第二十二話 山城金融道(2)
◆
敵対勢力が洛中にいないものだから、俺は義藤さまに許可を貰って、城を抜け出すことも多かった。
吉田神社に戻ったりしては、蕎麦屋で新しい季節の食材を使った天ぷらを考案したり、新鮮な食材を店からくすねて城内に運びこんだりしている。
生薬は米田求政殿が城に出入りしてくれているので、彼に持ち込んで貰っている。
そして新二郎と二人で消毒活動に精を出すのである。
篭城中にやることがなくて酒盛りばかりをやっている連中などには五苓散も良く売れる。
しかし大御所にまで五苓散を求められたのには少し困った。
六角定頼が思ったほど頼りにならなくて深酒をしているみたいだ。
もちろん大御所からは金は取りません、無償で提供しております。
5月に入ってからは城のまわりで米田求政殿とヨモギやドクダミに紫蘇の採取に精を出していた。
どれも優秀な生薬であるからだ。
生薬の採取中にタケノコも見つけたので掘って持っていくことにした。
なにやらキノコもいっぱい見つけたのだが、残念ながらキノコの知識は持ち合わせていない。
どれが毒キノコなのか分からないのであきらめた。
新鮮なタケノコの天ぷらは美味しいから義藤さまも喜んでくれるだろう。
「藤孝ずるい」
「そうだずるいだろ」
……一生懸命タケノコの天ぷらを作ってお出ししたのに文句を言われた。
理不尽である。
そう名目上の総大将である将軍様とその護衛に文句を言われたのだ。
さすがにこの状況で義藤さまが城から抜け出すわけにはいかないのだが、俺ばっかり自由にやっているように思われ不満を言われたのだ。
「ずるいと言われましても。さすがにどうしようもありませんが」
「ずるいといったらずるいのじゃあ!」駄々っ子かよ。
「タケノコの天ぷらはお気に召しませんでしたか?」
「いや、あれは美味かったぞ。また頼む」
「美味しかったならそんなに文句を言わないでくださいよ。これでも義藤さまが篭城中にまずい飯ばかりにならないように苦労しているのですから……」
「うむ。干し飯ばかりでは発狂するからな助かってはいるぞ。だが、わしだって城から出たいのじゃ」
「それなら、さっさと細川晴元と和睦するように大御所様におっしゃってください。そうすれば慈照寺に戻れますので」
「馬鹿者! お家に帰りたいから篭城やめる〜。などと言えるか!」
「言えばいいのに……。どうせ無駄な篭城だしぃ」
「あのなあ、ここでの冗談なら良いが、ほかでそんなこと言ったら、お主の首が胴から離れるぞ」
「ここ以外で言うわけがありません」
「で、やはり勝ち目はないのか?」
「難しいと思われます。この状況で六角軍が大御所に援軍を出さないということは、六角定頼はこの大御所の挙兵には賛同しかねるということです。六角軍なしでは、細川氏綱を支援しようにも何もできません」
政治向きの話になったので、新二郎が静かに部屋を出る。
横目で確認するが、今日はお菓子がないので可哀想だが手ぶらで出て行った。
「何もできないのか?」
「この城には3千程の者が篭っております。たった3千です。大御所様、公方様、そして奉公衆に、近衛家の者。その全てを結集しての3千です。これが、武家の棟梁たる足利将軍家の現在の総力なのです」
「我が力はたった3千であると……」
私の力は53万です。
とかいって見たいけどな。
大坂の陣ですら30万もいかないから日本では無理な話である。
「はい。管領たる右京兆家や管領代の六角家、その他の有力守護大名などの支援がなければ、征夷大将軍が動かせる今の最大兵力が3千なのです」
(室町幕府の全力ぅ全力ぅ! がたったの3千。現実です……これが現実)
「だが、まだ六角が兵を出さぬと決まったわけでもあるまい。それに武田家(若狭)や朝倉家などにも大御所は支援を求めているだろう」
「もう挙兵から1ヶ月以上経っております。援軍を送るにしても何らかの便りはあってしかるべきかと思われますが、何か動きはありましたか?」
「いや、何も聞いてはいない」
「やはりこの戦には勝ち目はありませぬ。まあ、私もあわよくば三好長慶と誼を通じたかったのですが、なんだか中途半端に煽っただけみたいになってしまい大失敗しておりますれば、でかい口は叩けないのでありますが……」
「わしは征夷大将軍じゃ、武家の棟梁じゃ。それが何もできないというのか……。わしは弱い将軍なのだろうか?」
「歴史上強かった将軍など、実はほとんど居ないのです」
「ほとんど居ない? 源頼朝公などは――」
「たしかに源頼朝は強い将軍にはなりました。ですがはじめは在地の武士団に推戴された、ただの神輿でしかありませんでした。富士川の戦いで平家に勝利したあと、頼朝公が何をしていたか」
「何をしていたのじゃ?」
「北関東の同じ源氏である佐竹氏を攻めています。それは頼朝を神輿に担いだ千葉氏、上総氏などの坂東の諸侯の意向によります。坂東の諸侯にとっては平家追討なぞよりも自身の地盤である関東の方が大事であり、頼朝公ですらそれら諸侯の意向を無視することはできませんでした」
「だが、頼朝公は義経公を差し向け平家を追討しているではないか」
「少し違います。頼朝公にとっての上方追討のはじめは、同じ源氏である源義仲の追討のためなのです。頼朝公にとっては平家よりも同じ源氏の方が敵だったのです。頼朝公は義仲公が京より平家を追い出した同じ年に、常陸南部の叔父である信太義広も追討しています。それはやはり頼朝公を担いだ小山党の意向もあったと言われておりますが、平家追討よりも同じ源氏の追討の方を優先したのです」(いろんな説があります)
「頼朝公の敵は同じ源氏であったと?」
「はい。頼朝公は確かに源氏の嫡流と目される立場ではありましたが、頼朝公に代わるもの、頼朝公に代わって神輿となりうる者は実は多くいたのです。源義仲、常陸源氏の佐竹氏に叔父の信太義広、甲斐源氏に上野の新田氏、そして源義経。それら全てを叩き潰してようやく、頼朝公は源氏の棟梁として上洛を果たします。ですがそれは挙兵から10年の後のことです」
「我らが足利はどうだったのじゃ?」
「足利義兼公は頼朝公が石橋山の戦いに敗れた直後にいち早く臣下の礼を取ったといわれております。また義兼公は頼朝公の相婿です。足利氏は頼朝公に即座に臣従し、頼朝公の支援者であり縁者となった北条氏とも近く、そのため頼朝公の敵にはならなかったのです。足利氏は頼朝公を、そして北条氏を支援して後に源氏の棟梁たる家格を得ることになりますが……、すいません。話が長くそして大分逸れました。お許し下さい。」
「いや、構わぬが……足利にとっても源氏は敵になるのか?」
「今ある守護大名の源氏などは全て足利将軍家に臣下の礼を取った家にございます。敵ではありません。足利将軍家にとっての敵とは……」
「我が敵とは?」
「足利氏です」
「……は? 足利の敵が足利?」
「はい。古くは足利直義に直冬、それに鎌倉公方に古河公方。足利将軍家にとって代われる者は『足利氏』なのです。そして今の大御所様と公方様にとっての真の敵は、堺公方と称された足利義維殿、ただお一人だけ。今や古河公方は敵とは成りえますまい。ならば敵は堺公方のみ。堺公方以外を敵にまわす必要はありません」
「敵は我が叔父だけだと」
「はい。足利義維殿を担ぎ上げる者こそが今の義藤さまの真の敵になりえましょう。あるいは、義維殿のお子などを担ぐ者もそうなります」
「かの堺公方とその一族を担ぐ者とは?」
「今は居りませぬ。しいて言えば堺公方を庇護している阿波守護細川家でありますかな。ただ、積極的に担ぐ意思は今のところ無いようでありますが」
「父上もこのことはご理解しているのか?」
「真の敵が誰かは理解しているとは思います。ですが大御所さまは今、細川右京兆家の専制体制の打破を夢見ておりますので……」
「大御所の思いをそなたは夢と申すのか?」
「細川右京兆家が倒れようが、他のものが将軍家を神輿に担ぐだけにございます」
「そなたは我も神輿というつもりなのか」
「室町幕府などというものは、そもそもがそのようなものにございますれば、……それがお嫌な――」
「――ッ。藤孝……もうよい」
「は?」
「今のお主の顔は余り見とうない。下がるがよい」
「ご、ご無礼いたしました、さ、下がらせていただきます――」
◆
【山城金融道(3)へ続く】
カクヨムに投稿するにあたり1話から12話ぐらいまで結構改稿しました。
序盤の無駄な文をそぎ落とした感じですかね。少しは読みやすくなってればいいな。
まーまったくカクヨムの方は読まれてませんけどね(泣き)
読み返す機会などありましたらカクヨムの方もよろしくお願いします。
誤字報告いつもありがとうございます。励みになります。お世話かけてすいません。
ブックマーク、評価、感想、レビュー、下の勝手にランキングのクリックなどで
励ましてくれると主人公の悪人度がアップします。(謎)




