淫魔の子
サキュバスというものにどんなイメージがあるだろうか?
男を惑わす如何わしい悪魔? いやらしい発想と体つきをした女性型の魔物?
もしかしたらそうなのかもね。でも俺はそうじゃない。
俺は男の身であるし、自分以外に淫魔の血が流れている者に会った事も見た事もないから、そのイメージが正しいかも分からない。
けど、俺は本物の淫魔の血が流れている。半分は人間で半分は……淫魔。昔から多忙だった人間の父が幼い頃に俺に教えてくれた事でした。失踪した母の事を聞いた俺に辛そうな顔でそう教え、そして謝ったのです。そして歳を重ね、紆余曲折を経た俺自身もそれが嘘ではない事を知っています。
そして強く思うのです。周りと同じように俺の母親も人間で良かったのにと。
「ねぇねぇ奏君、いい加減諦めて私のものになりなよ」
そんな自信過剰な発言を目の前の女子はあっけらかんと言ってのけた。
午前の授業が終わって昼休みに入り、親友の初芽と共に食堂で日替わりランチのアジカレーを美味い美味いと食べていた所、大切な話があると言われクラスメイトの西川に体育館裏へと呼び出されたのだ。
なんとなく嫌な予感がしていたが、来てみれば開口一番にこれを言われたのだから、中々にキツかった。
しかしまあ、俺にとっては特別珍しい事ではないのだけど。
「と、いいますと……」
「も〜! しらばくれちゃって!」
気が抜けた様に間抜けにヘラヘラしながら西川は答えた。
「こんなに奏君の事を想っているんだから〜……その…恋人になってくれてもいいでしょ?」
顔を鬼灯の様に赤くして言う西川。そう、彼女は俺を好いているのだ。それは二週間前に受けた告白からも知ってはいるけれど、俺はその時丁重にお断りした筈だった。……さっきの発言の時は澄ました顔で言った癖に、その発言は顔を赤らめて言うだなんて感性が狂っているのではないかと疑いたくなった。
「西川さんさ……俺言ったよね、今は誰とも付き合うつもりはないって。どれだけ俺を……その…恋愛の対象にしようと構わないけれど、決して君と付き合う事はないから。よろしく」
「ええ〜! どーして! 私ならどんな要望でも飲んであげられるのに〜! その事を想定して色々トレーニングもしてるのに〜!」
「ト、トレーニングって……」
如何がわしい妄想を咄嗟にしてしまう俺だが、ドン引きの一言でしかなかった。
「兎に角そういう事だから。好きなだけトレーニングするといいけど、無理して病院送りになっても俺は責任取れないから。あまり無茶しちゃ駄目だからね。……じゃ、俺は初芽が待ってるから」
「あ、ちょっと〜!」
まだ話は終わっていないと体育館裏に西川の声が響くが、俺はそそくさと退散する。
それにしても二週間前に彼女からの告白を断って、ようやくクラスの女子全員からの告白を断ったぞと喜んでいたのに、こんな形で再告白されるとは……もしかしたら他の女子達からもこんな事をされる可能性があるのかもしれない。
俺はその考えに重いため息をついた。
────俺は女の子が苦手だ。
と言うのも前述した俺に淫魔の血が流れているのが原因なのだが、まだ流れているだけなら良かった。この血が余計なものまでこの身に与えなければ。
血によって俺に与えられた力。それは『魅了』の力だ。
異性ならば年齢、嗜好問わず、俺に対して好意を抱かせる悪魔の魔術。それが俺には備わっている。
備わっているだけならまだ良かったかもしれない。しかし余計な要素までついてきたのが俺を不運にした。
それこそ常時発動すると云う余計な要素だった。ゲーム風に言うなら『オートチャーム』。俺の意思を無視した自動の魅了術……きっと中々に優秀な技だろうな。
だが、日常生活に於いてそれは完全な足枷でしか無い。どこへ行こうと、何をしようと、俺の事を好いてくれる女性しかいないのだ。それがどれだけ恐ろしい事か……
17歳になるまで異性から受けた性的接触、及び痴漢行為442回。レイプ被害82回内60回の未遂、22回の既遂。私の物にならないならば死んでやるだの、俺の家族を殺すだの脅された事18回。
計542件以上の性的被害を俺は受けてきたのだ。恐ろしいと思わないのが可笑しいだろう。因みにレイプ既遂の22とは人数のことで、そいつらが俺に対して実際に『ソレ』を無理強いした回数は数えていない。 ……幼い頃の記憶で恐怖しかなかった為、数えられるわけもなかった。
母から譲り受けた、白髪、緑色の瞳、人とは比べ物にならない程の怪力。自害しようにも即座に修復する不死に近い再生能力。最早人外と称する要素の、ここら辺は妥協しても良いとしても、この『常時魅了』だけは看過できない。実際に俺自身に災いが起こっている以上、そして周りの人間の感情を勝手に弄っている以上、呪いと言っても過言ではないのだから。そしてこれこそ俺が淫魔の血族であると云う決定的な証拠である。
俺が3歳の頃に失踪した母親。その人に対して今生何億回目の悪態や文句やらを心の中でぶつぶつ溢しながら食堂へと俺は戻る。しかしとっくに人気は去っており、俺が2割しか食べていなかったアジカレーはテーブルから下げられていた。
呆然とする俺に始業のチャイムが寒々しく響く。なんともムカつく昼休みであった。