第三十話 狩りの時間だ(2)
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管理する領地が一気に増えたのではやく現地に行きたいところではあるのだが、問題が一つ残っている。拗ねるであろう公方様をどうするかである。
新二郎にはマジメな顔で怒られた。
政務が終わって東求堂に戻るたびに、「藤孝はまだ顔を出さないのか?」とご下問されたらしい。
主に心配をかけないよう報告、連絡、相談を欠かすな、部下の勤めであろうと諭された。
うん、脳筋野郎にいわれて少しヘコんだ。
公方様と俺との間で連絡係が欲しい。
新二郎を雇用できれば最高なのだが、新二郎には常に義藤さまの身辺にあり警護を務めてもらわねば困る。
ほかに人材を求める必要があった。
俺が戦国時代で目覚めたばかりのことを憶えているだろうか?
たしか1年前(第二話 若様)のことである。
その時に新二郎のほかにもう一人小姓が居たのを憶えているだろうか?
俺はそいつをスカウトすることに決めた。(もはや誰も覚えていないだろう)
その小姓の名は柳原新三郎という。
藤原北家の日野家の庶流柳原家のさらに分家の貧乏公家、柳原新右衛門の小倅である。
この子は史実では「柳沢元政」と呼ばれることになる。
足利義昭が三好三人衆に襲撃され、織田信長が飛んで駆けつけた本国寺の戦いにおいて勇戦し、のちには信長に追放された足利義昭に最後まで付き従い、備後の鞆まで同行している。
さらには毛利家にも気にいられ子孫は長州藩士になっていたりする。
身分的には足利義昭上洛時では足軽程度だったはずなのに足利家に対する忠誠心がほぼマックスに近く、能力も申し分ない逸材だったりする。
正直引き上げてあげないともったいない人材である。
柳原家は公方様の母親の近衛家に家僕として出仕しており、柳原新三郎は公方様の母親から義藤さまの小姓を命じられている。
さすがに俺の直臣にはできないので、義藤さまに相談し、俺が費用一切をみるので元服させて公方様の直臣に取り立てて欲しいと頼んだ。
今後は連絡要員として俺にも仕えて貰うことも相談した。
本人としても公家より武家希望だったため話は早かった。
まだ11歳と若過ぎるのだが義父に烏帽子親になってもらい全額俺負担で元服させた。
名字も公方様より「柳沢」の名字が与えられ柳沢新右衛門尉元政となった。
(面倒なので新しい名字を与えることを公方様に頼んだということで)
身分は将軍家では足軽ではあるが、淡路細川家では俺の馬廻りである。
将軍家と淡路細川家の両属だが、公的には将軍家の足軽になる。
モチロン馬も良い馬を買ってあげた。
「成田大震」という皐月賞を勝ちそうな名馬である。
俺と公方様とを繋ぐ伝令として頑張ってもらおう。
見事な忠誠心を持っているのでこの子には『教育』はいらない。
(柳沢元政は後年、足利義輝と義昭とその母の墓を建てたりしている)
◆
準備が整ったので、柳沢元政と高額時給で勧誘したアルバイトの指揮官と、饅頭屋宗二殿と一緒に小出石村に向かった。
アルバイト指揮官は奉公衆で京都小笠原家当主の小笠原稙盛である。
弓馬故実に優れた家であるので、弓の講師としてアルバイトを頼んだ。
本業は騎射(流鏑馬)なので歩兵の弓術ではないのだが、弓術の基礎ぐらいは叩き込んで貰おう。
ちなみに小笠原稙盛の息子はのちに細川藤孝に仕えて、「ガラシャ」を介錯する小笠原少斎秀清であるが、それは未来の話だ。
饅頭屋宗二殿はメープルシロップ採取の準備と第2作業場建設のため同行する。
柳沢元政は週一ぐらいで慈照寺を往復して貰い、お土産と俺からのラブレター(違います)を運んでもらう予定である。
弓術の講師をせっかくつれてきたので、飯係りと農業係を除いた郎党は、現在の作業を中断して弓術の特訓である。
「それがしは弓術特別教官の小笠原稙盛である。気軽にガッツと呼んでくれたまえ。弓術のことで分からないことがあれば何でも俺に聞いてくれていいぞ。分からないことは恥ではない。分からないことを聞く勇気こそが上達の近道だ。お主たち、それがしと一緒に小笠原弓術を頑張ろう!」
……今までの教官との違いに、我が郎党達が涙を流さんばかりに、というか泣きながらモーレツに感動している。
そして小笠原稙盛の懇切丁寧な弓術の基本講座を一週間ばかり受けた。
柳沢元政と斎藤利三も歳が近いので友達になり仲良く弓術に励んでいた。
そして契約期間が切れ優しい小笠原稙盛教官はFAとなり、お土産の鮎と柴漬けと公方様へのお手紙を持たせた柳沢元政と共に慈照寺へ帰っていった。
さて、お遊戯の時間は終わりだ。
ここからが地獄の三丁目である。
一丁目は「工兵」で二丁目が「農作業」、地獄の三丁目は「狩りのお時間」である。
弓術の基本は覚えたのであとは実践あるのみだ。
村の東側にある比叡山麓に踏み込み、俺と米田鬼軍曹と中村新助の3小隊に分かれて狩をするのだ。
鹿やウサギ、猪に鳥などをガシガシ狩っていこう。
本来比叡山麓は「殺生禁断の地」なのだが、おかまいなしに踏み込んでいく。
バレなければいいのだ。
狩る予定の鳥の中に学名「ニッポニアニッポン」で現代では天然記念物の「朱鷺」がいたりするが、この時代はいっぱい飛んでいるので問題ない。
おかまいなしに狩っていこう。
「俺達の商売はなんだー!」
「狩り! 狩り! 狩り!」
「狩りとはいったいなんだー!」
「殺戮! 殺戮! 殺戮!」
3小隊に分かれた郎党たちが俺の教えた号令で山に踏み込んでいく。
「殺生禁断の地? 絶滅危惧種? よし行くぞぉ! そんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ!」
「そんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ!」×30人ぐらい
揃いの掛け声で30人1小隊で鹿一頭に集中射撃を加える。
散開はしない。
30人の小隊員でまとまって動くのである。
我が部隊は1点集中攻撃主義である。
鹿を敵の指揮官と想定して集中して射るのだ。
まとめて撃てば2、3本は当たる。
それで十分なのだ。
殺生禁断の地で人間の怖さを知らずにぬくぬく生きてきたお馬鹿な動物共を虐殺して行く。
動物愛護協会? そんなものはこの戦国時代にはない。
そんなものがいたとしても。
「そんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ!」×30人ぐらい
狩った動物はその場で血抜きを行い、皮と肉に切り分けていく。
我が部隊に必要なのは自力で生き抜くことのできるマシーンと化した強兵である。
動物の解体ぐらいは笑いながらやってもらわねば困るのだ。
泣き言を言っても許さない。
いやがる斎藤利三にも動物の解体を教えて『教育』していく。
解体した動物はあとでスタッフが美味しく頂くのである。こいつらの飯はしばらく肉中心である。頑強な肉体をつくるためには必要な犠牲なのだ。
我が部隊は1小隊約30人で、3個小隊で1個中隊である。
そのうち掛け声も全て英語にしよう。
「甲州流軍学」とかそんなカビの生えた軍学なぞ知らぬ(成立は江戸時代ですのでまだ存在してません)。
我が部隊は海兵隊流でいく。
ゴー、バック、レフト、ライト、センター、そして攻撃は「ファイエル!」である。
攻撃命令だけドイツ語っぽいが気にするな。
まったくもってただの趣味だ。
敵は我々が何を言っているか分からないだろう。
これで我が軍は機密保持もバッチリだ。
比叡山麓の動物が警戒心を持ち始めたら、「アンブッシュ」作戦の開始である。
顔や腕、足などに花、草、野菜、木の皮などから作った顔料で迷彩を塗る。
さらに迷彩色にした蓑傘を被って、匍匐前進の訓練も行う。
音も無く動物に忍び寄って、虐殺していこう。
ただの郎党に興味はありません。
この中に山岳戦のスペシャリストが居たら、階級を上げて小物頭や中間頭に取り立てましょう。
俺が作りたい部隊の一つに山岳戦を得意とする山岳レンジャー部隊があるのだ。
きっと篭城戦でも活躍してくれるだろう。
砦から山沿いに隠密で行動し敵を奇襲するのにも、敵の城の搦め手などを奇襲攻撃するのにも有効であろう。
比叡山麓を狩りながらめぐって、メープルシロップが採れそうな「イタヤカエデ」「オオモミジ」などをマーキングしていく。
比叡山麓が終わったら反対側の丹波高地である。
こちらは広いので狩りがいがある。
採った肉はなるべく焼肉で食うが、食いきれない分は燻製にして保存食とする。
1ヶ月程狩って狩って狩りまくっていたら、クマをも恐れぬ優秀なレンジャーが生まれていった。
だが、俺は狩りに集中し過ぎて気づかないでいた。
アンブッシュ作戦で潜む俺を、慈照寺から再度やってきた柳沢元政が見つけられず。
公方様から俺への手紙を持ったまま諦めて、また慈照寺に戻ってしまったことに……
束帯や村田珠光あたりを改稿してたら本編の投稿がおそくなりました。
切腹してお詫びいたします。最近調べが足りなかったり反省しきりです。
投稿に追われているのが原因ですな。
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作者に反省だけなら猿でもできる、改善しろと激励をお願いします。




