第四十話 麗しの姫君再び?(1)
天文十七年(1548年)4月
織田信秀が奉公衆の最上位の格である御供衆として遇されることになったのだが、ついでに俺も御供衆に任ぜられることになった。
信秀殿はいわば実の伴わない名誉職であるのだが、俺の場合は別である。
織田・斎藤両家の和睦斡旋を主導する俺への箔付けという意味でもあり、公方様の側近としてさらなる重みを与えるということである。
御供衆には、和睦の儀を主催するため美濃へ再び赴く前に任ぜられる運びだ。
むろん、これは愛する我が主のお引き立ての賜物でもある。
あとでお礼に「ひつまぶし」でも作ってあげよう。(安いものである)
この世は愛する者の胃袋を掴んだ者が勝利するのだ。
公方様の愛妻ポジション(逆です)をゲットするため美味しいものをひたすら貢いだ甲斐があったというものである。
弱冠、15歳にて奉公衆の最高位である御供衆に早くも出世するのよ?
皆の者頭が高いわ、くぁーかっかっか。
はい、すいません調子に乗りました、勘弁してください。
でもこれで名実ともに公方様の最側近になることになる。
大御所が幕政の実権を握っているため出来ることには限りがあるが、公方様への実権の委譲はそう遠くはないであろう。
さて話は変わるが、美濃の調停の件で俺が動いている間に幕府でも動きがあった。
細川晴元が頑張って大御所との和解に動いていたりする。というか、大御所はまだへそを曲げたままだったりするのである。
公方様や大御所は現在慈照寺におられるのだが、大御所にゴマをすって機嫌を取りたいのであろう細川晴元が、今出川御所の修復に動き出していたりするのだ。
(今出川御所は義満の花の御所の跡地に規模を縮小して造営された義晴期の御所です)
細川晴元としては今出川御所に大御所と公方様を迎え、幕府を本来のあるべき姿に戻し自身の権威を確立したいのであろう。
御所の修復には政所執事の伊勢貞孝や六角定頼も協力しているようである。
俺は基本的には細川晴元などは、まったくもってアホだと思っているので近寄ることをあえてしていなかったのであるが、その晴元から呼び出しを喰らってしまった。
公方様とも久しぶりにのんびりしたいし、信長の歓待などもせねばならぬ身でクソ忙しいので正直勘弁して欲しいのだが、さすがに京兆家当主からの呼び出しを無視するわけにはいかなかった。
しょうがないので、嫌々ではあるが上京の細川京兆家の屋敷へと足を運ぶことにした。
「佐々木大原の晴広の小倅であったな」
細川晴元は淡路細川家を細川一門とは認めてはおらず、淡路細川家をその出自である佐々木大原と呼んでいる。(失礼なことです)
「右京大夫(晴元)様には久方ぶりに御意を得ます」
(二人きりで会うとか初めてだとは思うが)
「なにやら御供衆に出世するとか。公方様にたいそう気に入られておるようだな」
今まで俺など眼中に無かったと思うのだが、若年にして御供衆になることになり、名実ともに公方様の最側近になるがゆえ無視できなくなったというところであろうか。
「はっ。公方様には格別のお引き立てを賜っております」
「ふむ。こたびの美濃の調停の件で何やらお主が動きをなしておるようだが、美濃守(土岐頼芸)殿の相婿であるそれがしが協力したことは理解しておろうな?」
まあ協力というか反対しなかっただけとも言うがな。
「は。美濃と尾張の和睦の件に右京大夫様が賛同頂きましたこと、誠に感謝しております」
「弾正忠がごときの扱いには納得はしておらぬことではあるが、美濃守殿の為、公方様のためと思いそれがしも賛同いたした」
「右京大夫様のお力添えあってのことでございます」
「結構な心がけであるな。ではその方に感謝の気持ちがあるならば今出川御所への公方様の動座に協力せよ」
「それは公方様に慈照寺から移ることを説得せよとのおおせでありますか?」
「そういうことじゃ。そなたの父の晴広も御所の造営には協力してくれておる。その方からも費用の工面などで晴広に助力することを期待したいものだな」
義父上は晴元なんぞに協力しておったのか……そういえば帰りの挨拶もまだだった。(すまぬ義父上)
「小身なれば僅かではありますが、我が父の元へ用立てさせて頂きまする」
「一応そなたは細川の血筋ではあるそうだからな。しかと励めば淡路家が再び細川一門として遇される日も近いであろう」
「有り難きお言葉感謝致しまする。して、今出川御所への公方様の動座はいつ頃に相成りましょうか?」
今さら細川一門とかどうでもよいし、別に有り難くもなんともないが、義父の手前そんなこと言えません。
「そうさな。公方様と大御所様には祇園祭(御霊会)の観覧には今出川御所からゆるりと出立頂きたいものよな。それまでには御所の修復も終わらせたいものよ」
祇園祭りといえば二月後であったか、それまでには今出川御所の修復は終わらせるということか。
「右京大夫様のご意向はしかと公方様にお伝えさせて頂きます」
「そなたからの朗報を待っておる。細川の家門を汚す事なきよう精進することだな」
――けった糞悪い細川晴元との会談はこうして終えた。
細川晴元の信じられないところはコレで悪意がまったく無いところだったりする。
正直性質が悪いしこれでは付き合いたくも無くなるというものだ。
ようするに幕府を牛耳る京兆家の当主のくせに、どうしようもなく空気が読めない男なのである。
しかし何故か逃亡先を見定める能力だけはあるから手に負えない。
今さら今出川御所の造営などは俺にとってはどうでも良いことなのだが、義父上が協力しているとならば手伝わないわけにはいかないであろう。
親孝行のため義父上にはまとまった金を工面して、公方様にも一応今出川御所への動座をお勧めせねばなるまいか……
◆
上京から急ぎ慈照寺の東求堂へ戻る。
「どこへ行っておったのじゃ?」何やら不機嫌そうな顔の義藤さまに出迎えられる。
「申し訳ありませぬ。右京大夫殿に呼び出され、上京の京兆家の屋敷へ参じておりました」
「ほほう、わしのことは放っておいて、右京大夫殿にでもゴマをすりに行っておったと申すか。出世するとなると忙しい身の上のようじゃのう」
不機嫌な理由はソレかい。
別に好き好んで放置プレイをして居たわけではないのだが……
「も、申し訳ありませぬ。信長殿の御目見えの儀の直後に呼び出されまして、公方様に暇を告げる余裕もなく」
「まあ良い。それで右京大夫殿には何用で呼び出されたのだ?」
「今出川御所の修復の件にござりました。今出川御所の修復が成りましたら、私から公方様に御動座を勧めるよう依頼されました由にございます」
「なんだ、右京大夫殿はわしに用があったのか? わしに直接使者でも遣わせばよかろうに」
「大御所様の勘気がまだ治まっておりませぬ。右京大夫殿もお気を遣われておるのでしょう」(何が悲しくて晴元なんぞを擁護しているのだ俺は)
「大御所としても振り上げた拳を下ろす理由が欲しいのであろうな。余り気のりはせぬが返事をせねば困るのであろうし、今出川御所への動座の件は色よい返事をしても構わぬぞ」
「今出川御所に動座の折には、大御所様も右京大夫殿との対面を許す機会と成りましょう。それに私の立場までお気を使って頂き感謝致します」
「べ、別にそなたのことなどに気を使った覚えはないが、感謝したければ勝手に感謝するが良い」
なんかツンデレしておる、やべえ俺悶絶しそう。
「そ、それと右京大夫殿は義藤さまの祇園祭の上覧を手配するつもりのようでありました」
悶絶回避のため別の話題を振ってごまかす。
「祇園祭か、それは悪くないな。藤孝もその際にはわしと同席するがよい」
「畏まりました。美味しいものを取り揃えてお持ち致しましょう」
「うむ、格別に美味しいものを頼むぞ」
「美味しいものと言えば、信長殿の帰国の前に宴の一つも開かねばなりませぬな。よろしければ大草殿と宴の準備をいたしますが」
「大御所と相談の上よきに計らうが良い。で、信長殿はいつ頃帰国の途につくのじゃ?」
「官位奏上の結果次第ではありますが、明後日以降になりましょうか……」
とそこに、外から声をかけるものがあった。
「恐れ入ります。米田源三郎です。ご歓談のところ誠に申し訳ありませぬが、与一郎様に急ぎの報せが参りました。しばし宜しいでありましょうか?」
「源三郎か。すぐに参る」
「よい。源三郎とやら入室を許すぞ。かまわぬから入って報告いたせ。それともわしには聞かせられぬ報せであるのか?」
「そ、そのようなことはありませぬが……」公方様の言に源三郎が戸惑ってしまった。
「公方様の仰せである。源三郎中に入り報告いたせ」
「陪臣の身で恐れ入ります」と言って入室する源三郎。
「かまわぬ、公式の席ではないのだ気を遣うな」
「はっ、有り難きお言葉」
「で源三郎、急ぎの報告とは?」
「さきほど茶屋殿より早馬が参りまして、織田三郎信長様が下京にてご乱行の由とのことでございます」
「は? ご乱行? なぜに?」
信長殿はお目見えの後は建仁寺に帰って帰国の準備をしているとばかり思っていたのだが、まったくもってそんな事はなかった。
せっかくの折り目正しい装束などはさっさと投げ捨てて、ファンキーな馬廻り衆らとともに、『面倒なことは終わったから俺は遊ぶぞー』的なノリで洛中に繰り出していやがった。
50人ばかりの着飾った柄の悪い集団が下京の市などを悪態をつきながら練り歩きつつ、女子に絡んだり、食べ歩きながら店に文句を言ったりしているというのだ。
茶屋明延殿がその評判の悪さを心配し俺に早馬を走らせ報せてきたのである。
想像してみて欲しい、真っ昼間から特攻服を着たゾッキーの集団が商店街でたむろしているところなどを。
信長の馬廻りなど現代の視点では、茨城のクソ田舎から出て来た暴走族みたいなものなのである。
ヘタしたら夜盗か山賊の類にも見えるかもしれん。
「とりあえず源三郎は、郎党を率いて信長殿を急ぎ探してまいれ。できれば茶屋殿の屋敷にでも案内しておいてくれると助かる」
(汚物は隔離しよう)
「はっ、直ちに」
今は信長殿の官位の奏上の手配中なのよ? 余計な騒ぎとか起こしてよい時期ではないだろうが!
下京に飽きて上京にまで繰り出されたらさらに面倒だ、その前に押えよう。
まったく細川晴元なんぞに呼びつけられたせいで時間が取られて、信長のケアができんかったのが失敗だったな。
(義藤さまとお話する前に信長のところへ行けば良かったという発想はないらしい)
「義藤さま、そのような仕儀にて申し訳なく、これより下京に参りノブ――」
「噂のうつけぶりを見に行くぞー! 藤孝もついて参れー♪」
「……は?」
あかん、余計な騒ぎを起こしそうな輩が、そういえば目の前にもいたのであった……
◆
【麗しの姫君再び(2)に続く】
ラブコメがしたいんじゃあという脱線回に
お付き合い頂き感謝です
四十一話には本筋に帰れるだろうか……
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