ」

「今はなんでないんだ?」

「必要な鉱石が結界内にないのよ」


 なるほど。

 日本なら国内に原材料がなくても、輸入でなんとかなる。

 でもここは輸入しようにも輸入元がないから無理なのか。


「仮に鉱石があったのよ、発魔所(はつましょ)を作り上げられる技師がいないのよ」


 原材料も技師もない。ないないづくしだな。


「うちは作業を始めるのよ。見学するのよ、大人しくしてるのよ」

「ああ」


 エイルが隣の部屋への扉を開ける。


「そっちの部屋は?」

「倉庫なのよ。入ってきたらダメなのよ」


 エイルが倉庫に行っている間に、携帯(スマホ)を起動しておくか。

 そろそろ電源入るくらい溜まっただろ。

 長押しすると、思った通り電源が入った。

 メーカーロゴが表示され、続いてOSロゴが表示される。

 暫くするとホーム画面が現れ――


「ター!」


 いきなりタイムが画面から飛び出して、顔面に激突してきた。


「……な、なにをやっているんだ?」


 顔面に張り付いたタイムを引き剥がして、手のひらに乗せた。


「あ……出られ、た?」


 きょとんとして辺りを見回している。状況がつかめていないらしい。

 俺と目が合うと、そのまま動かなくなってしまった。


「どうした? まだ寝ぼけているのか?」

「……マスター?」

「ん?」


 タイムが目に涙をいっぱい溜めている。今にもこぼれそうだ。

 あくびをすると、涙が出ることってあるよな。


「眠いんなら、まだ寝ててもいいんだぞ」

「マズダァ」

「なんだ、怖い夢でも見たのか?」

「うわーん!」


 泣きながら胸に飛び込んできた。


「怖゛がっだ! 怖゛がっだの゛ー!」

「うんうん、そうか、そうだね」


 よほど怖い夢を見たのだろう。俺の服が涙と鼻水でグシャグシャだ。

 ……ん? なんで濡れているの? ただの投影じゃなかったっけ。

 タイムを軽く抱きしめて、頭をポンポンしてやった。


「どうしたのよ!」


 エイルが部屋に駆け込んできた。


「あ、いや。なんか怖い夢を見たみたいでな」

「うえーん!」

「だ、大丈夫なのよ?」

「すまん、落ち着くまで我慢してくれ」

「それは別にいいのよ」

「そっか、ありがとな」


 エイルは一旦倉庫に戻ると、俺の分の椅子を持ってきてくれた。


「これに座るのよ」

「ありがと」


 ありがたく座らせてもらおう。

 エイルはタイムの様子をうかがいながらも、持ってきた鉱石を作業台の魔法陣に乗せて、仕事を始めた。

 俺はタイムの背中を軽くとんとんしながら、落ち着くのを待った。

次回はタイムがめっちゃ怒ってます

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