第二十八話 いい茶の湯だな(1)
天文十六年(1547年)8月
アハハ〜ン♪ なんでもありません、忘れて下さい。
ちょっとだけです。
前回の選択肢は夢か幻か考えちゃいけない何かです。
忘れましょう。
そして物語は何も無かったかのように進むのである。
――牛の野郎をぶっ飛ばし、観衆の目から走って逃げ出した我々だったが、もう少しで牛車というところで、姫君からヘルプが出た。
「ふ、藤孝。そ、そろそろ走るのをやめるがよいぞ――」姫君が少し息を切らしている。
「あ、これは失礼しました」残念ではあるが手を離し走るのをやめる。
「そ、それにあんな牛を相手にして怪我でもしておらぬのか? ゼェゼェ」
「大丈夫です。義藤さまが姫君の格好をしている場合には私はムテキングになれるのです」(ギャグ展開オンリーである)
「お主の言っている意味が、わしにはサッパリ良く分からないのじゃが? ハァハァ」
「まあ、残念ながらそれも終りですけどね。次は本来の目的地に行きますので、ひっじょーに残念で無念で堪えがたき事ではありますが、お着替えをお願いします」
「き、着替えがあるのか?」目を丸くして驚く姫君。
「はい、しっかりと持ってきておりますよ。牛車に積んであります」
「お、お主というヤツはあぁぁぁ!」めっちゃ怒られる。
「諦めて下さい。私は義藤さまの姫君スタイルの為ならなんでもやる男です」平然と言ってのける。
「ふう……。そ・れ・で、わしは牛車の中で着替えれば良いのだな」
義藤さまは色々諦めた顔をしてしまった。
わがはいの勝ちである。
義藤さまが牛車の中で着替えをしている間に俺もその辺の物陰で着替えをすます。
二人とも武家用の狩衣姿である。
非公式の訪問なのでこんなものでいいのだ。
角倉吉田家の車副の二人に礼を渡して帰らせる。
山科卿にも改めて礼をしなければな。
「やっと落ち着いた格好になれたわ」
「ああ、非常に残念だ、無念だ……」
「しつこいのう、そんなにわしの扮装が面白かったのか?」
「いえ、お美しかったのであります」
「知らぬ。……さ、さあ次はどこへいくのじゃ」テレており可愛い。
「あ、はい。そこの呉服店になります」
「なんじゃ、服でも仕立てるのか?」
「女物ならいくらでも仕立てて差し上げるのですが、もう一着いっときますか?」
「いらぬわ。ほ、ほら、何の用かは知らぬが行くぞ」
「はいはい」残念だ。
そして本日の目的地の「茶屋」中島明延の呉服店にやって来たわけである。
「茶屋」の呉服屋は下京の北の端の方にある。
端のほうだが下京の市街地を囲っている「構」と呼ばれる土塁の中であり一応安全だ。
「構」の外はいろいろと荒廃しており、上京と下京の間には畑なども広がってしまっている有様だ。(土塁のほか堀もあった)
この時代の京は上京も下京も「構」と呼ばれる土塁で市街地を囲った、城塞都市なのである。
土塁の各所には木戸門がありそこから出入りする。
市街各所には櫓や釘貫といわれる防衛施設もあり、寺と合わせて市街を守っていた。
下京は町衆(法華宗徒)による自治都市なのである。
◆
「茶屋」中島明延の店に行き、茶室へ通される。
そうなのだ、一応本日の目的は義藤さまに「茶の湯」を楽しんでもらうことなのだ。
俺にとっては義藤さまに可愛い格好をさせて楽しむための口実でしかなかったわけだが。
そういえば、これが本来の目的であったような気がして来た。
「なんだ、呉服屋になんの用かと思ったら、茶の湯をやるのか?」
「あ、はい。食べ歩いたあとはゆっくり落ち着いて茶の湯もいいものかと思いまして」
「それもそうだな。走ったあとだし落ち着くのには良いな」
「失礼いたします。呉服商を営みます。中島四郎左衛門尉明延と申します。本日は与一郎様に茶の湯の手ほどきをと頼まれましたので、未熟者ではありますが、茶の湯の面白さなどをお伝えしたくあります」
「うむ。くるしゅうない。よろしく頼むぞ四郎左衛門尉」
「……はっ」中島明延どのの顔色が変わる。さすがに俺の同僚などではなく上司であると察したようである。俺に目で訴えてくる。
『ド・ノ・へ・ン・ノ・ク・ラ・イ・デスカ?』
『イ・チ・バ・ン・ウ・エ・デス♪』
目線と顔の表情だけで会話を完了する俺達。
中島明延の顔が驚愕の顔に変わり、「話がちがーう」と目で訴えてくる。
俺は「食いしん坊の幕府関係者」を連れてくると言ったのだ。
嘘はついてないぞ。
全国30万の武士の棟梁だろうが。
幕府のナンバーワンだろうが。
幕府関係者には変わりがない……よね?
「明延とやら、遠慮のう指導してくれてよいぞ。わしは茶の湯は初めてじゃ。中島先生とお呼びいたすほうがよろしいか?」
「めっ、滅相もございません! 公方? 様におかれましては初めて御意を得ます。誠に未熟者ではありますが、誠心誠意務めさせて頂きます」
「あまり畏まるな。本日は忍びである。それに与一郎が『茶の湯』の良いところはどのような身分の者でも茶室に入れば対等に相対して楽しめるところだと聞いている。できればそのような楽しめる茶を喫したいものじゃ」
「はっ。ただいま用意を整えますので、しばしお寛ぎの上、お待ちいただけますようお願い申し上げます」
そして、中島明延は見るからに、最上級の道具を揃えて持ってきたのである。
普段は秘蔵しているであろうとっておきの代物だろうな。
まあ、ここで出さないでどこで出すの? というレベルの状況ではあるのだが……まあ許せ。
とりあえず中島殿と公方様が緊張しているようなので声をかける。
「公方様、茶の湯にも作法はあるのですが、作法など気にせず。まずはこの機会を大事と想い、茶室のしつらえや、用いられる茶器の見事さ、そして中島殿のおもてなしの心などを楽しむのがよろしいかと存じます」
「ふむ。そういうものであるか」
「作法などは見よう見真似でよいのです。まずは楽しむことこそが肝要と心得てください」
「わかった。では先ほどから気になっていたのだが、あちらの絵はどういったものであるのだ?」
「はい、あの絵は――」中島明延も公方様と落ち着いて話ができる状態に回復したようであった。
そして……中島殿が茶を立て公方様に献じる。
公方様は中島殿のふるまい方を珍しそうに見ている。
そして献じられた茶を喫する。
「う、うむ。結構な味であるぞ」公方様には少し苦いかもしれんな。
「公方様、次の一杯を頂く前に、こちらのもみじ饅頭をご賞味ください。お茶の味がより引き立つと思いますよ」
「そうか頂こう。うむ、もみじ饅頭は相変わらず美味いのう」
「では、もう一服献上仕ります」
「うん頂こう。……お、美味―い、お茶であるのう」
「お褒めに預かり光栄であります」
「中島殿も、もみじ饅頭をどうぞ」
「これはかたじけなく。ほう、なかなかのお味ですな。たしかにお茶には合うかもしれませぬ。しかし、与一郎様はすでに茶の湯にご精通の様子。どなたかに既にお習いになっているのですか?」
「いえ、まだ特に誰かの弟子になったわけではありませぬ。良い師匠に巡り合いたいとは思っておりますが」(市民ホールでやっていた茶道のスクールに2.3回出たことあるだけです。とは言えません)
「いま、京では武野紹鴎先生の名声が高くありますな。川端道喜殿も武野先生に指導を受けているとか」
「川端道喜とはあの『御所ちまき』の川端殿か?」公方様が話しに割り込み聞いてくる。
「はい。さようでございます。川端道喜殿はちまきに加え、最近は『草加煎餅』なるものを販売しはじめて、とても評判になっております。公方様におかれましても川端殿をご存知でありましたか」
「うむ。このまえ藤孝が連れてきて謁見したな。それに草加煎餅も藤孝が作った物を食べたことがあったと思うが」
「は? 川端殿を謁見して、草加煎餅を与一郎様が作られたと?」
「ええ、私が考案し川端道喜殿と商品化いたしました。川端殿の謁見は今日と同じように非公式の謁見であります」中島殿も謁見の栄誉を受けておりますよとすかさずアピールする。
「こ、これはかたじけなく。それに草加煎餅までも与一郎様が考案なさっているとは存じませんでした。私はまだ食したことがありませんので、是非機会があれば食したいと思っております」
「はい。そんなこともあろうかとお茶請けに持参しております。どうぞ中島殿も公方様もお召し上がりください。ただ、私が考案したことは商売上の機密ですので内密に願います」
「かしこまりました。あ、ありがたく頂戴します」
パリっ、パリっ。
「うむ。相変わらず美味いし、お茶にも合うのう♪」
「結構なお味と食感でありますなあ」
「そうだ中島殿、紹介状を書きますので、川端殿から草加煎餅を、饅頭屋宗二殿からはもみじ饅頭を購入してくだされ、多分安く卸してくれると思いますよ。それとできれば台所をお貸し頂きたいのですが」
「それはかたじけなく。是非購入させて頂きます。それと台所でございますね。ではご案内いたしますが、何か調理でもされるのですか?」
「はい。楽しい茶会のお礼に、振る舞いの蕎麦でもと思いまして――」
こうして『茶屋』中島殿の茶室で開かれた茶会は最後に蕎麦を食して締めたのである。
最古の茶会の記録である「松屋会記」によると、茶会の終りには素麺などが振舞われていたとある。
そして『ソバキリ』が振舞われた記録もあり、それは1574年のことである。
この茶会は記録を27年更新した最新の茶会になってしまったのだ。
◆
【いい茶の湯だな(2)へ続く】
ラブコメの才能が欲しい。わがはいには前回のが限界であります。
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