第三十六話 斎藤道三(2)
◆
別室で差し向かいに、斎藤利政(道三)と茶をしばいてます。
お茶を出しているのは自分なので、一応毒殺の心配はありません(笑)。
今日の道三との会見は、幕府正使としての公式の謁見ではない。
本番は土岐頼芸殿との謁見になる。
その前の下交渉という位置づけである。
実際は逆で間違いなくこっちが本命だけどなー。
まず斎藤利政を呼びつけて上意下達の形どおりの形式だけやって、すぐに歓待した。
鰻重、蕎麦、天ぷら、おやき、煎餅、もみじ饅頭に清水の神酒という贅を尽くした俺流フルコースで斎藤利政を歓待したのである。
さすがに道三といえども驚いていたようである。
「贅を尽くしたおもてなし、ありがたきことなり」
「いまだ公方様のことを貧乏公方などと申す者がいるようですが、それは実態を知らぬ者の妄言。公方様には各地の守護大名など全国の諸侯より礼の物を献上され、また京の復興が進み、町衆よりもかなりの税が納められております」
相変わらずのハッタリである。
室町幕府は相変わらず貧乏で、金持っているのは俺だからな。
まあ今年はメープルシロップが昨年比数倍採れているし、酒の売上げも伸びているので、それらの税を納めれば幕府もいくらかマシにはなるけど。
(間違いなくかの柳酒より儲けている)
「ほう、公方様や大御所様は京からよくお逃げとお聞きしましたが、それほど幕府は持ち直しておりましたか」
「公方様は細川京兆家の内紛に巻き込まれているだけ。幕府の財政は大分立ち直ってきております。本日やのちに土岐美濃守(頼芸)殿にお渡しいたす物などは私からの礼の物となっておりますが、その実は公方様よりの賜り物とお考え下さい」むろん全額が俺の自腹でありまんがな(涙)
「お茶請けに、もみじ饅頭もご賞味くだされ」
「先ほども頂戴しましたが、これは格別なお味でありまするな」
「昨年より京で流行りました上等の菓子になります」流行らせたのも作っているのも俺だけどな。
「結構なお手前でした。良い師に学ばれたようですな?」
しかし何が悲しくてこんな梟雄のおっさんと、密室で二人にて茶を飲まねばならないのだ? まあお仕事だから頑張るけど。
怖いものは怖い。
「志野宗温殿に武野紹鴎殿、それに京の町衆ともよく茶の湯を興じておりまする。左近大夫殿(道三)も茶の湯を好むとお聞きしましたので、宇治の茶に、この京釜も土産として新作を用意させました」
「我が美濃にはそこまで茶の湯に高じる御方はおらなんだ。さすがに京は違いますな」
「美濃守様(土岐頼芸)は風雅の気質を好むとか、茶の湯にも精通しておられるのではありませぬか?」いい加減本題に入るかね。
「ふむ。御使者殿にひとつお聞きしたい。美濃守様に直接ではなく、なぜそれがしのところへ参ったか」
「……何故だと思われますかな?」
「交渉の余地ありと、そう、考えまするが如何か?」
「美濃守殿の対応次第というところでしょう。ここからは私の個人的な意見になりますが、すでに土岐頼純(頼充とも)殿は亡くなっており、その責任を追及することに何ら益はありますまい。それよりは今後のことを実力者の左近大夫(道三)殿と交渉することのほうが大事と考えましたが」
「美濃守様ではなく、儂との交渉をお望みと?」
「公方様に『飾りの鷹』と交渉しろと仰せですかな? そのような無駄な時を費やすよりは、美濃を食い尽さんとする『マムシ殿』と交渉するほうが話は早いと思いますが、お気に召しませぬか?」
「美濃を食い尽くすマムシとは誰のことであるか?」
来たなプレッシャー。
そんなに威圧しないでくれ。
今の俺の気分はまさに蛇に睨まれたカエルだけど、プレッシャーに負けず頑張りましょう。
「公方様は飾りの鷹に興味はお持ちではありません。それに飾りの鷹ではマムシ殿の野望を抑えることは難しきこと」
「そのマムシ殿とやらは大層な野望をお持ちのようでありますな」だからマムシの如く睨むなって。
「そのマムシ殿はいずれ美濃を我が物とすることでしょう。ですがそこまでです。マムシ殿では国を奪うことは出来ても、国を維持することは出来かねるでしょう」
「ほう、儂では実力が足りないと仰せか?」マムシと認めるのかよ。
「実力はありましょう。ですが美濃は少し荒れすぎました。国人の力も強くなりすぎました。マムシ殿はたしかに実力で美濃を奪えるかもしれませぬ。ですが、力で奪ったものは力で奪い返されるもの。斎藤惣領家や斎藤持是院家はどうなりましたかな?」
◆
大御所が美濃守護と裁定された土岐頼純は昨年の冬に急死した。
だが頼純(頼武)派が消滅したわけではないのだ。
神輿が無くなったため、朝倉家や織田家は介入の大義名分は失った。
だが報復として侵攻する気があれば、美濃国内の旧頼純派である反頼芸(反道三)派の国人と手を組むことは容易なのだ。
守護の土岐家は既に力などなく、ずっと世紀末状態だった美濃の内乱によって守護代であった斎藤惣領家や斎藤持是院家も既に滅びた。
小守護代の長井家も消えた。
その小守護代長井家を乗っ取り、斎藤同名衆を名乗った斎藤利政(道三)が、土岐頼芸を神輿に担ぎ、頼純派と長らく戦い続け、勝利してきたために実力的には一つ飛びぬけている。
だがそれはドングリの背比べで、一つ頭が出たに過ぎないのだ。
家格も権威もない斎藤道三が何故、息子の斎藤義龍と戦い敗れたのか?
深芳野?
土岐頼芸の落としだね?
土岐の血筋?
そんなものは江戸時代の創作だ。
斎藤義龍は美濃の有力国人領主に担ぎ上げられたのだ。
国人領主達にとって非常に扱いにくい存在の斎藤道三を追い出すための神輿になったに過ぎない。
やったことは武田信玄(晴信)を担いで、武田信虎を追い出した甲斐の国人領主と同じなのである。
たしかに武田信玄はその後、甲斐の国人領主を上手く纏め上げた。
だがそれは武田信玄が絶対的な専制者として君臨したわけではない。
甲斐武田家は甲斐・信濃・駿河に上野・遠江・三河・美濃・飛騨の一部にまで勢力を拡大したが、武田家はどこまでいっても国人領主の連合体でしかなかった。
――だから信玄亡きあと『格』の低い勝頼では国人衆を維持できず崩壊した。
斎藤義龍は当初は担がれただけであったが、彼は実に上手く国人をコントロール出来ていた。
斎藤義龍は頼純派、頼芸派の二派に分かれた美濃の国人らを『斎藤道三』を敵とすることで上手く纏め上げた。
そして義龍は長良川の戦いで見事に斎藤道三の首を上げ武威を示した。
道三派の国人の討伐も早かった。
味方した国人への恩賞も悪くなかった。
権威も上手く使った。室町幕府と上手に付き合い、一色の名乗り、治部大輔や左京大夫の任官や、室町幕府における相伴衆への就任など家格を上げ国人らの上位として大義名分を得た。
そして従来の制度から知行(貫高)制への切り替えへも移行しようとしていた。
斎藤(一色)義龍は見事に戦国大名に脱皮をしようとしていた。
だが命が持たなかったのだ……斎藤義龍が長生きできていれば、織田信長も美濃併呑にはもっと苦労したはずだろう。
斎藤道三は名目上の旗頭である土岐頼芸を追い出すのが少し早過ぎたのである。
頼純派と頼芸派の国人はつい数年前まで相争う間柄であり、守護土岐家の下では斎藤道三と同格であったのだ。
正解は息子義龍がやっている。
武威を示すこと。
家格を上昇させ国人領主より上位となること。
国人の被官化。
最後に国取りの大義名分である。
斎藤道三は元同格の者であった国人領主の被官化も満足に成しえぬままに、大義名分を得ぬままに土岐家を捨ててしまった。
早計であったといえよう。
簒奪する時には小守護代長井家の時のようにせめて上意討ちという大義名分は得るべきなのである。
織田信長は守護代織田大和守家を討つ時に、しっかりと守護斯波家のためという大義名分を得ている。
まだ戦国時代の前半はまだ大義名分が必要な時代なのである。
斎藤道三の動きは全てが早過ぎたのだ――
◆
「儂も斎藤惣領家や斎藤持是院家と同じく滅びるといいたいのかね?」だから睨むなよ、ただでさえ顔が怖いんだから。
「今のままではそうなりましょう。ですが公方様は左近大夫殿に期待しておいでです」
「ほう、公方様が儂ごときを?」
「公方様は尾張の弾正忠殿を大層お気に入りであります。その弾正忠どのと朝倉家の連合軍に対して見事な戦いぶりを発揮された左近大夫殿のことも大した御仁だと褒めております」
「弾正忠をお気に入りだと? 弾正忠と同じくというのは癪ではあるが、公方様に褒められるはありがたいことであるな」
「公方様は織田信秀殿とは直接お会いしておりますので。ですが現時点では幕府のではなく、あくまで公方様の御意思にございまする」まあ俺の意見だけどな。
「幕府と公方様の意思が違うと申すのか?」
「公方様も難しいお立場、全ての意思を公にはできますまい。それに土岐頼芸殿は六角定頼殿の娘婿にございます。頼芸殿を差し置いて左近大夫殿をとは、大御所様や六角定頼殿の体面上、今すぐに公には発言できかねましょう」
「幕府も面倒であるな」
「公方様としては公的には美濃の守護として土岐家をお立てしなければならない立場であります。ですが興味としては既に斎藤利政という御仁を気に掛けております。そのため腹心たるそれがしを美濃へ遣わされました。大御所様や幕府の意向ではなく、あくまで公方様のご意思にあらせられます」俺の意思で来たけど黙っておこうな。
「公方様は儂に何をお望みなのだ?」
「まずは美濃のご静謐をお望みかと、それと斎藤左近大夫殿の将軍家への忠義をお望みでありましょう」
「儂は土岐家の臣にて、土岐家に忠義を尽くすものであるが?」
「建て前はそれで結構です。公方様は美濃国内をまとめる役儀について、斎藤左近大夫殿に期待しております」
「御屋形様(土岐頼芸)ではなく、この儂に期待していると?」
「公にはできぬことでありますが、美濃は斎藤左近大夫利政殿に、尾張は織田弾正忠信秀殿に期待したいと仰せであります」
「守護の土岐家や斯波家を差し置いて儂と弾正忠をのう」
「かつての斯波家や土岐家はたしかに足利家のために働いた。そのため数カ国の守護にも任命されました。しかし、土岐家も斯波家も応仁の大乱以降は将軍家に忠実であったとは言いがたく、また守護たるお役目を果たされておりませぬ。将軍と御家人とはご恩と奉公の関係。すでに公方様に対して満足に奉公できぬ者に旧恩を与え続けて、公方様に何の利がありますか? 新しき忠義者にこそ新恩を与えるほうが公方様の利になりましょう」
「この儂を新しき忠義者に仕立て上げる気かね?」
「斎藤家が忠義の家に連なるかはこれからのこと。逆に言えばこれからでも公方様に忠義を尽くして頂けるのであれば、それなりの新恩はお約束できましょう。……忠義者すら演じられぬ不器用な御仁などは無用の長物。公方様も役者は選んでおいでであります」
「儂のことを大根役者ではないと、お認め頂けるとは光栄の極みだな。で、公方様は儂にどう忠義を尽くせと仰せなのだ?」
「ひとつ。鷹を飾りつつ美濃を取りまとめて頂くこと。ふたつ。織田信秀と和睦し同盟を結ぶこと。みっつ。時が来るおりに公方様のためお働き頂くこと」
「いつまで鷹を飾っておけばよいのかね?」
「時が来るおりまでとしか申せませぬが、いずれは鷹を奉じて上洛頂きます。そう遠くはありませぬ。この5年以内になりましょう」
「上洛して何をせよと?」
「公方様のため戦って頂くことになりましょう。しかるべき武功を示せばまず美濃守護代は新しき斎藤家の物となります」
「飾りの鷹はどうするのかね?」
「京へ置いていかれるがよろしいでしょう。守護は本来、在京が本務のはずですから」
「飾りの鷹は美濃へ帰ろうと望むが如何にする?」
「公方様の在京の命を無視した守護など追討するだけのこと。新しき美濃の守護家とともに美濃に残る旧勢力と旧来の守護家を叩くだけ」
「ふはははははっ。その絵図誰が考えた? 儂よりよっぽどマムシの渾名が似合っとるぞ」
「マムシは共食いもいたしますが、縄張りを守って仲良く共存したく存じます」
◆
【斎藤道三(3)につづく】
すいません長くなってしまったので三分割になると思います
歴史上の濃い人が出てくると話が長くなるわ、まあ頑張ろう
会話締めるだけなんで次話はすぐいけるかな
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