第二十七話 麗しの姫君(2)
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好きな女の子とドライブってやっぱり、高級な自動車とか見得はって奮発したいよね。どうだろ、うちの黒光りしているフェラーリは?
少しアブが飛んでいて五月蝿いけど、これでもこの大都会「京」の最高級をレンタルして来たんだぜ?
ブモォォォォ!
少しエンジン音もうるさいかな?
まあ高級車のエンジン音はうるさいものだしな。
「お、おい。あれは噛み付いたりせぬであろうな?」
「大丈夫でありますよ」
「そ、それにさっきから揺れがすごくて、倒れたりしないであろうな?」
「大丈夫でございますよ姫様。ちゃんと最高級の右京と安栗(仮名です)というドライバーも手配しましたので、安心してください。履いてます(予選用Qタイヤ的な何か)、クラッシュなどしませんよ」
(ドライバーは車副という牛を引く人のことです)
意味が分からない人に説明しよう。
我々は牛車に乗っている。
実はこの時代公家が没落しまくっているので牛車はあまり走ってない。
専ら荷物運搬用の牛の荷車ばかりである。
牛と車副は角倉吉田家から借りて、公家が乗る用の牛車本体は山科家で埃を被っていたのを借りてきた。
牛車を使えるのは従五位以上の位階が必要なのだが俺は先日クリアした。
まあこの時代に誰も気にはしないとは思うがな。
「どらいばーとか、はいてますとか、くらっしゅとか一体なんなのじゃ? そ、それに姫はよせ……」
「どこからどう見ても、麗しいお姫様でいらっしゃいますよ。我が姫君様」
「ん――――」
ありゃ、真っ赤になってうつむいてしまわれた。
せっかく新品の桜色でかわいい小袖でおめかししているのにもったいないなぁ。
ちなみに俺は借り物の公家の外出着である狩衣姿である。
「でもどうですか? 完全にバレずに慈照寺を脱走できたのではありませんか?」
「だっ、だが、ここまで変装する必要があったのか? それにお主太ったのではないか?」
「これも変装ですよ腹に布をぐるぐる巻きにしていますので。お疑いでしたらここで素っ裸になりましょうか?」
「ぬ、ぬがんでいいっ!」
「それは残念。新二郎ほどではないのですが、新二郎と一緒に腕立て、腹筋、スクワットと(現代理論で)鍛えまくっていますので、なかなかの肉体美なのですが……」
「鍛えるのはいいが、お主らの鍛錬は少し暑苦しくてかなわぬ。筋肉、筋肉うるさいのじゃ」
「姫君様、鍛錬した筋肉は決して裏切らないのであります」
「だから、そ、その姫君はやめろと申しておるだろぅ――」
「それはなりませぬ。今の我々は、公卿とその新妻でありますので」
「にっ、ニイヅマ……」――ボンっ!
我が麗しの姫君がまっかっかに爆発した。最高に面白くて可愛い。
「なっ、なんでそんな設定にしたのじゃ!」
「男の夢ですが何か?」
「な、なんじゃその夢というのは」
「可愛い子に可愛い格好をさせる。これぞ漢の夢の中の夢。我が室町の生涯に一片の悔いなし!」――拳を突き上げる俺。
「意味がわからぬわっ!」
「まあ、実際この変装で慈照寺を抜け出すのにバレなかったから良いではありませんか。思いっきり遊びたいと仰っていたのは義藤さまではありませんでしたかな?」
「この格好では遊べぬではないかっ!」
「そんなことはありませぬ。今からこの京の最新モード、ナウでヤングにバカウケなお店にお連れいたしますので楽しみにしてください。あ、ドライバーくん、祇園社まで頼むよ」
「この格好のままでか?」
「もちろん。デートを楽しみましょう♪」
「そ、そのでーととやらは一体なんなのじゃ?」
「気にしないでください、何でもありませぬ〜♪ さあ美味しいものを食べにいきましょう」
「そこには美味しいものがあるのか?」
「外で食べ歩きに行きたいと言ったのは姫君ではありませんか。ちゃんと美味しいものがあるお店にお連れしますよ〜♪」
「そ、そうかそれは楽しみじゃな」――ちょろいものである♪
そして牛車は祇園社(八坂神社)に向かい、その門前にある二軒茶屋に到着した。
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二軒茶屋「中村楼」
創業を室町期とも伝える老舗の料亭。
京の八坂神社の門前には二軒の水茶屋「柏屋」と「藤屋」が向かい合っていた。
二軒茶屋は田楽豆腐の発祥の腰掛茶屋といわれている。
正直、作中の1547年に二軒茶屋がすでにあったのかは微妙なのだが、上杉本洛中洛外図には祇園社門前に一軒の茶屋は描かれていたりするのであったと思っている。上杉本洛中洛外図は1547年の京を描いたとする説がある。
京の名物祇園豆腐を今に伝え、「柏屋」が今の「中村楼」へと繋がっている。
祇園豆腐は豆腐を薄く切って竹串を刺して炙り、味噌をつけて麩粉をかけたものである。
あとどうでもいいことだが、あの坂本竜馬が暗殺された時に履いていたのが、この「中村屋」の下駄であったという話もあったりする。
高級料亭なので気軽に行ってみようとはいえないなぁ……
――謎の作家細川幽童著「そうだ京都へいこう!」より
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「どうですか田楽豆腐のお味は?」
「ンま〜♪ うまうまじゃあ〜♪ お主はいつもこんなに美味いものを食べ歩いていたのか? ずるいではないか」
「いえ、私もここへ来るのは初めてですよ」
「そうなのか?」
「はい。基本的に一人で食べ歩きなどはしておりません。今日は、姫君が麗しい格好をして下さっているので、特別にご一緒に参ったのであります」
「う、麗しい……」――ボンっ!
また真っ赤になる麗しの姫君。見ていて楽しい。
まあこの二人を見て、まさか公方様と奉公衆だと思う人はおるまい。
どっからどう見ても公卿とその連れの女子にしか見えないだろう。
腰掛茶屋で祇園豆腐を食べたあとは神社デートだ。
お姫様に日よけの被衣をかぶせて祇園社の鳥居をくぐり参拝する。
もう吉田神社にお賽銭を入れる気はさらさらないのだが、こちらにはお賽銭を入れてちゃんとお願いをした。
お願いの内容は、むろん室町幕府の再興などではなく、今日のデートの成功である。
「さて、では次は魚市にでも参りましょうか。駐車場のフェラーリまでお連れいたしましょう」――と、姫君に手を差し出す。
「そ、そのふぇらりとやらは一体なんなのじゃ」
真っ赤になりながらも俺の手を取る我が姫君。
「ただの気分です。お気になさらず〜」
そして手を取り合って牛車という名のフェラーリ(逆です)に向かうのであった。
【ちなみに賽銭箱の最古の記録が1540年の鶴岡八幡宮なので、賽銭箱がこの祇園社や吉田神社に有るのか無いのか微妙ではあるが、記録がないだけであり存在した可能性もあるので、有ったということにしておく】
◆
牛車でのんびり次に向かったのは、下京の六角魚市である。
六角小路の魚市はあの本能寺(本能寺跡)の傍にあったりする。
【天文法華の乱で本能寺は延暦寺に焼討ちされるが1545年に再建されている。1582年にはあの本能寺の変が起こってまた焼失したので、現在の場所(中京区下本能寺前町)へ移転している】
六角魚市では鮮魚や塩漬けにされた魚が売られていた。市なんて来たことがないであろう我が姫君が目を輝かせて物売りを楽しげに見つめている。
まさかバレることはないであろうが、あまり目立つのもアレなので鮎を買って塩焼きにして貰い魚市から離れた。
(この魚市で鮎を取り扱っていたか確証はまったくないが、平安時代から宇治川・桂川には鵜飼の記録が有り、鮎は取っていたようなので売っていたことにしておいて下さい。ちなみに私は鮎の塩焼きが大好きだったりする)
「はふっ。熱いけど美味いなコレも」
ハフハフしながら鮎の塩焼きを食べる我が姫君。とても可愛いものである。
「やはり焼きたてが一番でありますな。ところで魚市はどうでしたか?」
「うむ。皆のものはこのような所で魚を買ったりするのだな。面白かったし、勉強になったぞ」
「この下京は町衆中心の町で、商工業者が多く住んでおります。魚市のほかにも馬市や、米市、紙市などがあったりします」
「馬市には興味があるな」
「馬市には先日家臣の米田源三郎と一緒に行って馬を買いましたよ」
「なに? 馬を買っただと? それに家臣とな?」
「あ、はい。先日お願いした代官職の幕府奉行人奉書の件ですが、無事に代官職を購入できたので、米田源三郎という知り合いを家臣にして代官に任命いたしました」
「お主自身が代官にならなくてよいのか?」
「私が代官職に専念してしまいますと、こうしてお姫様とお食事に出かける暇も無くなってしまいますが、それでもよろしいのですか?」
「し、知らぬわ! ……それより良い馬は買えたのか?」――顔を真っ赤にして話題を逸らせてくる。
「ええ、良い馬ですよ、成田無頼庵と名づけました、きっと三冠を制してくれると思います」(もちろんシャドーロールも自作済みである)
「三冠とはなんのことだ? ……まあよい。ならば今度、遠乗りの稽古でもいたそう。そういえば最近騎乗の機会がない」
「それは困りましたな。遠乗りの稽古でしたら変装の必要なく、慈照寺を出られますからなー」
「あ……、それが分かっていながらお主という奴はぁぁぁ!」
そして麗しの姫君に怒突かれそうになった、その時である。
「暴れ牛じゃあああ!」
「暴れ牛がでたぞおお!」
「危ないぞー! 逃げるんじゃあ!」
などという声が聞こえて来たのである。
あたりは騒然として、人々が暴れる牛から逃げ惑う。
モチロンその牛は俺達を目掛けて突っ込んでくる様子である。
(お約束展開バンザイ)
え? マジですか? ここでそんなお約束なイベントが来ますか?
バッファロー牛の奴はもう少し空気よめよなー。
楽しいデートの真っ最中だぞ俺達は。
牛の野郎にブチ切れた俺は突っ込んでくる、その牛に立ちはだかった。
「ば、馬鹿ものっ! 早く逃げぬか!」――姫君が心配げな声をかけてくる。
だが心配はいらない。義藤さまを守るためなら俺は強くなれるはずなのだ。
「この与一郎にお任せくだされ。安心してください。姫君と一緒に居る時の俺はムテキングです」
自信満々に刀を構える。
そしてハリーケインミキサーの如く突っ込んでくる牛の頭を、すり抜けざまに刀で峰打ちにする。
「また、つまらぬモノを斬ってしまった」(お約束だが峰打ちである)
そしてフラフラになった牛の角を掴み、1,000万パワーを誇る牛を、愛のパワーを得て(勘違いです)1,200万パワーとなった俺が軽々と投げ飛ばすのである。
リアルチートでマジに牛を投げ飛ばす逸話のある「細川藤孝」の肉体を現代理論でさらに鍛え上げているのだ。俺の筋肉をなめて貰っては困るのだよ。
暴れ牛を見事ぶっ飛ばし、観衆から拍手喝采を受けてしまった俺は、目だってしまっては困るので、姫君の手を取り牛車まで逃げ出すのである。
俺はこのまま「室町幕府の再興」などさっさと忘れて、姫君の手を取ったまま、どこか遠くへ連れ去ってしまいたいと思うのであった――
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『連れ去って逃げ出しますか?』
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『いいえ』→Aルート「輝きの不如帰〜室町幕府再興編〜」
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『は い』→Bルート「飛ばない不如帰〜夫婦商人立志伝編〜」
これが今の私の限界ですね。楽しんで頂けたらいいな。
公家の専門家の先生からご指摘を受けましたので、束帯関係を
改稿します。山科卿に丸投げの方向で。
このところ皆様から良いアドバイスを頂けて非常に感謝です。
これからもアドバイスよろしくお願いします。誤字報告も毎回
非常に助かってます。ほんとに皆様に感謝です。
麗しの姫君がまた見たいという方がいたら
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