第四十話 麗しの姫君再び?(3)
【麗しの姫君再び(2)の続き】
◆
「道喜殿お願いがございまする」
「これは源三郎様まで、兵部様はそちらにおわしますが――」
ん? あれは我が腹心の米田源三郎の兄貴ではないか、こんな所で何をしているのだ?
何やら柄の悪い連中を引き連れているようだが、そういえば何かあったような……?
「姫君さま少しお待ち頂けますか。源三郎が参って何事かあったようでありますので」
「うむ、わかった。なるべく早く戻って来るがよいぞ」
まったくせっかくデートの最中だというのに、源三郎のヤツめ邪魔をしおってからに。
「源三郎いかがいたした?」
「あ、これは与一郎様、なぜこちらに? いえ、信長様がどうしても御所ちまきに御所煎餅を食べたいと聞かないもので」
ああ信長とかそんなの居たな、完全に忘れていたわ。
「よくわからんが何がどうしたのか順を追って話してくれまいか?」
「は、はい。信長様を下京でお見かけしましたので、まずは与一郎様の命のとおりに茶屋殿の屋敷にお連れしました。そこで与一郎様をお待ちしておりましたが、与一郎様が一向に現れず。待ちくたびれた信長様が、ワレはもう待てない。ワレは美味い物が食いたいのだ。噂の御所ちまきを食べに行くぞーと、なぜか禁裏に強引に押し入ろうとしましたので、慌ててそれを遮り、なんとか説得の上、この川端殿のお店へ連れて参ったという次第であります」
あーうん、それは完全に俺が悪かった……
(史実で御所ちまきが噂になったのはもう少し後のことだと思われるが、煎餅が売れまくって、御所煎餅・御所ちまきとして史実より早く、この時すでに洛中で話題になってしまっている。史実でも信長は御所ちまきが食べたくなり、御所ちまきというなら御所(禁裏)で売っているのだろうと、禁裏に買いに行かせたとかいう間の抜けた逸話があったりする)
「禁裏に強引に侵入とかよくぞ阻んでくれた。源三郎、礼を言うぞ」
「もったいなきお言葉」
だーかーらー、今は官位奏上の手続き中であるのだから、やっていいことと悪いことの区別くらいつけろや、あのうつけがぁ!
「それで、その信長殿はいかがしたのだ?」
「はて? こちらには一緒に参りましたので、このあたりに居るとは思いますが……」
ガラの悪い信長の馬廻りはそこらに居るのだが、肝心の信長本人が見当たらないのだ……どこいった?
と、そこに信じられないセリフが俺の耳に飛び込んできた。
「ワレは三郎と申すのだが、さすがは京の女子であるな。そなたの様な見目麗しい女子は初めて目にしたわ。どうじゃ? ワレの妻にならぬか? これでもワレは尾張では城持ちの大名なるぞ」
あ、あれは――我が姫君で、それを……プチッ
「ちょっとまてや! このうつけ野郎!」
ムテキーンキーック! ドグワシャ!(蹴り飛ばした効果音です)
「だ、誰じゃワレに蹴りを喰らわせたのは。ワレを織田家の者と知っての狼藉であるか!」
「て、てめーは、これから正室を迎える立場であろうが、こんな時にこんなところで女を口説いてんじゃねー!」
我が姫君に手を出そうとするノッブを見て、俺は完全にブチ切れて盛大にムテキンキック(ドロップキック)をかましていた。
主君を足蹴にされた信長の馬廻りと、俺のご乱行を見た源三郎も慌てて郎党を集結させ、川端道喜の店先で両軍が睨み合う大勢となってしまった。
「む、誰かと思えば兵部大補殿か。ワレに蹴りをくれるとはどういうことであるか!」
「信長殿は朝廷に対して、官位の奏上の手続きをしている身。しかもこれから斎藤道三殿の娘を正室に迎える大事な立場であろう。その立場を忘れ、このような場で我が姫様を口説くとは言語道断の仕儀ぞ!」
「側室ならば問題なかろうが!」
「い、言うに事欠いて、わ、我が姫君を側室扱いとは無礼千万なり!」
「む、我が姫君? ……なんじゃこの女子はおみゃーさんの知り合いなのか? もしかして想い人であるのか? おみゃーさんの想い人であるならば、非常に残念ではあるがワレはむろん身を引く事を考えなくもないがのう」
想い人という単語になぜか反応して、顔をさらに真っ赤にしながら俺の顔を窺う我が麗しの姫君。
貴女この状況がさっぱり分かっておりませぬな。
てゆーかデート中に他の男に口説かれてるんじゃねー!
ちきしょう! もうしらんわ! どうにでもなれ!
「ああそうだ! この姫君は奉公衆である沼田家の姫君であり、俺の許嫁であり、この世で最も大切な御方だ! 我が姫君様だけは、だれであろうと、なにがあろうと死んでも譲らーん!」
(ちなみに藤孝の史実の許婚(嫁さん)は沼田家の『麝香さん』といいます。この時たぶん4歳くらいです)
まだ見ぬ史実の藤孝の嫁さんよ、名前を騙るが許してくれ。
「わ、わかった、わかった。知らぬこととはいえ、お主の許嫁を口説いたことは詫びる。だ、だから気を鎮めてくれ」
「いいなずけ……」ぼんっ、我が麗しの姫君が真っ赤に爆発しとるがもう知らんがな。
とりあえず信長殿が場を治めようとしくれる。
俺も少し冷静さを取り戻してきたので、郎党達も緊張を緩めたようだ。
こんなところで小競り合いとか馬鹿の所業なのに、俺は何をやっているのだ……
「それより兵部殿はここで何をしておったのじゃ? ワレらは茶屋殿の店で随分とおみゃーさんを待っておったのであるが」
大変申し訳ありません。
信長殿のことは完全に忘れて、姫君様とイチャラブしようとしておりました。
「こ、こちらの川端道喜殿の店では、私が考案した物などいつでも美味しい物が買えますので、皆様にお土産を買おうと思いまして」
「ほほう、兵部殿が美味いというのであれば是非食べたいものよ。先程から洛中でいろいろ食べたのだが、どれもこれも薄味で大して美味くもなく難儀しておったのだ」
「道喜殿コチラの皆さん全員に美味い物を頼みます。むろん代金は全額私が持ちますので」
「おお! さすがは兵部殿、太っ腹であるな。皆の物遠慮せずにご馳走になろうぞ」
信長殿は俺の驕りがムテキンキックの詫びだと分かっているのだろう。
気を利かせてくれて助かるわ。
「できれば道喜殿、これより他の客は断って頂けますかな」
「はあ、左様でありますな。個性的な皆様ですので私共も助かります」
よし! これで信長殿はしばらく(食っている間は)大丈夫だな。
あとは今のうちに我が姫君をなんとか連れ――って、あれ? 姫様どこ行った?
「キャハハハー! 源三郎とやらもっと酒を持って参らぬかー♪」
「は? 源三郎何をして――」
「はっ申し訳ありませぬ。与一郎様の良い人と聞きましたので、与一郎様が信長殿とお話中にそれがしがお相手をしようと……」
「そ、それで酒とか飲ませちゃったの?」
「い、いえ酒ではなく、甘酒を飲みたいとのご意向でしたので、ただの甘酒を一杯渡しただけであったのでありますが……」
うん、源三郎は気の利く家臣だし何も間違ったことはしていないねー。
おかしいのは甘酒で豪快に酔っ払う我が姫君様ですねー。
しまったなー、川端道喜殿にも甘酒を教えていたのでそういえばこの店で扱っていたなー。
まずいなー、こうなってしまってはデートなどはもう無理だねー。
るーるーるーるー。
……早く戦略的撤退をはからねばって、のぶながー!
「兵部大輔殿の嫁さんであったか、すまぬな。あなたが美しく、思わず口説いてしまいましたが非礼をお詫びいたす」
「む? わしは藤孝の嫁さんとやらではないぞ」
「ああ、これは失礼した。まだ許婚で――」
「わしは、藤孝のご主人様である!」
「は? ご主人様?」
あかーん、うちの姫様、わしは将軍じゃとか言い出しそうだー。
「ひ、姫様、そろそろ帰りましょうか」
「む? 嫌じゃ。わしは楽しい。それに腹も減った。わしは美味い飯が食いたいぞ」
「で、ではおうちに帰って美味しいご飯をたべましょーねー」
「嫌じゃ。わしは皆で食いたい」
こんのわがまま娘がぁぁぁ!
「兵部殿、ワレらも飯が食いたいのだが、良い店は知らぬか? この店は菓子や漬物は美味いが、ワレらはもっとこうがっつり食いたいのだ」
「なんだお主ら美味いものが食いたかったのか? さすればわしが案内して進ぜよう。この京で美味いものがある所といえば、それは吉田神社じゃ。者どもわしについて参るが良いぞー♪」
「おお! さすがは兵部殿の嫁さんじゃあ! よし、おみゃーら姐御について行くぞお!」
「おう!」×50人ぐらいの尾張の田舎者。
――この光景を見るのはもう何度目のことであろうか。
尾張のヤンキー集団を引き連れた姐御(我が主です)と織田信長を先頭に、その愉快な仲間たちが吉田神社の門前の鰻屋と蕎麦屋に攻め込んだ。
「お主らせっかくはるばる京へやって来たのであろう! 今日はなぜかわしは気分が良いのだ。遠慮するな。わしが皆に奢ってやろうぞー! きゃははははー♪」
誰だ我が主にさらに甘酒を飲ませたのは。
あいつ(将軍です)わしの奢りとか言っているが、代金を払うのはどうせ俺なんだぞ。
「さすがは兵部様のお嫁さんじゃあ気前が良いのう。店主蒲焼重50人前追加でなー」
「きゃははは。このお嫁さんに任せなさーい。皆の者ぉ! とろろ飯もおやきも食えい。酒ももっと呑んでよいぞー」
「姐さーんゴチなります!」×50人ぐらい。
「京の物は薄味でクソ不味かったが、ここの物は全てうまいじゃねーか!」
「黒うどんも天ぷらもたまらねー」
「とにかく、うまいだぎゃー!」
おい信長、お前もバクバク喰ってないで少しは部下の暴走を止めやがれや。
「きゃはははー! 今宵は愉快じゃのー♪」
信長殿にはなぜか将軍とはバレなかったのであるが、今宵、我が麗しの姫君は暴れん坊な姉御になってしもーたのであったとさ。
めでたし、めでたし。(めでたくねーよ!)
――翌日。
「義藤さま、つかぬことをお伺いしますが昨日のことは」
「すまぬ藤孝。何も覚えておらぬ」
ですよねー、いいんだ別に俺は、うん、いいんだ……(涙)
次回予告
第四十一話「明智光秀」
君は土岐の涙を見る(てきとー)
戦国ラブコメと銘打っておきながら
懲りずにガチ歴史考察をブチ込んでいきまする
とりあえずラブコメは満足した、反省はしているが
多分またやる




