表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/208

第五話 東求堂(1)

 天文十五年(1546年)9月

 


 すでに蕎麦屋の開店5日目だ。

 いかんマジで売れる。

 吉田家に地代(家賃)を払い、食材の仕入れに金も掛かっているのだが、それでもウハウハなのである。

 蕎麦屋の提案者である従兄弟の吉田兼見(よしだかねみ)はもちろんのこと、売上げや参拝者の急激な増加を見て吉田家当主で叔父の吉田兼右(よしだかねみぎ)も蕎麦屋の商売に乗り気満々になっている。

 今や食材の仕入れにも当主みずからが乗り出している有様だ。


 てんぷら用の油が費用の面でネックになるのではないかと思っていたのだが、強力なコネを持っていやがった。

 この時代の油は灯明(とうみょう)用の荏胡麻(えごま)油なのだが、この油を牛耳っていたのが大山崎(おおやまざき)油座(あぶらざ)である。

()」とは簡単に言えば同業者の組合のことだ。


 大山崎の油座は、京の南西にある天王山(てんのうざん)(ふもと)の大山崎の町にある離宮(りきゅう)八幡宮(はちまんぐう)の神職を発祥とする油の座である。

 室町幕府にも公認され、原料の荏胡麻の栽培から採油(さいゆ)、販売まで全国規模で担った()()()()()()()()である。

 京や畿内などはほぼ独占に近かった。


 その大山崎の油座とのコネは超身近にあった。

 伯父の清原業賢(きよはらなりかた)が朝廷の穀倉院別当(こくそういんべっとう)職であり、その給与として大山崎の油公事(こうじ)知行(ちぎょう)していたのだ。

 ようするに大山崎の油座から朝廷に収める税金を徴収する立場の人なのである。

 伯父はこのコネを最大限に発揮しやがった。

 大山崎の油座から税金を誤魔化して(黙認して)エゴマ油を一括大量購入して仕入れ値の大幅削減を実現してしまったのだ。

 店は安く仕入れられ、大山崎の油座も税金がかからない闇油(やみあぶら)を売れるというWIN-WINの関係を構築しやがったのである。


 吉田兼右叔父は天ぷらタネの野菜やソバを吉田家の領地だけではなく、周辺の国人領主などからも直接交渉して買い付けを始めやがった。

 これも店は食材を安く仕入れられて、周辺の領主も雑穀のソバや野菜を安定的に売ることができるというWIN-WINの関係になっていた。

 やる気になったコイツら(叔父上達です)ハンパねえわ……


 本気を出した公家の親戚のおかげで、店の材料の仕入れは開店三日目にして安定供給が確立してしまったのだ。

 初日から売れまくって話題にもなっているのだろう、新規の客がどんどんやってくるし、もちろんリピーターも多くやって()()()()()


 ◆


 そんなわけで俺は朝からずっと、蕎麦を打って、蕎麦を切って、蕎麦を茹でて、天ぷらを揚げて、盛り付けをしての繰り返しである。

 いい加減やめさせろー!

 と、そんなことを思っていたら、店に養父の細川晴広(ほそかわはるひろ)がやって来た。


「与一郎。明後日からの出仕(しゅっし)が決まったぞ」


「出仕?」――バンバンとソバを打ちながら回答する俺。


「忘れたのか、若様の兵法指南の役柄(やくがら)を」


「おおそうでした。すいません義父上、身も心も蕎麦屋の()()()に染まるところでありました」


「お、おお。お主の蕎麦は確かに美味いが、武家たる本分を忘れてはならんぞ」


「モチロンであります。次期将軍たる義藤さまへの奉公、私はがんばりますよ!」


 と、力強く俺は宣言する。麺を切りながらだけどなー。


 だがそこに吉田兼見から「()()()()()()()()()()」が入ったー。


「ちょっと待ったー! 店はどうするんだ、店は? 店番がいなくちゃ困るじゃないか。この客足だぞ。明日も明後日も店を開けなければ困る。お前がやらなくて誰が店番をするというのだ?」


「店番、店番って俺はかーちゃん(兼見)の奴隷じゃないっつーの!」

()()()の気持ちが少し分かった気がする)


「兼見殿、だが与一郎にはお役目があってだな……」――いいぞぉ義父上ぇもっと言えー。


 と、そこに清原業賢伯父上が割って入った。


「こんなこともあろうかと、与一郎の代役を用意したぞ」


「なんと?」――みんなでびっくり。


「紹介しよう。我が弟の南豊軒周清だ」――いや、叔父さんだし知ってるわ。


「与一郎殿! 是非拙僧(せっそう)に蕎麦作りを伝授してはくれぬだろうか? 拙僧は相国寺(しょうこくじ)でうどんを打っていたこともあるので適任だと思うのだが?」――南豊軒叔父さんが熱弁を振るう。


「いやでも、叔父さんは相国寺のお坊さんでしょ? お寺の仕事というか修行はどうするのさ?」――と俺は麺を茹でながら答える。


「そんなもん還俗(げんぞく)させるわ」――業賢伯父があっさりと言ってのける。


「拙僧、いやわしも還俗するつもりである」――南豊軒叔父もあっさり言うし。


「元々口減らしの寺送りだからな、金が入るなら還俗しない手はないだろう」


 業賢伯父上ちょっと怖いぞ、口減らしとか本人の前でいうなよ。

 これはあれだな、清原家も金儲けに絡む気がマンマンなんだろうな。


「俺としてはかまわないけど、兼見くんもそれでいいかい?」あと「注文あがったよー」とウエイトレスの巫女さんに声をかける。


「うーん、与一郎が居ないんじゃ店が開けないのは困るしな。たしかに叔父さんなら適任なんだよなあ」


 と、あらたな敵(お客様です)を店内に招き入れながら兼見くんが答える。


「まあ時間もないんで、これから南豊軒叔父さんをみっちりシゴキますんで覚悟して蕎麦打ちを覚えてくださいよ」


 と、麺を茹でながら答えるというか、いい加減器用すぎるだろ俺。


「おう与一郎殿。いや、師匠よろしく頼みます!」


 いいから早く手伝ってくれ伯父さん。すでに猫の手も借りたいんじゃー。


 というわけで、お店を廻しながら実地で南豊軒叔父さんを鍛えることになったわけだ。

 裏では清原家vs吉田家による()()()()()()()()()が勃発していたが、俺には関係ないことにしておいた。


 話し合いの結果、本当に相国寺をブッチ(還俗)した南豊軒叔父さんが蕎麦屋の店長になり、店の名も「うどん処 南豊軒(なんほうけん)」となった。

 どっかのラーメン屋みたいな店名だが、まあ気にしないでくれたまえ。


 いちおう店の権利は俺の物なので俺はオーナーということになる。

 吉田家は店の地代(賃借料)とソバと野菜の仕入れの中間マージンと、蕎麦目当ての多くの参拝者をゲットした。

 清原家は大山崎の油座から仕入れる油の中間マージンと店長の座を獲得した。

 吉田家と清原家の両家が間にいるけれど、利益は十分に出ているというか正直儲かり過ぎて怖い。


 しかし本気になった公家って怖いと思ったね……まあそのうち蕎麦屋をマネするところも出てくるだろうが、親戚だけでやっているので蕎麦の製法の秘密は守れるかな?

 しばらくは蕎麦屋の営業を独占できるだろう。


 ちなみに分かりやすく『蕎麦屋』と言っているが、実は『黒うどん』の名前で売っている。

 店名も「うどん(どころ)」なのである。

 黒うどんの原料が『ソバ』だとバレるまでは、黒うどんの名称で誤魔化して売っていくことになるだろう。


 閉店後も蕎麦作りを叔父さんにみっちり叩き込んだのだが、南豊軒叔父さんは蕎麦の美味さに感動したようでマジメに蕎麦打ちに取り組んでいる。

 どうやら本気で蕎麦屋のおやじをやりたいみたいなのだ。

 南豊軒叔父さんはうどんを相国寺で作っていたと言うだけあって覚えも早かった。

 これならすぐにでも店を任せることができるだろう。

 これで俺は蕎麦屋のおやじ役からは解放されることになったのだ。


 今後は店の監督だけで十分であろう。

 あとは、季節ごとの天ぷらタネとか、変わりダネとか茶蕎麦など、今後に予定していた新商品なども少しずつ教えていこうと思う。

 殿様商売であぐらをかいて商売していてはダメだからな。

 今後の工夫もしっかり考えていかねばなるまい。


 ◆

【東求堂(2)へ続く】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくれてありがとう
下を押してくれると作者が喜びます
小説家になろう 勝手にランキング

アルファポリスにも外部登録しました
cont_access.php?citi_cont_id=274341785&s
ネット小説速報
― 新着の感想 ―
[一言] >ソバが原料だとバレるまで 普通に匂いで一目瞭然かと
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ