第二十九話 斎藤利三(2)
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新兵たちと斎藤利三は米田鬼軍曹のブートキャンプ送りだ。
とりあえず地獄を見て来い。
精神を鍛えないと使い物にならないからな。
「俺は訓練教官の米田軍曹である。話しかけられた時以外は口を開くな! そんなヒマがあったら少しでも稲を刈れ。俺から指示を受けたら、返事はサーイエッサーだ! 分かったか、このウジ虫ども!」
「はい!」×50人ぐらい
「この腐れ『ピー』ども。返事は今教えたであろうが!」
「さ、さーいえっさー」×50人ぐらい
「おい、そこのクソ餓鬼! ママの『ピー』でも恋しいのかぁ!」
「クソ餓鬼ではありません。斎藤内蔵助です」
「このクソ餓鬼が! たっぷりかわいがってやる! 出奔したり、本能寺の変を起こせなくしてやる! さっさと来い! 与一郎様を裏切ってみろ。地獄の底まで追い込んでクビを切り落として、『ピー』を流し込んでくれるわ」
「何を言っているのか分かりません」
「俺もよく分からないが、与一郎様にこう教育しろと言われたのだ。いいから黙ってついて来るがよい! 返事はさっき教えたぞ、このクソ餓鬼が!」
「サーイエッサー」
「ふざけるな返事が小さいぞ! もっと『ピー』玉に力を入れて声を絞り出せい!」
「サーイエサー!」
頑張れ斎藤利三、骨は拾ってやるぞ。
さて米田鬼軍曹のおかげで古知谷の開墾はだいたい終わっていた。
といっても木を伐採して土地の整地が終わったぐらいである。
続きをやりたいところだが、稲の刈り入れ時期になってしまったので、まずは小石出村の既存の田んぼの稲刈りである。
郎党共でお手伝いをして、領民の好感度UPを狙おう。
農民一揆などごめんなのである。
新兵50人と斎藤利三は米田ブートキャンプを受けながら稲刈りをしぶしぶ始めている。
既存の郎党も中村新助と碇矢(仮名)に指揮されながら稲刈りに入った。
稲刈りの道具とか作りたかったのだが、よくわからなかったので新品の鎌だけ人数分揃えた。
まあよい、稲刈りも訓練だ。精神を鍛えるには丁度よいだろう。
何も余計なことを考えられなくなるまでただひたすら刈り取っていけばよいだけだ。
稲刈りはまかせて俺は山岡(仮名です)に料理を教えながら、郎党たちの中から農作業が得意そうな奴らを探していた。
そして俺の眼鏡に適うやつらを見つけた。そいつらは農家の三男坊たちだったので適当に城島、山口、国分、松岡、長瀬と名づけた(無人島をも開拓しそうですが全員仮名です)。
その中でも最も農業が得意な城島(仮名です)をリーダーに任命する。
そいつらには「千歯扱き」の使い方を教えた。
さすがに千歯扱きは簡単に作れたので運ばせて来た。
唐箕はなんとなく原理は分かるのだが作れていない。
まあよい、あんなものはただの扇風機だ。
ようするに風が起こせればよいのだ。
完全人力でかまわん。
団扇でいくぞ。
腕の鍛錬に丁度よいだろう。(風で種籾以外を吹き飛ばす感じです)
郎党の人海戦術で脱穀もどんどんやっていく。
山口(間違いなく仮名です)という奴は、なかなか器用なヤツで使っているうちに壊れた千歯扱きを修理する器用さがあった。
ただ村娘に手を出そうとするので、残念ながらリーダーには任命できなかった。
農業のリーダーは城島(仮名)で我慢しよう。
こいつらは奪取組と名づけ、いずれ古知谷の土地を与えることにする。
ダッシュ組みと、二毛作の裏作用の大麦と小麦とソバの準備をする。
まずは種の選別である。
あまり知られていないが、大麦や小麦やソバも塩水選ができるのである。
基本は稲の塩水選と変わらない。
塩水を作って、それぞれの種を塩水に入れる、浮いて来た種をすくう、沈んだ種をよく水洗いする。
それだけである。
塩水の濃度は何回かやれば何となくわかると思う。
それから種の消毒である。
現代では主に薬品を使って行われているが、薬品を使わない方法もあったりする。
それは単純にお湯を使った消毒である。
自分がギリギリ入れないぐらいの風呂の温度のお湯を作り(46度といわれています)、そこに種を入れて一晩浸ければよい。
病気の対策なのでやったほうが良い。
温度管理は徹夜でやらせた。
温度計がないので、だいたいでやるしかない。
城島(仮名)を熱湯にぶちこんで温度を測った。
熱湯風呂のマジリアクションっぽくて面白かった。
稲の裏作だが、実は明治時代までは小麦よりも大麦が主流だったりする。
小麦よりも大麦の方が寒さや乾燥に強く、製粉作業が必要な小麦より簡単に食せるからだ。
大麦は米の飯に混ぜて麦飯として農村では主食として食べられていた。
小石出村もほとんどが大麦だった。
まあウチではソバの方が儲かるのでソバと小麦メインに切り替える。
大麦なんてよそから買えばよい。
銭ならあるのだ。
ソバも土寄せをやると収穫が上がるのでいわゆる畝(畑で作物の植えるモッコリしてるやつ)を作っていく。
備中鍬も簡単に作れるので、京の鋳物師に無理言って作って貰い持って来た。
鋳物師(鍛冶師)連中には大分世話になっているので今度しっかり挨拶に行こう。
ダッシュ組には基本をだいたい教えたので、小出石村の領民の指導をまかせる。
俺は既存の郎党隊を率いて、古知谷の開墾地を畑にしていく。
こっちも備中鍬とスコップを使って、ほぼ人力で開墾していく。
全部訓練の一環なのでかまわん。
掘って掘って、耕して耕しまくれ。
「俺は耕し教官の細川大尉である。俺に話しかけられた時以外は口を開くな! そんなヒマがあったら少しでも耕せ! 俺から指示を受けたら、返事はサーイエッサーだ! 分かったか、このウジ虫ども!」
「サーイエッサー!」
手が空いた時は狩りの時間である。
小麦やソバを食い尽くすにっくき敵である。『スズメ』を狩るのだ。
漁で使う網を大量に買ってきたので改良して地獄網猟法で一網打尽にしていく。
勢子役が音を出して網に追い込む猟法だ。
取れ過ぎて困るので現代ではこの方法は禁止されているが、かまわないからここら一帯絶滅させるぞ。
これも訓練の一環だ。
兵の錬度を上げていこう。
「お前らの今日の飯はスズメだけだ。採れなかったら飯がなくなるぞ! 飯が食いたかったら死ぬ気で追い込めぇぇ!」
「サーイエッサー!」
それにスズメは意外と美味いのだ。
伏見稲荷大社参道の日野屋などでは焼き鳥として名物になっている。
姿焼きに近いので見た目は非常にアレ(グロい)だが、実に美味いものである。(創業は大正なのでまだありません)
郎党の肉体強化のため、スズメを絶滅させる勢いで狩って全部焼き鳥にして食わせる。
その見た目から食べるのをいやがる斎藤利三とかいうクソ餓鬼もいたが、鬼軍曹と押さえつけて無理やり食わせた。
どんどん『教育』していこう。
謀反など考えられないように追い込むのだ。
こんな感じで農作業などに追われていたら1ヶ月ぐらい経ってしまった。
農繁期のお仕事はだいたい終わったし、そろそろ心のオアシスである慈照寺が恋しくなってきたので、一旦帰ろう。
米田鬼軍曹に砦の工事の再開などを命じて一旦洛中まで帰ることにした。
◆
鬼教官をやっていて荒んだ心を癒すため心のオアシスに急ぐ俺。
お土産はスズメの焼き鳥と高野川で採った鮎の塩焼きに小石出村の夏野菜と怪力でしとめた猪の牡丹肉だ。
バーベキューでもしようかな。
「お久しぶりでございます義藤さま。細川与一郎ただいま戻りました」
東求堂に駆け込んで、にこやかに義藤さまに声を掛けるが、とても冷たい視線を返された。
「……与一郎? はて? 知らぬ名だな」
「は? またまたご冗談を。義藤さまの第一の忠臣、細川藤孝にございますぞ」
「誠にわしの忠臣であるなら、わしのことを1ヶ月も放っておいて遊びに行く筈がないからな。そんなヤツは忠臣でもなければ、わしの家臣でもない」
「遊んでいたわけではなく、代官として農作業の手伝いを――」
「新二郎あるか!」
「はっ、新二郎ここに」
「狼藉者である。東求堂から叩き出すがよい」
「ちょっおま――」
「はっはっはっはー、俺の筋肉を喰らうがいい、覚悟するだろぉぉ!」
「しっ、しばし、しばしお待ちくだされ! こ、ここに猪肉と焼き鳥と、夏野菜と鮎をお持ちしております。まずは美味しいものを食して、心を落ち着けましょう!」
「むっ、新二郎マテ!」
「はっ」お前は犬か。
「しょうがないのう。しばし弁明の機会を与えよう。見事わしと新二郎のお腹を満たすことができれば、この度のことは不問にいたすことを、もしかしたら考慮するやもしれぬな。さっさと行って美味しいものを作ってくるがよい!」
「ははーっ」
メンドクセー、マジ面倒クセー。
征夷大将軍ともあろう御方が拗ねてるよ。
1ヶ月の放置プレイはさすがにマズかったか。
しかし、ずっと付きっ切りじゃ何もできないじゃないか。
猪肉を焼きながら、この先どうすれば義藤さまが拗ねないかを考え、しばし途方に暮れてしまうのであった――




