思い出よ、よい旅を!
「あのフェンダーミラーの車だ」
「どれ?!」
「黒いワンボックスの前のシルバーの…」
「あった! もう逃さないわよ」
我々はその車を追って川沿いの路を河口に向かって走っていた。
フロントガラスに現れたいくつものビルの形をしたシルエットには明かりが灯っているが、バックミラーは夕刻の残照でそこだけ区切ったようにぼんやりと光り、三日月が見え隠れしていた。
「もどかしいわね」
片側1車線の道に入ると、10台ほど前を走っていたシルバーの車はすぐに他の車の陰に入った。オレンジの街灯に照らされるボディーは別の色になり、古めかしい角張った形とテールランプだけが目印だった。道が曲がるたび、上下するたびに見え隠れする特徴的な赤いランプを見失わないように目をこらす。信号で止まるとその車は先を行ってしまうが、次の信号でまた追いつく。右折して出ていく車、信号で入ってくる車があるごとに、追いつき、そして離され、結局その距離は縮まらない。対向車線にはライトをまばゆく照らす車がひっきりなしに走ってくる。
「今日はやけに車が多いな。こうまぶしいと前が見づらい」
「休日だから多いんじゃない? あっ、あそこ!」
「えっ?! あ、くそっ、川を渡りやがったか。その先は首都高の入口か…。今から後戻りしてもかなりのタイムロスだし、だいたいまた見付けられるかどうか。やられたな。あとはどうにかして先回りするしかないか。でもどこに向かってたんだ…」
「たぶん空港でしょ」
「なんでそんなことがわかる?」
「わたしならそうしてたから」
「そうか。…この時間だと、確か沖縄行きの最終便があったな。空港だったらまだ方法はある」
「ええ。…でももういいわ、今回はあきらめましょ」
「だってあれはお前の…」
「いいのよ、逃げたいならそうさせればいいわ。思い出なんてまた作ればいいじゃない」
「ここまで来たのになんだか悔しいな」
「だったら腹いせに精一杯見送ってやろうじゃないの」
「なにをするんだ?」
「ここを道なりに走って」
「この先は行き止まりだぞ」
「それでいいのよ」
我々は暗く人気のない倉庫街に入り、右折を何度か繰り返した。そして突然目の前に現れた暗がり。東京湾だった。
車を降りると夜風が涼しかった。いつの間に夏が終わったのだろう。
たぷんという水の音。滑るように動いていく大きな影があった。
「ほら、あそこ」
海の上を横に這うように広がる明かりは羽田空港。管制塔がひょっこりと抜きん出ているのが見える。
青と赤の明かりがこちらに近づき、そのまま我々の頭上を飛んで行く。いくつもの小さな窓の明かりと尾翼のマークが見えた。
「よい旅を! ばかやろー!!」
その声はエンジン音にかき消され、黒い機体はキュオォーンという音を残し飛び去っていった。
「さ、帰りましょっか」
「はは。そうだな」
その時、飛行機の見えなくなったあたりの地表近く、小さく花火が打ち上がるのが見えた。
「あそこは遊園地かな」
「そうね」
赤や緑の花火が何発か打ち上がった。